アルツハイマー病の新規治療薬
年内にも患者に使用開始か
厚生労働省の専門部会は8月21日夜、日本と米国の製薬会社が共同開発したアルツハイマー病の新規治療薬「レカネマブ」の国内における製造・販売を認めることを了承しました。
これを受け、厚生労働大臣が近日中に正式に承認すれば、早ければ10月にも、あるいは承認に多少時間がかかっても、遅くとも年内には、治療現場でこの新薬を使える見通しであることが各メディアで一斉に報じられています。
当事者の認知症患者や家族はいうまでもなく、日々認知症患者のケアでご苦労されている医療や介護の関係者にとっても希望となりそうなニュースです。
ただ、この新薬は認知症の誰にも使えるという薬ではありません。また、認知症の根治、つまり認知症の完全治癒をめざす薬でもありませんから、過大な期待は禁物です。
治療薬として使える患者が限られることを踏まえつつ、この新薬を適切に使っていくうえで知っておきたいことをまとめたいと思います。
アルツハイマー病の
進行を遅らせる
国内の認知症患者は、2020年時点で約600万人と推定されていますが、その6~7割をアルツハイマー型認知症、いわゆるアルツハイマー病が占めるとされています。
アルツハイマー病は、発症する20年ほど前から、原因物質である「アミロイドβ(ベータ)」と呼ばれる特殊なたんぱく質が脳内に少しずつ溜まり始め、神経細胞を傷つけることによって認知機能が徐々に低下していくものと推測されています。
このアルツハイマー病に現在使われている治療薬には、脳の神経伝達物質の量を増やすなどして一時的に症状を改善する作用があるものの、あくまでも対症療法です。
これに対して新薬のレカネマブは、アルツハイマー病の原因物質であるアミロイドβに直接働きかけて取り除くことにより認知機能の低下を抑え、病気の進行を遅らせる効果が臨床試験(治験)で確認されています。
これまでは対症療法に限られていたものが、自立して生活できる期間を延ばすことが期待できるという画期的な治療薬として注目されているのです。
治療を受けられる患者は
かなり絞られる
新薬への期待は高まる一方ですが、残念ながらレカネマブは、アルツハイマー病以外の認知症患者や症状が進んだアルツハイマー病の患者には使うことができません。
この新薬による治療を受けられる患者は以下に該当することが条件となっているのです。
- アルツハイマー病を発症する前の「軽度認知障害」の患者
- アルツハイマー病発症後の早い段階にある患者
このうち「1」の軽度認知障害とは、アルツハイマー病の前段階、つまり一歩手前の状態です。物忘れや「ついうっかり」が目立つようになるなど、認知機能の低下はあるものの、実際にあった出来事さえ忘れてしまうなど認知症でみられるような記憶障害はなく、日常生活は支障なく送れている患者です。
また、アルツハイマー病を発症している場合は、すでに壊れてしまった神経細胞を再生することはできませんから、治療対象となるのは、「2」にあるように、「プレクリニカル期」と呼ばれるような早期アルツハイマー病の患者です。
レカネマブを使用する医療機関の要件
上記の「1」にしても「2」にしても、患者がレカネマブによる治療対象に該当するかどうかは、治療を始める前に「PET」として知られる陽電子放出断層撮影、あるいは腰椎穿刺による脳脊髄液検査により、アルツハイマー病の原因物質であるアミロイドβが脳に蓄積していることを確認する必要があります。
また、レカネマブについては、安全性に重大な懸念はないとされているものの、副作用として脳内の浮腫や微小出血がみられることが治験で確認されています。
したがってレカネマブ投与中は、これらの副作用の有無を確認するため、頭部MRI(磁気共鳴画像)検査を行う必要があります。
そのためレカネマブを使用する医療機関には、これらの対応ができる検査体制の整備が求められることになります。
残る課題は高額な治療費
国内におけるレカネマブの薬価(国が決める医療用医薬品の公定価格)については、厚生労働省の中央社会保険医療協議会(いわゆる「中医協」)で現在議論が進んでいて、年内にも結論が出るとされています。
一方、7月に承認されてレカネマブによる治療が始まっている米国では、患者1人当たりの標準的な価格が年間2万6500ドル(約390万円)とのこと。
日本では高額療養費制度により一定程度までは抑えられるものの、100万円単位になるものと見込まれています。
加えて、治療開始前に必須のPET検査は保険の対象外であり、1回の検査に20~30万円ほどが全額自己負担になるとされ、いずれにしても高額になることが予想されています。
医療費の削減が求められている現状にあって、中医協がどのような答えを出し、レカネマブによる治療がどのように行われていくのか注視していく必要がありそうです。
なお、高額療養費制度についてはこちらを参照してください。