意思決定支援で悩みがちな患者の「推定意思」

意思決定
令和6(2024)年度診療報酬改定では、入院料算定の施設基準に、原則すべての病棟において「アドバンス・ケア・プランニング(ACP)を繰り返し行い、人生の最終段階における医療・ケアを本人の意思決定を基本に行うこと」が加えられ、提示された意思決定支援*¹が行われていない場合は、診療報酬減算の対象となることが記されています。

患者の意思を推定し
その推定意思を尊重する

厚生労働省の「終末期における医療とケアのガイドライン」は、策定から10年が経過した2018年3月の改定により、名称自体も「人生の最終段階における医療・ケアの決定プロセスに関するガイドライン」に改められました。

この改定では、欧米諸国を中心に普及が進んでいる「アドバンス・ケア・プランニング(ACP)」、いわゆる「人生会議」の考え方を新たに取り入れ、その取組みを進めていくことを提案している点が、改定の柱として注目されました。

アドバンス・ケア・プランニングの前提には、「終末期に限定することなく、患者に提供される医療やケアは例外なく、患者本人の意思決定を基本に行う」との倫理原則があります。

しかしながら人の意思(思い)というものは、心身の状態の変化により微妙に変化しうるものです。その結果、本人が自らの意思を伝えられない状態に陥り、意思を確認することができない事態に直面することも、臨床現場では決して珍しくないと聞きます。

このような場合、患者の意思を尊重するうえで大きな助けとなるのが、「前もっての意思表示」、つまり事前指示、さらにはアドバンス・ケア・プランニングなのですが……。わが国におけるその取組みは、まだ緒に就いたばかりです。

現実の医療やケアの場面では、患者本人が意思表示できないときは入手可能な情報から患者の意思を推定し、その推定意思を尊重することになるのですが、「これがなかなか一筋縄ではいかない」と、多くの看護師さんが苦戦しているようです。

そこで、少しでもお役に立てればと思い、今回はこの「推定意思」について、関連情報を整理してみたいと思います。

患者の意思決定が必要な場面で
患者が意思決定できないとき

看護職の皆さんにとってはあまりなじみのない法律だとは思いますが、医療法第1条の4第2項には次のような記述があります。

「医師、歯科医師、薬剤師、看護師その他の医療の担い手は、医療を提供するに当たり、適切な説明を行い、医療を受ける者の理解を得るように努めなければならない」

この一文は、患者に医療やケアを提供する際には、患者本人の判断能力の如何を問わず、適切な情報の提供と納得の得られる十分な説明を行い、本人の承諾を得たうえで、その意思決定を基本に行うこと、という医療・ケアにおける倫理原則の、いわば法的根拠ととらえることができるのではないでしょうか。

しかしながら、患者本人の意思決定が必要とされる時点で、患者が意思決定できない、あるいは意思決定が難しい状態にある場面も少なくないようです。そのような場合、どうすれば患者の意向に沿うかたちで、より適切な医療やケアを提供できるのでしょうか。

意思確認ができないときは
推定意思を尊重し最善の方針を

その答えを導き出す考え方のヒントとして、たとえば「人生の最終段階における医療・ケアの決定プロセスに関するガイドライン」は、患者本人の意思確認ができない場合の医療・ケア方針を、医療・ケアチームが判断し、決定するプロセスを次のように示しています。

  1. 家族等が本人の意思を推定できる場合には、その推定意思を尊重し、本人にとっての最善の方針をとることを基本とする。
  2. 家族等が本人の意思を推定できない場合には、本人にとって何が最善であるかについて、本人に代わる者として家族等と十分に話し合い、本人にとっての最善の方針をとることを基本とする。時間の経過、心身の状態の変化、医学的評価の変更等に応じて、このプロセスを繰り返し行う。
  3. 家族等がいない場合および家族等が判断を医療・ケアチームに委ねる場合には、本人にとっての最善の方針をとることを基本とする。
  4. このプロセスにおいて話し合った内容は、その都度、文書にまとめておく。

なお、ここで言う「家族等」とは*、「患者本人が、人生の最終段階にある自分を支える存在として信頼を寄せる人であることが重要である」、としています。ですから、法的な意味での親族関係のみを意味するのではなく、親しい友人等、より広範囲の人を含み、複数存在することも考えられる、と説明しています。

*「家族」の定義は多々ありますが、基本的には戸籍上のつながりや血縁関係の有無だけで判断すべきではないとされています。詳しくはこちらを。
このところ長く生きることができるようになった反面、治療やケアについて自分で意思決定できないために、家族により代行されるケースが増えている。その場合の「家族」はどう定義されているのか。意思決定プロセスに関するガイドラインを参考に考えてみた。

複数の専門家から
アドバイスを求める場を設ける

患者本人の推定意思について家族で意見がまとまらない場合、あるいは上記プロセスを踏んで医療・ケアチームで話し合いを重ねたものの、患者にとって最善だろうと推定される医療・ケアの内容について合意が得られないこともあるでしょう。

そのような場合についてガイドラインは、「複数の専門家からなる話し合いの場を別途設け、そこに医療・ケアチーム以外の者の参加を得て、医療・ケア方針や内容について話し合いを重ね、さまざまな視点からの助言を得ることが必要である」としています。

ただしこの話し合いの場は、あくまでも家族や医療・ケアチームの間で医療・ケア方針について合意に至るために考え方のヒントやアドバイスを求める場として設けられるものです。最終的な医療・ケア方針や内容の決定は、そこで得られたアドバイス等を参考に、改めて開かれる家族と医療・ケアチームとの話し合いの場で行うべきだとしています。

また、助言を求める専門家としては、病院や介護施設の医療関係のスタッフだけでなく、医療倫理に精通した専門家や国が行う「本人の意向を尊重した意思決定のための研修会」の修了者である「ACP相談員(ファシリテーター)」などがあげられています。この「ACP相談員」についてはこちらを参照してください。

アドバンス・ケア・プランニング(ACP)の取り組みが始まって5年余り。推進上の課題の1つとして、本人の意思を把握して意思決定を支援をする「ACP相談員」に期待が寄せられている。厚労省が神戸大学に委託して進めているACP相談員の研修についてまとめた。

成年後見人等の第三者に
意思決定の代行は認められない

なお、身寄りがない患者の場合には、事前に成年後見人等の第三者と代理人としての契約を取り交わしているケースが、最近は増えているようです。

しかし、仮に認知症や精神障害・知的障害などにより判断能力が十分でない患者の場合であっても、患者が受ける医療行為について成年後見人等の第三者が意思決定や同意を代行することを認める規定は現時点ではありませんから、くれぐれもご注意ください。詳しくはこちらを読んでみてください。

退院困難患者のなかには身寄りがない人が多い。特に患者の判断力が低下している場合は、成年後見制度の利用を検討することになろう。ただ、この制度では、被後見人である患者の意思が書類に明記されていないと退院支援の意思決定に後見人が関わることできないことを知っておきたい。

参考資料*¹:厚生労働省 令和6年度診療報酬改定概要説明資料P.26

参考資料*²:「人生の最終段階における医療・ケアの決定プロセスに関するガイドライン」の改訂について