「認知症マフ」で拘束しない認知症ケアを実践

楽しい

「認知症マフ」を活用して
認知症者の身体拘束を減らす

「身体拘束に頼らない認知症ケア」の取り組みの実態を探って文献検索を続けるなかで、一つの発見がありました。発見というと少々オーバーですが、認知症者の身体拘束を減らす対策の一つとして、イギリス発祥の「Twiddle Muff」と呼ばれるグッズを活用する医療や介護の現場が、数としてはまだ少ないものの徐々に出てきているのです。

「Twiddle Muff」を直訳すると、「(手で)いじるマフ」となるでしょうか。日本に初めてこのマフを紹介した朝日新聞厚生文化事業団はこれを「認知症マフ」と名付け、浜松医科大学医学部の鈴木みずえ教授(臨床看護学講座)らとタッグを組んで、全国的な普及活動を行っています。

今回は、この認知症マフについて書いてみたいと思います。なお、認知症マフは「ほっこりマフ」とも「なごみマフ」とも呼ばれているようです。

認知症マフの触感が
こころを和らげ落ち着かせる

マフとは、もともとは手の保護や防寒を目的に、ヨーロッパを中心に愛用されてきた筒の形状をした、いわば指先部分のない長い手袋のようなものです。筒の両端が開いていて、そこから筒の中に両手を入れられるようになっています。

認知症マフは、認知症の方が触ったり筒の中に手を入れたりしたときに快感が得られるように、軟らかい手触りの毛糸(ニット)や布で作られています。筒の内側には、手を入れたときに指で遊んで楽しめるように、小さなぬいぐるみやリボン、あるいは毛糸のボンボンなどをいくつも取り付けてあるのが特徴です。

BPSD(行動・心理症状)の予防・軽減に

認知症では、さまざまなBPSD(行動・心理症状)がみられます。たとえば「いきなり両手で机を叩きだす」ことも、よくあるBPSDの一つです。

このような症状がみられるときは、背景に強い不安や焦燥感があることが多いものです。そのため「机を叩くのはやめましょう」などと声をかけても、不安や焦燥感がクリアされない限りは、なかなか聞き入れてもらえません。

そんなとき、その叩いている机の上にさりげなく犬のぬいぐるみを置いたところ、机を叩く動作が止まり、それまでの硬く険しかった表情がすっかり和らいで、ぬいぐるみで楽しそうに遊び始めた、という体験談を認知症看護認定看護師の方から伺ったことがあります。

いくつかの文献や資料から察するに、認知症マフにはこのときのぬいぐるみと同じような、認知症の方のこころを和らげ、落ち着かせる効果が期待できるようです。特に、手元に不安のある方には、すんなり受け入れてもらえると聞きます。

認知症マフの臨床活用には
ケアガイドを参考に

医療や介護の現場における認知症マフの活用方法については、鈴木みずえ教授らが浜松医科大学のホームページで、「Twiddle Muff(認知症マフ)活用ケアガイド」*¹として、次の点を中心に紹介されています。是非一度、ダウンロードして読んでみてください。

  1. 認知症マフを活用できる人と開始基準&感染症対策&中止基準
  2. 認知症マフを活用する手順
    STEP1:アセスメント(苦痛や不快感、皮膚トラブル、せん妄リスクなど)
    STEP2:苦痛緩和のための対応・治療継続のための工夫
    STEP3:認知症マフの活用と、活用により行動面にみられる変化の観察
  3. 認知症マフ活用上の注意事項
  4. 認知症マフ作成のポイント

認知症マフを活用できるのは?

認知症マフ活用ケアガイドの「1」では、認知症マフを活用できる人のトップに「触ることによる心地よい刺激を好まれる人」があげられています。

この「心地よい刺激」やうれしいとか楽しいという感情は、認知症によるBPSDの予防や症状の軽減に効果的とされています。実際、「脳活性化リハビリテーション5原則」*のトップには、この「快刺激」があげられています。

特に視力の低下などにより「外部からの感覚刺激の少ない人」には、認知症マフを触って得られる快刺激が、安心感を与えるうえで少なからず有効なようです。

すべての認知症者に有効ではないことを忘れずに

ただし、認知症マフはすべての認知症の方に有効というわけではなく、本人の好みが大きく影響するようです。

そのため、活用に際しては、「よかったら触ってみませんか」とか「こんなアクセサリーが付いているんですよ」などともちかけ、そのときの反応を見ながら使用するかどうかを判断すべきとされています。決して一方的に無理強いしないことです。

*脳活性化リハビリテーションとは、脳の活性化により認知症者の認知機能そのものの向上を目指すリハビリテーションではありません。残存機能を活かすことによって笑顔を取り戻して生活機能の向上を図ることにより、「認知症という困難を抱えながらも、楽しく前向きに生活する」ことをめざすリハビリテーションです。その5原則は、⑴快刺激、⑵褒め合う、⑶コミュニケーション、⑷役割、⑸失敗を避ける支援、です。
この脳活性化リハビリテーション5原則を活用した「身体拘束ゼロの認知症ケア」についてはこちらで紹介しています。是非読んでみてください。
認知症、特にBPSDがみられるときは身体拘束を余儀なくされがちで、「縛らない認知症ケア」の実践は簡単なことではない。そんななかBPSDの予防的ケアを徹底して身体拘束ゼロの認知症ケアを実践している医療法人大誠会グループの取り組みを紹介する。

認知症マフを自ら作ってみたい方、ケアに使ってみたい方

認知症マフは、基本的にはボランティアグループからの寄付や認知症の方の家族が作成したものが使用されています。

ご自分で作ってみたい方は、鈴木教授らによる先のケアガイドを参照されるか、このマフ作りのワークショップを定期的に主催している朝日新聞厚生文化事業団のWebサイト「認知症マフを作ろう」をチェックしてみてください。

なお、認知症マフはメルカリなどで手に入るようです。ただし販売は、版権(著作物を複製、販売する独占権)の問題から原則禁止されていますからご注意ください。

ご自分で作っている時間的余裕はないものの、担当している認知症患者にこのマフを使ってみたい方は、朝日新聞厚生文化事業団にその旨をメール等で問い合わせてみてください(連絡先はWebサイトにあります)。

なお、認知症の方が直面している生きづらさや困りごとを推測してケアするうえで、「VR認知症体験」が大いに役立つことをこちらで紹介しています。是非読んでみてください。

VR(仮想現実)装置を利用して現実に近い世界を疑似体験しケアに活かす試みが、さまざまなかたちで進んでいる。その一つとして、老年看護学教育の一環として経験することも増えている認知症の人が生きている世界を疑似体験する取り組みを紹介する。

参考資料*¹:浜松医科大学ホームページ「Twiddle Muff(認知症マフ)活用ケアガイド」