高度急性期病院でも身体拘束ゼロは実現できる

高度急性期の患者

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令和6(2024)年度診療報酬改定では、医療機関における入院料算定の施設基準に、すべての病棟において、緊急やむを得ない場合以外の身体的拘束を禁止するなど、「身体的拘束の最小化」に取り組むべきことが加えられ、提示された基準*¹をクリアできない場合は、診療報酬の減算の対象となることが記されています。

身体を拘束されている
親の姿は見たくない

80歳で心臓弁膜症の手術を受けた父を見舞ったら、ベッドに手足を縛られていた。その姿を見て、自由を奪われている父がみじめに思え、担当の看護師さんに拘束をとってもらえないかとお願いしたら、こう言われてしまった。

「術後にせん妄症状がみられましたので、ベッドから落ちたり、点滴のクダを抜いたりしないように監視モニターで安全を図っています。でも、動きが激しいものですから、慎重を期して、今は軽く拘束しています。でも、お父様のせん妄は一時的なものだと思いますので、2日もすれば拘束は外せると思います」と――。

これは、友人の女性が涙ながらに聞かしてくれた話です。ただ、この手の話を聞かせてくれるのは、彼女だけではありません。

「自分の親がベッドに手足を縛られている姿は見たくなかった」とか、「車椅子に固定されて点滴を受けている親を見て悲しくなった」といった話を、このところよく耳にします。

こんな話を聞くたびに、最近では、急性期病院でも彼女の父親のように手術を目的に入院してくる高齢患者が多く、術後に見当識障害のような認知症症状やせん妄により精神的に混乱することが多分にあるだろうから、身体拘束をいっさいしないというのは無理なのかなあ、と漠然と思っていたものです。

身体拘束ゼロの看護は
高度急性期でも実践できる

実際のところ、全日本病院協会が2016(平成28)年3月に公表した「身体拘束ゼロの実践に伴う課題に関する調査研究事業」の報告書を見ると、急性期病院の一般病床において、なんと90%以上という高率で身体拘束が行われていることが明らかになっています。

身体拘束は、日々の臨床で看護師さんが直面する深刻な倫理的課題です。多くの看護師さんは、患者の尊厳を大切にしたいとの思いから、尊厳を傷つけることになってしまう身体拘束には、できれば頼らない看護をしたいと考えておられることでしょう。

とはいえ、あまりに多忙で人手も十分ではない臨床にあっては、患者の安全と安心を守るために身体拘束をせざるをえない場合もあるはずです。

そのため、身体拘束を行った日は診療報酬上のペナルティを課すなどして、国をあげて「身体拘束ゼロ」をすすめているのですが……。

しかし「拘束ゼロ」の実現は、現実問題として難しく、せめて最小限にとどめる努力をしていこう、というのが大方の考えではないでしょうか。

そんな流れのなかにあって、集中治療室(ICU)や新生児集中治療室(NICU)のような高度急性期を含む急性期一般病棟と精神病棟を抱える医療の現場で、「抑制に頼らない看護」の実践にチャレンジし、1年間で「身体抑制ゼロを達成した」病院があることを知りました。石川県にある金沢大学附属病院です。

拘束ゼロの看護を可能にした
金沢大学附属病院の倫理観

金沢大学附属病院における「抑制に頼らない看護」へのチャレンジは、看護部(小藤幹恵看護部長)を中心に進められてきました。その経緯や取り組みの実際、さらにはその具体的な成果は、『急性期病院で実現した 身体抑制のない看護 ―金沢大学附属病院で続く挑戦』という本に詳しくまとめられています。

本書を読んでみると、抑制に頼らない看護をいきなり全面禁止にするのではなく、まずは「できるだけ減らしていこう」と、努力目標を決めることからスタートしたようです。

努力目標とはいえ、当然ながら当初は、看護師さんなら誰もが考えるように、「治療上必要なルート類が抜けてしまうのではないか」「ベッドから転落してしまうかもしれない」など、患者にダメージを与えるリスクがあることへの不安があったようです。

同時に「患者さんの理解や協力が得られないかもしれない」と心配する声も、少なからずあったことが記録されています。

「やつてよかった」と思える看護を

そうした懸念の一方で、看護部内にはかねてから、「やってよかった」と思える看護を増やし、それを日常化させ、さらに高めていくにはどうしたらいいかを考えていこうという前向きの気運がありました。

そんな気運の高まりが、抑制をしないことへの心配や不安を乗り越えていくエネルギーとなったようです。さらにその根底には、「かけがえのない一人の人として患者を尊重し、その人の視点で、その人にとっての最善を考える」という、医療倫理の原則があったことが報告されています。

