意思決定支援で陥りがちな倫理的ジレンマ

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倫理的問題を感じて
倫理的ジレンマに陥るとき

「人生会議」の愛称で、一般にも徐々に普及しつつあるアドバンス・ケア・プランニング(ACP)をはじめとして、日々の看護ケアのなかで意思決定支援が求められる場面はこのところとみに増えているのではないでしょうか。

親しくさせていただいている看護師さんのなかには、「私たちは常に患者さんの意思を最優先して看護をしているわけだから、日々行っているすべてのケアの基本は意思決定支援に尽きると思っている」、と言ってはばからない方もいます。そう言われてみれば「なるほど一理ある」と納得させられるのですが……。

それだけに、患者の意向(思い)を聞いてはみたものの、「本人のたっての希望とは言え、このまま受け入れていいのだろうか、倫理的に少々問題があるのではないかとジレンマに陥ることもまれではない」、と彼女は言います。

そんなとき、直面する倫理的ジレンマにどう向き合い、対処していけばいいのでしょうか。これまでの取材や何気ないおしゃべりのなかで看護師さんたちが語ってくれたことをもとに、その辺の話を書いてみたいと思います。

「ジレンマ」と「葛藤」は
必ずしもイコールではない

臨床におけるケア場面に限らず、日々生活するなかでも、どちらか一方を選択しなければならないがどちらも捨てがたい。さてどっちをとるべきなのかと、態度を決めかねる状況に陥ることは多々あります。

これを一般に、「ジレンマ(dilemma)」と呼んでいるわけです。ジレンマを「葛藤(かっとう)」という言葉に置き換えて説明する方もいますが……。

「ジレンマ」には前提条件として「二つの相反する事柄」があり、その板挟みで悩み苦しむ、という意味があります。一方の「葛藤」は、二つの相反する事柄とは限らず、さまざまなことが複雑に絡み合って決断しかねている状態を意味すると、私なりに解釈しています。

ですから、必ずしも「ジレンマ」イコール「葛藤」ではない。両者の関係をあえて言えば、ジレンマは葛藤の一つになるのだろうと考えるのですが、いかがでしょうか。

倫理的ジレンマの「倫理」とは「一般的な決まりごと」?

「倫理」もまた、哲学的というか道徳的なニュアンスが強く、なかなか近寄りがたく、「なるほど」と合点の行く説明は難しい言葉です。

これを簡単に言えば、「社会生活を送る上での一般的な決まりごと、ととらえることができる」と、日本看護協会は説明しています

さらに「医療倫理」となると、さらに難しくなりますが……。医療やケアに関する難しい決断を迫られる場面に直面したときの医療倫理の考え方については、そのポイントを事例を通してわかりやすく説明している『医療倫理超入門 (岩波科学ライブラリー)』*²が役立つのではないでしょうか。看護場面に的を絞ると、『これからの倫理と看護がお勧めです。

インフォームド・コンセントと
倫理的ジレンマ

取材経験を振り返ると、看護界において「倫理的ジレンマに陥る」という問題は長らく潜在していたものの、それが表面化して、看護師さんの間でフランクに語られることは、ある時期まではあまりなかったように思います。

ところが、「説明と同意」と訳されることの多い「インフォームド・コンセント」ということが、欧米に見習い、わが国の臨床においても「倫理上の原則」とされるようになった頃から、少しずつ様子が変わってきたように思います。

それまで多くの患者は、「先生にすべてお任せします」と言っていたわけです。ところがその患者が、自分が受ける検査や治療について、また看護師さんが行うケアに対しても、自らの希望や意思を主張できるように意思決定を支援することが、医療者サイドに求められるようになってきました。

このインフォームド・コンセントがやがて、現在取組みが進んでいるアドバンス・ケア・プランニング(ACP、「人生会議」)へと進化していくわけですが……。

いずれの場合においても看護師さんにとって要となる役割は、患者が最善の選択や決断ができるように、意思決定を支援することにあると言っていいでしょう。

価値観や人生観の違いと
倫理的ジレンマ

意思決定支援をしていると、患者に医学的知識が大きく不足しているため、あるいはかなり時間をかけて説明しているのにきちんと理解してもらえないために、なかなか同意が得られない、納得してもらえない、という問題に直面することが多々あると思います。

このようなときでも、患者側に理解力や思考力など意思決定能力に問題がないかぎり、言葉を変えてみたり、具体例をあげるなど、とにかく誠意を尽くしてていねいな説明を重ねていくうちに、やがてなんらかの接点が見つかることがあるのではないでしょうか。

ところが、そこへ価値観とか人生観の違い、あるいはモラル(道徳意識)といったことが大きく絡んでくることがあるわけです。

こうなると、倫理的な問題と受け止めて対処方法を変えていかないことには、「倫理的ジレンマ」に陥って、看護師さん自身がストレスを抱え込むことになってしまいます。

倫理的ジレンマを感じたら
まずは誰かに話してみる

そうならないためには、「もしかして自分の価値観を押し付けているのかもしれない」と考えてみることも大切でしょう。

そのうえでひとりで悩んでいないことが大切です。中立的な立場に立てる第三者、あるいは看護チームのメンバーに自らが抱えている倫理的ジレンマを正直に打ち明け、患者にとっての最善は何かを忌憚なく話し合ってみることです。

この話し合いを「倫理(的)カンファレンス」と呼ぶこともあるようです。また、病院によっては、臨床倫理に精通したコンサルタントなどによる倫理コンサルテーション*を通して、看護師さん個々の倫理的ジレンマに対処しているとも聞きます。

*コンサルテーションとは、単なる悩みごとの「相談」ではなく、専門家同士の相談を言う。詳しくはこちらを。

「看護コンサルテーション」と「相談」はどう違うのか。そんな疑問を抱えつつ専門看護師のコンサルテーションを受けてみた。結果は、日々の看護を振り返るなかで、「自分は役に立っている」と、看護師としてのやりがいに気づくことができたという話です。

と言っても、あまり難しく考えすぎないことです。通常行っている病棟カンファレンスや事例検討の一環として、まずは自分が直面している倫理的ジレンマを誰かに聞いてもらうことから始めてみることをお勧めします。

たとえば倫理的ジレンマに陥るのを避ける方法として、「臨床倫理4分割法」というツールを活用して情報を整理し直してみるのも一法です。

治療やケアのあり方がその人の生死を左右する倫理的課題について、患者側と医療者側が話し合い、意思決定するACPなどでは、参加者個々の立場や価値観の違いから、なかなか合意点を見いだせない。その解決法として、臨床倫理4分割法の活用を提案する。

看護管理者の倫理的ジレンマ

なお、立場上組織の狭間に立たされることの多い看護管理者の倫理的ジレンマについては、こちらで詳しく書いています。読んでみてください。

医療や看護の現場で仕事をしていると、さまざまなジレンマに日々直面することは想像に難くない。特に組織のはざまにいる看護管理者は倫理的に意思決定を求められる場面が多い。そんなときに倫理的にふるまう道しるべとして、勝原裕美子氏による本を紹介する。

看護倫理に関する本は、文中で紹介した本以外に多数ありますが、国際看護協会(ICN)が日常業務中に直面する倫理問題の解き方を、「意思決定モデル」に沿って提示している『看護実践の倫理―倫理的意思決定のためのガイド』(日本看護協会出版会)は秀逸です。

参考資料*¹:日本看護協会Webサイト看護倫理ページ「倫理とは何か」

参考資料*²:『医療倫理超入門 (岩波科学ライブラリー)』(岩波書店)

参考資料*³:手島恵著『これからの倫理と看護』(日本看護協会出版会)