「認知症マフ」で拘束しない認知症ケアを実践

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令和6(2024)年度診療報酬改定では、医療機関における入院料算定の施設基準に、すべての病棟において、緊急やむを得ない場合以外の身体的拘束を禁止するなど、「身体的拘束の最小化」に取り組むべきことが加えられ、提示された基準*¹をクリアできない場合は、診療報酬減算の対象となります。紹介する「認知症マフ」は、認知症患者の身体拘束を最小化するツールとして役立つのではないでしょうか。なお、ここで言う「施設基準」の詳細は、福井トシ子監修『改訂2版 看護管理者が知っておきたい「様式9」の基礎講座:2024年度診療報酬改定に対応/施設基準を遵守した勤務表を作成するために』を参考に!!

「認知症マフ」を活用して
認知症患者の身体拘束を減らす

「身体拘束に頼らない認知症ケア」の取り組みの実態を探って文献検索を続けるなかで、一つの発見がありました。発見というと少々オーバーですが、認知症患者(利用者)の身体拘束を減らす対策の一つとして、イギリス発祥の「Twiddle Muff」と呼ばれるグッズを活用する医療や介護の現場が、数としてはまだ少ないものの徐々に出てきているのです。

「Twiddle Muff」を直訳すると、「(手で)いじるマフ」となるでしょうか。日本に初めてこのマフを紹介した朝日新聞厚生文化事業団はこれを「認知症マフ」と名付け、浜松医科大学の鈴木みずえ教授(臨床看護学講座)らとタッグを組み、普及活動を行っています。

今回は、この認知症マフについて書いてみたいと思います(認知症マフは「ほっこりマフ」や「なごみマフ」の愛称でも呼ばれているようです)。

なお、認知症マフは、『認知症ビジュアルガイド (見てできる認知症ケア・マネジメント図鑑)』(学研メディカル秀潤社)などを参考に、対象となる「認知症患者の全体像」や「認知症ケアで直面しがちな倫理的課題」などを理解したうえでケアに活用されることをおすすめします。

認知症マフの触感が
こころを和らげ落ち着かせる

マフとは、もともとは手の保護や防寒を目的に、ヨーロッパを中心に愛用されてきた筒状の、いわば指先部分のない長い手袋のようなものです。筒の両端が開いていて、そこから筒の中に両手を入れられるようになっています。

認知症マフは、認知症の方が触ったり筒の中に手を入れたりしたときに快感が得られるように、軟らかい手触りの毛糸(ニット)や布で作られています。筒の内側には、手を入れたときに指で遊んで楽しめるように、小さなぬいぐるみやリボン、あるいは毛糸のボンボンなどをいくつも取り付けてあるのが特徴です。

BPSD(行動・心理症状)の予防・軽減に

認知症では、さまざまなBPSD(行動・心理症状)がみられます。たとえば「いきなり両手で机を叩きだす」ことも、よくあるBPSDの一つです。

このような症状がみられるときは、背景に強い不安や焦燥感があることが多いものです。そのため「机を叩くのはやめましょう」などと声をかけても、不安や焦燥感がクリアされない限りは、なかなか聞き入れてもらえません。

そんなとき、その叩いている机の上にさりげなく犬のぬいぐるみを置いたところ、机を叩く動作が止まり、それまでの硬く険しかった表情がすっかり和らいで、ぬいぐるみで楽しそうに遊び始めた、という体験談を認知症看護認定看護師の方から伺ったことがあります。

いくつかの文献や資料から察するに、認知症マフにはこのときのぬいぐるみと同じような、認知症の方のこころを和らげ、落ち着かせる効果が期待できるようです。特に、手元に不安のある方には、すんなり受け入れてもらえると聞きます。

認知症マフの臨床活用は
ケアガイドを参考に

医療や介護の現場における認知症マフの活用方法については、鈴木みずえ教授らが浜松医科大学のホームページで、「Twiddle Muff(認知症マフ)活用ケアガイド」*²として、次の点を中心に紹介されています。是非一度、ダウンロードして読んでみてください。

