「高血圧治療ガイドライン2019」の改訂ポイント

高血圧

高血圧の基準値は据え置くも
降圧目標値を10㎜Hg引き下げ

わが国には高血圧患者が4300万人いると推定されています。しかし、実際に高血圧の診断を受け、降圧治療を受けている患者はその57%、2450万人にとどまっているとのこと。また、治療を受けていてもそのおよそ半数は、高血圧の基準値である140/90㎜Hg未満にコントロールされていないとされています。

こうした現実を踏まえ、日本高血圧学会ガイドライン作成員会は治療ガイドラインの改訂に取り組んできましたが、先月(2019年4月)、5年ぶりに改訂した『高血圧治療ガイドライン2019』のポイントを発表しました。

新しいガイドラインでは、高血圧の基準値、つまり高血圧治療を開始する血圧の基準値は、
従来の、診察室血圧で140/90㎜Hg、家庭血圧で135/85㎜Hgに据え置かれました。

一方で、成人の降圧目標値を10㎜Hg引き下げています。この引き下げは、患者自身には、生活習慣の改善などセルフコントロールをいっそう厳格に行うよう求めることを意味し、看護師さんら医療・保健関係者には実効性ある指導の徹底が求められると言えそうです。

75歳未満の成人高血圧患者は
130/80㎜Hg未満を治療目標に

今回の改訂により降圧目標値、つまり降圧治療を始めた患者が目標とすべき血圧の値が10㎜Hg引き下げられたのは、
◆75歳未満の成人患者では最高血圧と最低血圧の両方、
◆75歳以上の患者では最高血圧のみで、最低血圧はこれまでと同じです。

また、糖尿病を合併している高血圧患者や蛋白尿陽性の慢性腎臓病(CKD)患者、抗血栓薬服用中の高血圧患者などの降圧目標値は、従来どおりとなっています。

改訂後のそれぞれのグループの降圧目標値を「診察室血圧」で示すと下記のようになります。( )内は患者が時間を決めて家庭で測定する「家庭血圧」の値です。

なお、診察室での血圧測定ではなかなか見つけにくい仮面高血圧の1つ、早朝高血圧は心筋梗塞等のリスクが高いことで知られますが、その発見には家庭血圧測定が不可欠です。詳しくはこちらを読んでみてください。

診察室ではなかなかわからない仮面高血圧の1つに「早朝高血圧」がある。放置していると深刻な脳心血管疾患につながるリスクが高く、注意が必要だ。早期発見のためには、家庭血圧測定を習慣化して早朝の血圧をチェックすること。そのためには家庭血圧測定法の指導が欠かせない。

改訂後の診察室血圧の降圧目標値()内は家庭血圧

  • 75歳未満の成人高血圧患者――130/80㎜Hg未満(125/75㎜Hg未満)
  • 糖尿病合併の高血圧患者――130/80㎜Hg未満(125/75㎜Hg未満)
  • CKD患者(蛋白尿陽性)――130/80㎜Hg未満(125/75㎜Hg未満)
  • 75歳以上の高齢高血圧患者――140/90㎜Hg未満(135/85㎜Hg未満)

10㎜Hg引き下げると脳卒中発症リスクが22%低減

日本高血圧学会によれば、国内外で行われた14の臨床研究データを解析した結果、降圧目標値を従来の140/90㎜Hg未満から改訂値の130/80㎜Hg未満に下げることにより、以下のリスクがそれぞれ引き下げられることが明らかになったとしています。

  • 脳卒中の発症リスクが22%低下
  • 心筋梗塞や心不全といった心疾患の発症リスクが14%低下

高血圧の重症化予防に
1日6グラム未満に減塩を

次いで、この降圧目標の達成に向けた治療となるわけですが、ここで特記すべき日本人の高血圧患者の特徴として、次の2点が強調されています。

  1. 食塩摂取量が多い
  2. 肥満とメタボリックシンドロームが増加している

その原因として同学会は、「不適切な生活習慣がある」ことを指摘。とりわけ「1」の食塩の摂取量を減らすためには、自らの普段の食生活を厳しく見直してみることから始めることを奨励しています。

その第一歩となるのは「減塩」です。各栄養素のとるべき必要量を設定している「日本人の食事摂取基準」では、2020年の改訂により、1日当たりの食塩摂取目標量が厳しく引き下げられ、新たに次のように設定されています。

