永久気管孔に装着する
人工鼻が院外処方の対象に
喉頭を摘出して永久気管孔を造設した患者が使用する「気管切開用人工鼻(以下、人工鼻;じんこうはな)」とその関連製品は、2020年9月1日から、「特定保険医療材料*」の仲間入りをしています。つまり、公的医療保険(健康保険)が適用になっていますから、患者の費用負担が軽減されたことになります。
これにより人工鼻を利用する患者は、人工鼻やその装着に必要な各種衛生材料も処方薬同様に、医師が発行する院外処方箋に基づき、かかりつけ薬局や最寄りの薬局(常勤薬剤師のいない「薬店」は除く)で受け取り、使用方法について薬局薬剤師に相談したり指導を受けたりすることができるようになっています*¹。
人工鼻とは、その名のとおり、鼻の機能を代用するものです。永久気管孔を造設した患者にとって人工鼻は、気管孔を介しての呼吸により肺にかかる過分な負担を軽減し、気道の衛生を強化するうえで欠かせない医療器具となっています。
永久気管孔患者の日常生活用具に
こうした点から、人工鼻を、永久気管孔の患者が日常生活をより円滑に送っていくうえで必要不可欠な、いわゆる「日常生活用具」として認め、その購入および日々の使用にかかる費用を助成する制度を設ける自治体が、このところ増えています。
地域により若干の違いはあるものの、このようなサポート体制の拡充が進むのを受け、永久気管孔に対する人工鼻は、この先利用者が増えることが想定されます。
そこで今回は、看護職として永久気管孔用の人工鼻について知っておきたいことをまとめておきたいと思います。
永久気管孔と
呼吸器感染症リスク
進行した喉頭がんや下咽頭がんなどにより声帯を含む喉頭を摘出する手術を受けた患者には、術後の呼吸を確保するため、左右の鎖骨のちょうど中間、喉元(のどもと)と呼ばれる部分に永久気管孔が造設されます。
永久気管孔を造設すると、患者は鼻呼吸や口呼吸ができなくなり、代わりに造設した気管孔から呼吸をしたり咳をしたりすることになります。
気管孔を介しての呼吸では、本来鼻が担っている機能、たとえば吸い込む空気(吸気)が鼻を通過する際に加湿されることがなくなります。鼻のフィルター機能も失われますから、気管内にホコリなどが侵入しやすくなるなど、患者は以下のリスクを負うことになります。
- 痰の分泌過多により呼吸器感染症のリスクが高くなる
- 鼻漏(びろう)、つまり鼻汁過多に悩まされる
- 浅くて速い呼吸になる
- 発声できない、あるいは発声しにくいためにコミュニケーションに支障をきたす
永久気管孔では湯船に肩までつかれない
また、鼻からの吸気は、肺に入る前に加湿と同時に温められるのですが、気管孔からの吸気では外気の温度のまま直接気道から肺へと入ります。その際、寒さの厳しい冬であれば、吸気として入り込んだ冷たい外気が気管を刺激し、気管支痙攣を招く事態も起こり得ます。
さらに、造設した永久気管孔は、「永久」とあるように、一生閉じることができません。そのため、たとえば入浴の際に湯船に肩までつかることができないなど、生涯を通して日常生活にさまざまな不自由を抱え込むことにもなります。
人工鼻による鼻呼吸により
永久気管孔造設以前の呼吸に
そこで開発されたのが、人工鼻です。永久気管孔に人工鼻を装着すれば、気管孔の周りをぴったりと覆ってくれます。それにより、ホコリなどの空中浮遊物が気管内へ直接侵入するのを防ぐ、いわば「気管孔カバー」として役立ちます。
永久気管孔については、喉元にある孔(あな)が永久気管孔であることを知らず、入浴時に水が入らないようにと気管孔にフイルムドレッシング材を貼付して孔を塞いでしまったため、患者が呼吸困難に陥るといったヒヤリハット事例が過去に2例報告されていることが、日本医療機能評価機構の調べで明らかになっています*²。
永久気管孔造設患者に起こりがちなこのようなヒヤリハットは、人工鼻を装着すれば容易に防ぐことができます。
温かく湿った吸気を気道に送り込む
何よりも人工鼻のフィルターには抗菌剤や吸湿剤などが浸み込ませてあります。これにより、患者の呼気に含まれる熱と水分をキャッチして蓄え、外気からの冷たく乾いた空気を加温・加湿し、温かく湿った吸気として気道に送り込むことで鼻の呼吸機能を代行することができます。乾燥予防をはじめとする人工鼻のこうした機能により、患者には以下の利点があるとされています。
- 肺の中の湿度が高まるため、痰の分泌を減らすことにつながる
- 気道分泌物の粘性を低くし、痰など分泌物の排出を容易にする
- 粘液栓(粘性の高い、つまり粘り気の強いゼリー状の痰)による気道閉塞のリスクを減らす
- 吸い込んだ空気(吸気)の気道抵抗を元通りにして肺活量を維持する
人工鼻の種類は豊富
人工鼻の種類は実に豊富です。永久気管孔用の人工鼻を専用に扱っているアトスメディカルジャパン(Atos)の製品カタログによれば、以下のタイプが用意されていて、患者の状態や日常のシーン、用途に合わせて選択することができるようです。
- 静かに過ごすとき用に、加温・加湿効果に優れたタイプ
- 運動時など活動時用に、フィルターの目が粗く、楽に呼吸ができるタイプ
- インフルエンザや花粉シーズンの外出時用に、細菌やウイルス、花粉を99%以上カットするタイプ
- ハンズフリー(手に持たない)で話したいとき用のタイプ
なお、声帯を失った永久気管孔患者の85~90%は、言語聴覚士等によるリハビリ訓練により発声できるようになり、残りの10%も、コンピュータを活用するなどしてコミュニケーションをとることができるようになるそうです。
この場合に行われるリハビリについては、宮城県リハビリテーションセンターがこちらのマニュアルで詳しく紹介しています。関心のある方はあわせてご覧ください。
また、人工鼻については交換時期に関する患者からの質問が多いと聞きます。しかしそれは、使用する人工鼻のタイプや患者個々の気管孔や身体の状態などによって異なりますから、その点を踏まえた指導が大切となります。
参考資料*¹:厚生労働省「特定保険医療材料の材料価格算定に関する留意事項」
参考資料*²:日本医療機能評価機構 医療安全情報 No.123 2017年2月「永久気管孔へのフィルムドレッシング材の貼付」