「薬剤誘発性褥瘡」の存在を認識していますか?

多剤併用

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褥瘡については、日本褥瘡学会が毎年10月20日を「床ずれの日」と定め、重症化すると命にもかかわる事態になりかねないとして、予防と早期発見・対応の重要性を広く呼びかけています。厚生労働省の調査によれば、2020年の時点で、褥瘡で治療を受けている患者は全国で約3万2000人と推定されるとのこと。ただ、治療を受けていない人や褥瘡に気づいていない人も多く、実際の数はさらに多いとみています。

「薬剤誘発性褥瘡」を
医療従事者の75%が経験!?

もう3年ほど前ですが、看護師のTさんから突然の電話で、「薬剤誘発性褥瘡と呼ばれる褥瘡があるのを知っていましたか?」と、尋ねられたことがあります。日本褥瘡学会の会場で「薬剤誘発性褥瘡」という言葉を耳にし、「ちょっと慌てた」と言うのです。

慌てた理由は、「薬剤誘発性褥瘡とみられる症例を過去に経験したことがある医療従事者は75%に達する」との調査結果を聞き、「自分はこの言葉を知らなかったから、経験しているかどうかもわからない25%に該当するのだ」と気づいたからだそうです。

調査結果を発表したのは、「薬剤誘発性褥瘡」という概念の提唱者である溝神文博氏(国立長寿医療研究センター病院薬剤部・薬剤師)とのこと。溝神氏が言うところの薬剤誘発性褥瘡とはどのようなものなのか、早速調べてみました。

睡眠薬による過鎮静で
無動状態から薬剤誘発性褥瘡が

調べてみると、溝神氏が「薬剤誘発性褥瘡」の存在に気づいた経緯とその概念については、2017年6月23日に開かれた厚生労働省の「高齢者医薬品適正使用検討会」の会議に溝神氏が提出した資料に、その概要がまとめられていました。

それによると、夫に付き添われて受診してきた80歳代の女性の背中に、できたばかりの褥瘡を医師が発見したのがきっかけでした。受診理由は、杖をついて自立歩行ができていたのに、2~3週間前から、微熱に加えて「歩くどころか立つことさえおぼつかなくなってきた」というものでした。女性には糖尿病とアルツハイマー型認知症があります。

各種検査の結果、歩行障害を招くような脳梗塞の所見はなく、褥瘡の発症につながる所見も見当たらなかった。そこで、何か手掛かりはないかと考えた挙句、持参薬の確認となり、薬剤師である溝神氏の登場となったようです。

夫に処方されていた睡眠薬を服用して過鎮静に

持参薬をチェックしたところ、女性に処方されていた5剤が入った薬袋とは別に、超短時間作用型の睡眠導入剤であるトリアゾラム0.25㎎錠が入った薬袋があり、そこには夫の名前が記載されていたのです。

なぜ夫の処方薬を持参してたのか――。当の夫の説明は、「自分が不眠で処方してもらったものだが、妻も不眠を訴えるため、自分の判断で飲ませていた」というものでした。

主治医と検討を重ねた結果、本来夫に処方されていたトリアゾラム錠を女性が服用したことにより、他の服用薬との相互作用が働いて「過鎮静」と呼ばれる深い鎮静状態に陥ったのだろう、と話がまとまりました。

この、過度の鎮静状態により自発的な動きがなくなり、いわゆる「無動(アキネジア)」の状態で椅子に長時間座り続け、背もたれに圧迫され続けていたことが背部に褥瘡が発生した原因だろう、と推察したわけです。

そこで、まずは過鎮静の原因と推察されるトリアゾラム錠を中止。すると自発的な動きがみられるようになり、ADLが改善するのに伴い褥瘡の原因になっていた外圧が取り除かれたことにより、褥瘡は徐々に回復に向かい140日後には治癒した、と報告しています。

高齢者に多い「薬剤誘発性褥瘡」を
新たな副作用として認識を

ここまでわかった時点でT看護師に電話して以上の話をしたところ、「ああ、そのことだったら私も知っている」とのこと。さらにこう続きました。

「薬剤誘発性褥瘡という言葉は使っていないものの、鎮静薬や催眠薬のような鎮静作用のある薬を患者が使用しているときは、薬が効きすぎて鎮静が過度に深くなると、弊害の1つとして褥瘡ができやすいから要注意、ということは認識しているわよ」

