知っておきたい認知症新薬 使える患者は?

アルツハイマー病

アルツハイマー病の新薬
12月20日から保険適用に

厚生労働省の専門部会は8月21日(2023年)に、日本と米国の製薬会社が共同開発したアルツハイマー病新薬「レカネマブ」の国内における製造・販売を認めています。

その後厚生労働大臣の承認などを経て、12月13日には厚生労働省の中央社会保険医療協議会(いわゆる「中医協」)が、20日から公的医療保険の適用対象とすることを承認。医療現場でこの新薬による治療がスタートすることを各メディアが一斉に報じています。

当事者の認知症患者や家族はいうまでもなく、日々認知症患者のケアでご苦労されている医療や介護の関係者にとっても希望となりそうなニュースです。

ただ、この新薬は認知症の誰にも使える薬ではありません。また、認知症の根治、つまり認知症の完全治癒をめざす薬でもありませんから、過大な期待は禁物。治療薬として使える患者が限られることを踏まえつつ、この新薬を適切に使っていくうえで知っておきたいことをまとめたいと思います。

アルツハイマー病の
進行を遅らせる

国内の認知症患者は、2020年時点で約600万人と推定されていますが、その6~7割をアルツハイマー型認知症、いわゆるアルツハイマー病が占めるとされています。

アルツハイマー病は、発症する20年ほど前から、原因物質である「アミロイドベータ」と呼ばれる特殊なたんぱく質が脳内に少しずつ溜まり始め、神経細胞を傷つけることにより認知機能が徐々に低下していくものと推測されています。

このアルツハイマー病に現在使われている治療薬には、脳内の神経伝達物質の量を増やすなどして一時的に症状を改善する作用があるものの、あくまでも対症療法です。

これに対して新薬のレカネマブ(商品名:レケンビ)は、アルツハイマー病の原因物質であるアミロイドベータに直接働きかけて取り除くことにより認知機能の低下を抑え、病気の進行を遅らせる効果が臨床試験(治験)で確認されています。

これまでは対症療法に限られていたものが、自立して生活できる期間を延ばすことが期待できるという画期的な治療薬として注目されているのです。

治療を受けられる患者は
かなり絞られる

その効果から、新薬への期待は高まる一方です。ただ残念ながらレカネマブは、アルツハイマー病以外の認知症患者や症状が進んだアルツハイマー病患者には使うことができません。この新薬による治療の対象患者は以下に該当することが条件となっているのです。

  1. アルツハイマー病を発症する前の「軽度認知障害」の患者
  2. アルツハイマー病発症後の早い段階にある患者

このうち「1」の軽度認知障害とは、アルツハイマー病の前段階、つまり一歩手前の状態です。物忘れや「ついうっかり」が目立つようになるなど、認知機能の低下はあるものの、実際にあった出来事さえ忘れてしまうなど認知症でみられるような記憶障害はなく、支障なく日常生活を送れている患者です。

また、アルツハイマー病を発症している場合は、すでに壊れてしまった神経細胞を再生することはできませんから、治療対象となるのは「2」にあるように、「プレクリニカル期」と呼ばれるような早期アルツハイマー病の患者です。

レカネマブを使用する医療機関の要件

上記の「1」にしても「2」にしても、患者がレカネマブによる治療対象に該当するかどうかは、治療を始める前に「PET」として知られる陽電子放出断層撮影、あるいは腰椎穿刺による脳脊髄液検査により、アルツハイマー病の原因物質であるアミロイドベータが脳に蓄積していることを確認する必要があります。

また、レカネマブについては、安全性に重大な懸念はないとされているものの、副作用として脳内の浮腫や微小出血が12~17%にみられることが治験で確認されています。そのためレカネマブ投与中は、これらの副作用の有無を確認するために頭部MRI(磁気共鳴画像)検査を行う必要があります。

したがってレカネマブを使用する医療機関には、これらの対応ができるMRIなど検査体制の整備、および当然ながら、画像診断の研修を終えた医師がいることも求められています。

2024年4月時点でこれらの条件を備えた医療機関は600か所を超えているものの、どこでこの治療を受けられるかの情報発信が待たれるところです。厚生労働省は、当面は「治療を希望する場合はかかりつけ医から治療可能な医療機関につないでもらってほしい」としています。患者・家族からの問い合わせには、その旨お伝えください。

東京都健康長寿医療センターは12月25日(2023年)、50代の女性にレカネマブの投与を始めたと発表しています。この女性は昨年、検査で脳内にアミロイドベータがたまっていることが確認され、軽度認知障害と診断されているとのこと。これに先駆けすでに21日には、大阪公立大病院で患者へのレカネマブの投与が始まっているとの報もあります。

課題だった高額な治療費は?

残る課題は、高額とされた治療費です。すでに7月に承認されてレカネマブによる治療が始まっている米国では、患者1人当たりの標準的な価格が年間2万6500ドル(約390万円、体重75㎏の患者の場合)とのこと。日本では高額療養費制度により一定程度までは抑えられるものと見込まれていました。

国内におけるレカネマブの薬価(国が決める医療用医薬品の公定価格)について議論を重ねてきた中医協は12月13日、薬価を500㎎(体重50㎏の患者が1回で使用する量)11万4443円、患者1人当たり1年間の治療で約298万円とすることを承認しています。

投与期間は原則1年半まで。1回の投与量は体重1㎏あたり10㎎で、患者には2週間に1回、1時間かけて点滴で投与することになります。

患者の自己負担は年齢や所得に応じて薬価の1~3割となります。ただ高額療養費制度を利用すれば、たとえば70歳以上の一般所得層(年収150万~約370万円)では、自己負担額の上限が年間14万4000円となります。高額療養費制度についてはこちらを参照してください。

公的医療保険制度には、医療費が家計にかかる負担を軽くして誰もが安心して必要な医療を受けられるように「高額療養費制度」が用意されている。医療費が高くなることを心配する患者にこの制度の活用を勧めるために知っておきたい制度の仕組みと利用上の注意点をまとめた。