身体拘束に頼らない認知症ケアの実践例

認知症ケア

本ページにはプロモーションが含まれています

認知症によるBPSDがあっても
身体拘束ゼロのケアを

認知症が、患者にミトンやベルトを装着するなどして動きを抑制する「身体拘束」の原因になりやすいことは、改めて言うまでもないでしょう。

とりわけ、認知症によるBPSD*がみられるものの誰も付き添っていられないときは、やむをえず身体拘束に頼るしかないのが大方の実情で、「どうしたら認知症患者の身体拘束をゼロにできるか」との課題に取り組んでおられる方は少なくないと聞きます。

BPSDとは、Behavioral and Psychological Symptoms of Dementiaの略字。認知症患者にしばしばみられる焦燥・不穏状態や攻撃性、拒絶など行動面の症状、および不安や幻覚、妄想、感情面の障害といった心理症状を指す用語として用いられている。「周辺症状」と呼ばれることもあるが、両者は必ずしもイコールではないと考えられている。

縛らない認知症ケアを実践

そのお一人が、群馬県にある医療法人大誠会グループ理事長の田中志子医師です。

医療法人大誠会グループは、群馬県から認知症疾患医療センター(認知症専門の医療機関)の指定を受ける内田病院(一般病床49床、回復期リハビリテーション病棟50床をもつ総合病院)を中心に、介護老人保健施設や特別養護老人ホームなどを併設しています。

田中医師は、「縛らない認知症ケア」をなんとか実現しようと、院内に組織した「認知症サポートチーム」の仲間と共に、20年以上にわたり試行錯誤を続けてきました。

その成果として、2020年には「グループ内のすべての施設、すべてのフロアで身体拘束ゼロを実現した」とのこと――。その取り組みの実際が、『身体拘束ゼロの認知症医療・ケア ――大誠会スタイルの理念と技術』に詳しくまとめられています。

今回はこの本のなかから、認知症患者を拘束しないかかわり方の基本となる考え方と具体的なテクニックのポイントにしぼり、紹介しておきたいと思います。

パーソン・センタード・ケアで
身体拘束ゼロを実践

大誠会グループにおける認知症ケアは、「パーソン・センタード・ケアの考え方をベースとして、身体拘束をせずに、脳活性化リハビリテーションの5原則(快刺激、褒め合い、コミュニケーション、役割、エラーレス)を実践するもの」と説明されています。

「パーソン・センタード・ケア」とは、1990年初頭に英国の臨床心理学者、トム・キットウッドが提唱した概念で、「認知症をもつ人を一人の人間として尊重し、その人の立場に立って状況を理解し、ケアを行う」という認知症ケアの考え方です。

看護職の皆さんが大事にされている「その人らしさを尊重するケア」そのものです。

患者の意思に沿ってケアを進める

パーソン・センタード・ケアを実践するために大誠会グループでは、「本人の声に耳を傾け、思いを推測しつつ、要望を聞く」ことをことのほか大事にしています。

同時に、本人の思い(意思)を推測する際には、本人と協働して模索することにより、要望をより的確に把握するよう心がけているそうです。

アドバンス・ケア・プランニング(ACP)、いわゆる人生会議では、患者の意思に沿って話を進めていくには、シェアード・ディシジョン・メイキング、つまり「協働意思決定」に基づいた対話を重ねることが重要だとされています。

これとまったく同じで、当グループの認知症ケアでもこの協働意思決定、つまり「ケアを提供する側と受ける側の患者とが協働してケアに関する意思決定をしながらケアを進める」ことが身体拘束ゼロを可能にしている大きな要因となっているようです。

認知症患者の意思を推測することは簡単ではありませんが、たとえば「VR認知症体験」は当事者が生きている世界を理解するうえで大変役立つことを、こちらで紹介しています。

VR(仮想現実)装置を利用して現実に近い世界を疑似体験しケアに活かす試みが、さまざまなかたちで進んでいる。その一つとして、老年看護学教育の一環として経験することも増えている認知症の人が生きている世界を疑似体験する取り組みを紹介する。