倫理カンファレンスの積み重ね

具体的には、看護部内に「看護倫理検討委員会」を設置し、そのイニシアチブのもとに各病棟で抑制に関する倫理カンファレンスを幾度となく積み重ねていきました。

そのカンファレンスを通して、看護師さん一人ひとりに醸成された確固たる倫理観が、「抑制に頼らない看護」の実践を可能にしたのではないかと、チャレンジ事例を読みすすめていくなかで強く実感させられました。

倫理カンファレンスの積み重ねと
「ユマニチュード」のケア技術

金沢大学附属病院が、高度急性期病院でも拘束ゼロの看護が実現できることを実証できた要因としては、大きく二つあるんだろうと、本書を読み終えて感じています。

その一つは、倫理カンファレンスを取り入れるなどして、「人として患者を尊重する」という医療の倫理原則に、常に立ち返りつつ抑制について考えてきたことです。

もう一つは、「優しさを伝えるケア技術」として知られる「ユマニチュード」の哲学とケア技術を、多くの看護師が学び、身につけて、日々の看護実践に生かしている点です。

全ての患者・家族に優しさを伝えるケア技術

ユマニチュードは、とかく認知症のケアメソッドとして紹介されるのですが、実際に『ユマニチュード 優しさを伝えるケア技術 ‐認知症の人を理解するために‐ [DVD]*⁴を視聴するとおわかりのように、認知症ケアに限るものではありません。

ユマニチュードは、あらゆるケア場面において、患者とポジティブな人間関係を結ぶためのコミュニケーション技術なのです。

認知症患者と意思疎通を図っていくことに難しさを感じている看護師は少なくないだろう。そんな方に、フランス生まれの「ユマニチュード」というコミュニケーション技法を紹介したい。4つの技法により認知症者と人間関係を構築できたとする報告は数多い。

ですから、患者とのかかわりに、ユマニチュードのコミュニケーション技術を意識して使うことにより、それまで意思疎通が難しかった患者や家族と気持ちを通じ合うことができるようになり、そのことが「抑制に頼らない看護」を可能にするに至った――。

そういった趣旨の記述を、本書で紹介されている多くの事例報告に見ることができます。

『急性期病院で実現した 身体抑制のない看護 』には、患者や家族から看護師さんに寄せられた感謝の手紙や声が数多く紹介されています。

このような患者サイドからの温かい反応こそが、看護師さんの「やってよかった」というやりがいにつながっていくのだろうと思うのですが、いかがでしょうか。

日本看護倫理学会による「身体拘束予防ガイドライン」

なお、日本看護倫理学会がまとめた「身体拘束予防ガイドライン」については、こちらの記事で詳しく紹介しています。是非参考にしてみてください。

身体拘束を防ぐ取組みについては、厚労省の「身体拘束ゼロへの手引き」よりも日本看護倫理学会の「身体拘束予防ガイドライン」がより実践的として、医療現場はもとより介護現場でも活用する施設が増えていると聞く。何がどう実践的なのか、改めて見直してみた。

BPSDのみられる認知症患者も身体拘束ゼロのケア

また、とかく難しいとされるBPSD(認知症による行動・心理症状)のみられる患者の「拘束に頼らないケア」の実践については、こちらをチェックしてみてください。

認知症、特にBPSDがみられるときは身体拘束を余儀なくされがちで、「縛らない認知症ケア」の実践は簡単なことではない。そんななかBPSDの予防的ケアを徹底して身体拘束ゼロの認知症ケアを実践している医療法人大誠会グループの取り組みを紹介する。

さらに、見当識障害による精神的な混乱の見られる患者に「今」に気づいてもらうためのリアリティ・オリエンテーションについては、こちらを読んでみてください。

今回の診療報酬改定では全病棟に「身体的拘束の最小化」が求められている。その実践には高齢患者に多いせん妄や見当識障害対策としてのリアリティ・オリエンテーションが必須となる。そのより効果的な方法についてまとめた。

参考資料*¹:令和6年度診療報酬改定概要説明資料 p.27

参考資料*²:全日本病院協会「身体拘束ゼロの実践に伴う課題に関する調査研究事業」報告書

参考資料*³:『急性期病院で実現した 身体抑制のない看護 ―金沢大学附属病院で続く挑戦』(日本看護協会出版会)

参考資料*⁴:『ユマニチュード 優しさを伝えるケア技術 ‐認知症の人を理解するために‐ [DVD]』(デジタルセンセーション株式会社)