  • 18歳以上の男性なら1日7.5グラム未満、同女性は6.5グラム未満
  • 高血圧の重症化予防を目的とした量として、新たに1日6グラム未満

減塩は国立循環器病研究センター提唱の「かるしお」で

患者からは「厳しいなあ」という声が聞こえてきそうですが、日本高血圧学会は男女とも1日6グラム未満にすることを、またWHO(世界保健機関)はさらに厳しく1日5グラム未満に抑えることをすでに推奨しています。

減塩食、つまり塩分控えめの食事は味がいまひとつで飽きてしまい、なかなか長続きしないという患者には、国立循環器病研究センターが提唱している「かるしお」のレシピや商品を活用してみることを提案してみてはいかがでしょうか。

なお、熱中症シーズンになると、「水分と塩分をこまめにとりましょう」との呼びかけが繰り返されます。しかし高血圧の患者は、炎天下で作業や運動をしてよほど大量の汗をかいた場合以外は、減塩を守ることを日本高血圧学会は奨励しています。

熱中症シーズンに入り、メディアは盛んに熱中症予防を呼び掛けている。「不要不急な外出を避けること」は大事だが、「水分や塩分をこまめに摂りましょう」と言われて困っているのは減塩治療中の高血圧患者だ。塩分はどうすべきか。日本高血圧学会の見解を紹介する。

加工食品に含まれている
隠れ塩分に注意を促すことも

ところで高血圧患者に減塩指導を行ううえで是非参考にしていただきたい資料の一つに、国立研究開発法人医薬基盤・健康・栄養研究所が、2012(平成24)年の国民健康・栄養調査のデータを基に解析した「食塩摂取源となっている食品のランキング」*があります。

これによると、食塩摂取源となっている食品として、カップ麺やインスタントラーメン、梅干し、漬物、魚の塩蔵品、パンなどが挙げられています。

なかでもカップ麺とインスタントラーメンは、1食だけで現在の1日摂取目標量の7割に達してしまうことがわかります。そのためたとえば、「インスタントやカップの麺類を食べるときはスープを残すように」というような具体的指導が求められます。

大量生産されている菓子パンやさつま揚げなどの練り製品に代表される加工食品は、あまり塩味を感じなくても実際は塩分が多く含まれている食品が多いものです。

この「隠れ塩分」については、食品個々に表示が義務づけられている栄養成分表示をチェックする習慣をつけるように念押ししておくことも必要でしょう。

栄養成分表示の「ナトリウム」と「食塩相当量」に注意を

一般に市販されている加工食品については、新食品表示法により、2020(令和2)年4月からは全製品に栄養成分表示を行うことが義務づけられています。

その表示において塩分は「食塩相当量(グラム)」で表示することが求められています。
しかし従来の任意表示では、ルール上「ナトリウム(ミリグラム)」表示になっていました。そのため、現在出回っている加工食品には、ナトリウムで表示されているものと食塩相当量で表示されているものとが混在しています。

これにより実際に加工食品を手にして栄養成分表示をチェックした際に、迷ってしまう患者が出てくることも想定されます。そんなときのために「ナトリウム1,000ミリグラム」を食塩相当量に換算すると2.54グラムになること、「ナトリウム量=食塩相当量」ではないので注意が必要であることを、忘れずに伝えておきたいものです。

なお、健康リスクの観点から最近何かと話題にのぼることの多い「超加工食品」についても減塩中の患者は特に注意が必要でしょう。

また、降圧薬のなかのカルシウム拮抗薬(ノルバスク錠、アダラートCR錠、ヘルベッサー錠など)の処方を受けた患者への服薬指導についてはこちらの記事を読んでみてください。
降圧薬の服薬指導で忘れずに伝えたいこと

この服薬指導に関連して、2022年4月からは、降圧薬などを服用していて症状が安定している患者には、医師の判断により、1枚の処方箋を3回まで使用できる「リフィル処方箋」の発行が可能になっています。詳しくはこちらを。
令和4年度診療報酬改定により4月から「リフィル処方箋」が導入されている。慢性疾患の病状が安定していて、服薬を自己管理できると医師が判断する患者を対象に、一定期間に限り3回まで反復利用できるリフィル処方箋が使われる。対象外の医薬品など、その仕組みのポイントを。

なお、日本高血圧学会は「高血圧治療ガイドライン2019」の出版に際し、
『高血圧治療ガイドライン2019公開記念』医療従事者向け動画を作成、公開しています。

参考資料*:「食塩摂取源となっている食品のランキング