脳活性化リハビリテーション5原則で
BPSDの予防、軽減を図る

認知症ケアの現場でケアする側が対応に苦慮し、「これでは身体拘束せざるをえない」と考えるのは、患者にBPSD、とりわけ大声を上げたり、ただ意味もなく動き回ったり、暴言や暴力といった興奮性のBPSDがみられる場合が多いものです。

そこで当グループでは、身体拘束をしないというルールのもと、「脳活性化リハビリテーションの5原則」に基づいたコミュニケーションやケアにより患者に受容的に接することを全スタッフが徹底して心がけ、BPSDの予防、軽減に努めていると記されています。

脳活性化リハビリテーションとは

ここで言う「脳活性化リハビリテーション」とは、認知機能そのものの向上をめざすリハビリテーションではありません。残存機能を生かして笑顔を生むことと生活機能の向上を図ることにより、「認知症という困難を抱えながらも、楽しく前向きに生活できること」をめざすリハビリテーションです。以下がその5原則とされています

  1. 快刺激(本人にとってうれしいこと・楽しいこと・心地よいこと)をリハビリテーションに取り入れると、笑顔が生まれて意欲が高まる
  2. ほめられると誰でもうれしいもの。ほめ合うことでやる気・意欲が高まる
  3. 双方向のコミュニケーションで安心感が生まれる
  4. 実施できる役割を持ってもらうことで生きがいが生まれ、自尊心が高まる
  5. 失敗を避ける(エラーレス)支援による成功体験で意欲や自信を回復する

この脳活性化リハビリテーションの5原則に基づくかかわり方については、本書23頁のコラムの中で、工夫のポイントが具体的に紹介されています。

身体拘束ゼロの認知症ケア
具体的テクニック

以上紹介してきたかかわり方の基本的な考え方をベースに身体拘束ゼロの認知症ケアを実践していくわけですが、その実践に役立つ具体的な対応のテクニックについては、本書の「Part2」で、認知症ケアの現場において遭遇しがちな以下のシーンやシチュエーション別に紹介されています。是非お役立てください。

  • 看護・介護に対して抵抗する場合の基本的なコミュニケーション方法とケアの工夫
  • 点滴・チューブ等挿入時の「気をそらす」等の工夫
  • 水分・食事摂取時の工夫(工夫しだいで口から食べられる)
  • 経鼻カニューレ・酸素マスク装着時の工夫(「なぜはずすのか」を考える)
  • 膀胱留置カテーテル装着時の工夫(カテーテルを抜かれないための工夫)
  • 脱衣・おむつはずしへの対応と工夫
  • 帰宅願望行動への具体的な対応と工夫

なお、「身体拘束・行動制限の対象となる具体的な行為」や「身体拘束が認められる3要件」など、身体拘束に関する基本的なことは、こちらを参考にしてください。

身体拘束の予防については、看護の現場では、日本看護倫理学会のガイドラインが有用らしい。しかし介護との連携場面では、厚労省のガイドライン「身体拘束ゼロへの手引き」の理解なくしては話が進まないことが多いと聞く。そこで改めて、その手引きを見直してみた。

また、日本看護倫理学会が、予防的ケアを行うことにより身体拘束をゼロにもっていきたいとの考えのもとに具体策をまとめたガイドラインも、是非チェックしてみてください。

身体拘束を防ぐ取組みについては、厚労省の「身体拘束ゼロへの手引き」よりも日本看護倫理学会の「身体拘束予防ガイドライン」がより実践的として、医療現場はもとより介護現場でも活用する施設が増えていると聞く。何がどう実践的なのか、改めて見直してみた。

身体拘束ゼロの認知症ケアに取り組む医療や介護の現場で、最近活用されているケアグッズの「認知症マフ」については、こちらをご覧ください。

「身体拘束ゼロの認知症ケア」に取り組む医療や介護の現場で、「認知症マフ」と呼ばれるケアグッズの活用が進んでいる。認知症によるBPSDの予防・軽減に有効とされる「快刺激」を与えることができ、認知症者のこころが和らぐ効果が期待できるようだ。

参考資料*¹

参考資料*²:群馬大学山上徹也研究室「脳活性化リハビリテーションの5原則」