実は私も、溝神氏の資料を読んでいくなかで、「ああそうだった」と気づいていました。トリアゾラム錠のような超短時間作用型の睡眠導入剤を使う際は、過量投与による副作用として過鎮静による活動性の低下に伴う深部静脈血栓症や褥瘡などの弊害があるという話を、取材で聞いたことがあったのです。

フレイルや歩行レベル低下の認知症高齢者に潜在しがち

先の資料のなかで溝神氏は、「薬剤誘発性褥瘡の患者はフレイル*や歩行レベルの低下がみられる認知症高齢者を中心に潜在的に多い」と推測。そのうえで、薬剤誘発性褥瘡の問題点として、以下2点をあげ、その多くが見逃されているおそれがあり、新たな薬剤有害事象(薬の副作用)として認識する必要があると、注意を呼び掛けています。

  1. 一般的な褥瘡との鑑別が非常に難しい
  2. 医療従事者における認知度がきわめて低い
*フレイルとは、「加齢により心身が老い衰えた状態」のこと。具体的には、加齢に伴う筋力の低下などにより足腰が弱って歩くのも一苦労となり、家に閉じこもりがちで、気分も落ち込んで抑うつ的になっている状態をいい、要介護状態の前段階と説明されている。

鎮静薬使用時に注意したい
過鎮静の弊害としての褥瘡

さて、冒頭でT看護師が話していた日本褥瘡学会の会員(医師、看護師、薬剤師など)を対象に行われたアンケート調査の結果の一部を紹介しておきましょう。

回答が得られた1323人のうち「薬剤誘発性褥瘡という言葉や概念を知っているか」の問いに「知っていると」と回答したのは33%、「知らない」は67%だったそうです。日本褥瘡学会の会員ですらこの程度の認知度であることから、溝神氏ら研究グループは、「多くの医療従事者にはまだ概念が十分に浸透していないことがわかった」と説明しています。

また、調査では「鎮静作用を有する薬物の投与に伴い、過鎮静や無動となり褥瘡発生に至る事例を経験したことがあるか」と質問しています。これには、「経験がない」が25%だったのに対し、「過去に経験がある」が39%、「過去にあったかもしれない」が36%だったことから、「薬剤誘発性褥瘡とみられる症例を経験した医療従事者は75%に達することがわかった」と考察しています。

患者自らは訴えることができない

さらに、経験があると回答した人がその原因薬剤としてあげたのは、「催眠・鎮静薬や抗不安薬」が39%と最も多く、次いで「精神神経用剤」と「全身麻酔薬」がともに16%、「麻薬」13%となっています。

こうした結果から溝神氏は、「薬剤誘発性褥瘡は一般的な褥瘡との鑑別が非常に難しいが、原因を特定できれば、薬を中止することで患者のADLが上昇し褥瘡が治る場合がある」と指摘。「この副作用は患者自ら訴えることができないため、医療従事者や介護者が認識していなければ発見できない副作用として理解しておく必要がある」としています

具体的には、まずは以下の2点のチェックが必要でしょう。

  1. 鎮痛薬により痛覚が鈍くなっていないだろうか
  2. 睡眠薬、抗うつ薬、抗不安薬、麻薬などによる過鎮静により活動性が低下していないだろうか

知っておきたい「亜鉛キレート作用」のある薬剤

なお、褥瘡と薬剤の関係については、「亜鉛キレート作用」といって、亜鉛の吸収を抑制する作用により血清亜鉛値を低下させ、この低亜鉛状態が褥瘡の発生リスクを高めたり回復を遅らせる薬剤があることもご承知のことと思います。

亜鉛キレート作用のある薬剤としては利尿薬や降圧薬、ステロイド剤、リウマチ治療薬などが代表ですが、詳しくはこちらを。
⇒ 亜鉛が不足していると褥瘡が治りにくい

令和4年度診療報酬改定により褥瘡対策の変更点として、薬学的管理により「薬剤滞留の問題」への対応も求められています。詳しくはこちらを。
⇒ 褥瘡対策で注意したい「薬剤滞留の問題」

日本褥瘡学会のガイドラインが7年ぶりに改定され、『褥瘡予防・管理ガイドライン 第5版』(照林社)が2022年3月に発表されています。

参考資料*¹:厚生労働省「第2回高齢者医薬品適正使用検討会資料2」

参考資料*²:m3.com医療ニュース(2019.8.28)