  1. 認知症マフを活用できる人と開始基準&感染症対策&中止基準
  2. 認知症マフを活用する手順
    STEP1:アセスメント(苦痛や不快感、皮膚トラブル、せん妄リスクなど)
    STEP2:苦痛緩和のための対応・治療継続のための工夫
    STEP3:認知症マフの活用と、活用により行動面にみられる変化の観察
  3. 認知症マフ活用上の注意事項
  4. 認知症マフ作成のポイント

認知症マフを活用できるのは?

認知症マフ活用ケアガイドの「1」では、認知症マフを活用できる人のトップに「触ることによる心地よい刺激を好まれる人」があげられています。

この「心地よい刺激」やうれしいとか楽しいという感情は、認知症によるBPSDの予防や症状の緩和に効果的とされています。実際、「脳活性化リハビリテーション5原則」*のトップには、この「快刺激」があげられています。

特に視力の低下などにより「外部からの感覚刺激の少ない人」には、認知症マフを触って得られる快刺激が、安心感を与えるうえで有効なようです。

*脳活性化リハビリテーションとは、脳を活性化して認知症者の認知機能そのものの向上を目指すリハビリではありません。残存機能を活かして笑顔を取り戻し、生活機能の向上を図ることにより、「認知症という困難を抱えながらも、楽しく前向きに生活する」ことをめざすリハビリで、その5原則は、⑴快刺激、⑵褒め合う、⑶コミュニケーション、⑷役割、⑸失敗を避ける支援、です。この5原則を活用した「身体拘束ゼロの認知症ケア」については「身体拘束に頼らない認知症ケアの実践例」で紹介しています。是非ご覧ください。

すべての認知症者に有効ではないことを忘れずに

ただし、認知症マフはすべての認知症の方に有効というわけではなく、本人の好みが大きく影響するようです。

そのため、活用に際しては、「よかったら触ってみませんか」とか「こんなアクセサリーが付いているんですよ」などともちかけ、そのときの反応を見ながら使用するかどうかを判断すべきとされています。決して無理強いしないことです。

認知症マフを自ら作ってみたい方、ケアに使ってみたい方

認知症マフは、基本的にはボランティアグループからの寄付や認知症の方の家族が作成したものが使用されています。

ご自分で作ってみたい方は、鈴木教授らによる先のケアガイドを参照されるか、このマフ作りのワークショップを定期的に主催している朝日新聞厚生文化事業団のWebサイト「認知症マフを作ろう」をチェックしてみてください。

済生会福岡総合病院では看護師の有志らがこのマフづくりに取り組み、認知症患者の症状緩和のみならず看護師間の職場を超えた交流にいい影響をもたらしていることが、2025年1月16日の西日本新聞(こちら)で報告されています。

なお、認知症マフはメルカリなどで手に入るようです。ただ、版権(著作物を複製、販売する独占権)の問題から、販売は原則禁止されていますからご注意を。

ご自分で作っている時間的余裕はないものの、担当している認知症患者にこのマフを使ってみたい方は、朝日新聞厚生文化事業団にその旨をメール等で問い合わせてみてください(連絡先はWebサイトにあります)。

なお、認知症の方が直面している生きづらさや困りごとを推測してケアするうえで、「VR認知症体験」が大いに役立つことを「VRで認知症を疑似体験してみませんか」で紹介しています。是非読んでみてください。

また、認知症の方によくみられる見当識障害対策として行われるリアリティ・オリエンテーションについては、こちらでその効果的な方法を紹介しています。是非参考に!!

参考資料*¹:令和6年度診療報酬改定概要説明資料 p.27

参考資料*²:浜松医科大学ホームページ「Twiddle Muff(認知症マフ)活用ケアガイド」