「がんゲノム医療」が本格的に始まる

遺伝子

がんゲノム医療のための
遺伝子検査に公的医療保険適用

再発などにより、手術や抗がん剤等の標準治療で効果が見込めなくなったがん患者や、現時点で確立された治療法がない希少がん(患者数が少なく稀ながん)や難治がん、小児がんの患者は決して少ない数ではありません。

このような患者にとってこの先の治療に期待がもてるようなニュースが、このところよく報じられています。

2019年6月1日から、「がんゲノム医療」に欠かせない遺伝子パネル検査に、公的な医療保険が適用されることになり、がんとの闘いに終止符を打つとまでいわれる新たながん医療が本格的にスタートしているのです。

ただ、いきなり出鼻をくじくようで恐縮なのですが、遺伝子パネル検査によりがんの原因となっている遺伝子変異を突き止めることができたとしても、即、治療とはなりにくいというのが偽らざる実情のようです。

明らかになった遺伝子変異に対する治療薬の開発が追いついていないためで、がんゲノム医療自体、まだ完全な医療とは言えないレベルにあるということでしょう。また、遺伝子パネル検査そのものに倫理的な問題がからんでくるという側面もあります。

それだけに、がんゲノム医療の対象となる患者や家族にかかわる看護師さんには、「遺伝」という極めてセンシティブな視点をもつことが求められることになりそうです。

医療分野における遺伝子解析技術の進歩には目を見張る。遺伝にまつわる意思決定支援を看護師に求められるケースもこの先増えることが予想される。誕生した5人の遺伝看護専門看護師はその先陣だが、遺伝診療の特殊性は看護師なら認識しておきたい問題だ。

遺伝子情報に基づく
がんゲノム医療が利用しやすくなる

がんゲノム医療とは、簡単に言えば、臓器別ではなくがん患者の遺伝子変異を調べて、その変異に最適な抗がん剤を選んで使うという治療法です。

既製、つまりレディーメイドから遺伝子情報に基づくオーダーメードのがん治療に、国主導でその一歩を踏み出したということでしょう。

患者個人の遺伝子変異を調べるためには大掛かりな遺伝子検査が必要です。この、一度に100種類以上の遺伝子変異を調べられるという検査機器を駆使した一連の遺伝子検査システムに、この度、公的医療保険が使えるようになったというわけです。

保険適用の対象となるのは、固形がん(血液がん以外のがん)のうち、標準治療を行ってみたものの、治療効果がなく再発したような場合や、そもそも治療法が定まっていない希少がんや小児がんなど。国は、ピーク時には、年間約26,000人の患者がこの遺伝子パネル検査を利用することになると見込んでいます。

がんゲノム医療は、これまでも自費診療のかたちで一部の患者に行われてきました。ただ、遺伝子検査だけでおよそ56万円の費用がかかるため、利用できるのは自ずと経済的負担をクリアできる患者に限られていました。

今回保険適用になったことにより、遺伝子パネル検査のための患者負担額は、健康保険の自己負担割合に応じて、その1割から3割となります。

加えて、わが国には月ごとの自己負担に上限を設ける「高額療養費制度」があります。この制度を利用すれば負担額はさらに抑えられ、より利用しやすくなっています。

医療機関で検査を受けたり薬局で処方薬を受け取って支払う医療費は、一部の自己負担分だけに抑えられるものの、高額になることも珍しくない。その負担が家計を苦しめないよう「高額療養費制度」が設けられている。この制度の利用方法についてポイントをまとめた。

がんゲノム医療は
指定を受けた中核・連携病院で

遺伝子パネル検査で明らかになった遺伝子情報の解析データに基づいて治療薬を選択していくことになりますが、そこには高度な専門知識が求められます。

そのため、がん治療薬の専門家など複数の専門家で構成される専門家会議などにおいて有効な治療薬を慎重に検討し、決定していく仕組みになっています。

そのため、がんゲノム医療のための遺伝子パネル検査を受けられる施設は、国から指定を受けた全国に12施設ある「がんゲノム医療中核拠点病院」と「がんゲノム医療拠点病院」33施設、および198施設の「がんゲノム医療連携病院」に限られています(2023年3月1日時点)*¹。

また、この遺伝子検査を受けた結果、「知りたくない遺伝子情報が明らかになる可能性」があり、数%の確率とは言え、はからずも新たな遺伝性疾患が見つかることもあります。

こうなると、明らかになった遺伝的課題が検査を受けた患者本人のみならず家族や血縁者の問題となってくることにもなりかねません。

このような事態に直面した患者や家族、血縁者が戸惑うことなく最善の意思決定ができるように、がんゲノム医療の中核・連携病院には、相談支援や情報提供を行う体制も整備されています。

がんゲノム医療には
治療薬が開発途上という課題が

国レベルでの体制整備が着々と進んでいるものの、冒頭で記したように、がんゲノム医療には、現時点で少なからず課題が残されています。

最大の課題は、遺伝子パネル検査により原因がわかっても、それを治療する最適な薬がみつからない場合が多いことです。

これまでの経験では、遺伝子パネル検査を受けて、その患者のがんに最適な薬がみつかり治療に至ったのは、全体の10~20%にとどまっているとのこと。

しかも、その薬をみつけるまでにはかなりの時間がかかり、検査を受けてから治療が開始されるまでに数カ月を要したケースも少なくないといいます。

また、幸い最適と考えられる薬がみつかっても、保険が適用されない未承認薬であったり、その薬が臨床研究(治験)の段階にあり、治療効果や安全性が担保されていないため、患者側がその治療薬の使用を躊躇するといったとケースもあったようです。

さらに言えば、最適な治療薬の使用に保険が適用されないために、遺伝子パネル検査にかかる費用に加えてさらに治療薬の費用となると、支払い能力を超えてしまうため治療の断念を余儀なくされるといったことも起きてくることが予想されます。

こうした事態を極力減らすためにも、今回の遺伝子パネル検査への保険適用に当たり、国は、患者の同意が得られることを条件に、検査データを国立がんセンター内の「がんゲノム情報管理センター」に蓄積して、新たながん治療薬の研究、開発につなげたいとしています。

なお、国立がん研究センターのがんゲノム情報管理センターは一般向けに、WEBサイトからダウンロードできるパンフレットや情報集*²を作成しています。インフォームドコンセントなどに活用してはいかがでしょうか。

参考資料*¹:がんゲノム医療提供体制におけるがんゲノム医療中核拠点病院等一覧表(2023年3月1日時点)

参考資料*²:国立がん研究センター がんゲノム情報管理センター