誕生した遺伝看護専門看護師への期待




遺伝子診療

「遺伝」の視点が
看護にも欠かせない時代です

医療分野における遺伝子解析技術の進歩には目を見張るものがあります。
先日たまたま視聴した民放のテレビ番組で、東京大学大学院理学系研究科の濡木理(ぬれき・おさむ)教授が、「ゲノム編集」と呼ばれる遺伝子技術の飛躍的な進歩により、「おそらく5年後には、がんは怖くない病気になるでしょう」と話すのを聞き、明るい気持ちになりました。

「がんは怖い病気」というイメージをぬぐいきれないのが現状です。
しかし、濡木教授の説では、遺伝子技術のがん診療への積極的な導入により、「がんはもう怖くない」時代がすぐそこまでやってきているというのです。

そうだとしたら看護の現場においても、「遺伝」という視点をもったかかわりが今まで以上に求められることになるのではないでしょうか。

遺伝的課題の意思決定支援に
看護のかかわりを

ところでゲノム編集とは、人間の細胞の中にある遺伝子(ゲノム)の本体であるDNA(デオキシリボ核酸)を取り出して、人工的に操作するという、遺伝子工学の技術の一つです。

濡木教授は、このゲノム編集の技術により、細胞の中にある異常な遺伝子を発見してそれを切り取り、その切り取った部分を正常な遺伝子で置き替えることにより病気を治すという研究の、日本における第一人者と目されている方です。

DNAは、私たち人間を含むすべての生物の体内にある「生命の設計図」です。
生物が生きていくうえで必要なすべての遺伝子情報がセットになっているのがゲノムであると言い換えることもできるでしょう。
看護が常に大切にしている「その人らしさ」を生み出すたくさんの個別情報も、そこに盛り込まれています。

このゲノム編集による治療は、がん治療のみならず老化予防などにも画期的な効果が期待できると言われています。ただ現時点では、その多くが人間に応用するにはあと一歩というところまでは来ているものの、まだ研究の段階です。

■遺伝性、家族性の疾患と遺伝カウンセリング
しかし、たとえば遺伝子による診断ということは、すでに行われています。
看護師さんは、日常の看護実践のなかで、大腸がんや乳がんなどのがんや糖尿病、筋ジストロフィーなどいくつかの病気が、同じ家系のなかで起こりやすいことは経験的によく知っておられるのではないでしょうか。
このような遺伝性、あるいは家族性とも呼ばれるような疾患については、予防や早期対応の観点から、医師が患者やその血縁者に遺伝子診断を提案することがよくあります。

そんなとき、たとえば糖尿病のように遺伝要因だけが病気の決定要因ではなく、効果を期待できる予防法や治療法がある場合と、筋ジストロフィーのように遺伝要因が原因のほとんどを占めており、遺伝子診断により筋ジストロフィーであると診断はできるものの、有効な治療法がないという場合とでは、当事者の遺伝子診断を受けるか否かの意思決定は大きく異なってきます。

特に後者の場合、患者やその血縁者は、病気のことをきちんと知っておきたいと思う気持ちと、知りたくない気持ちとの間で激しく葛藤することになるのではないかと思います。
そこで、遺伝カウンセリングのような、「遺伝」という極めてセンシティブな視点をもった看護師さんらによる意思決定支援が必要となってきます。

5人の遺伝看護専門看護師が
臨床現場へ

折しも日本看護協会は1月11日(2018年)、先に専門看護分野として特定していた「遺伝看護」分野に、この度5人の専門看護師が誕生したことを「News Release」で公表しました(コチラ)。
なお、2018年12月末の時点で、遺伝看護専門看護師は1人増えて6人となっています。

そこには、遺伝看護専門看護師の主な活動場所として「病院の遺伝子診療部」「遺伝相談室」「患者相談室」「産科外来」「がん相談室」などがリストアップされています。
そのうえで、主な活動内容として以下の4点が挙げられています。

  • 遺伝性疾患を有する人やその可能性のある人に対し、遺伝的課題を的確にアセスメントし、生涯その疾患を有し療養生活を続けることを支援する
  • 対象者やその家族の検査や治療・リプロダクションの選択など、倫理的な問題や葛藤の解決を図る
  • 看護職及び他職種に対するコンサルテーションやコーディネーション、教育を行う
  • 遺伝看護に関連した教育・研究活動を通し、遺伝的課題を有する人が必要な支援を受けることができる体制をつくる

遺伝看護の対象は
患者の「血縁者」にまで及ぶ

翻ってこれまでの看護現場における取材を振り返ってみると、周産期医療の現場において、先天異常や出生前診断など、遺伝的な課題をもつ患者とその血縁者に対する、いわゆる遺伝カウンセリングを、看護師さんが一手に引き受けて孤軍奮闘しておられる様子を何度か目撃してきました。ときにはその苦労話を伺うこともありました。

また、がん看護領域では、乳がんや卵巣がんなど遺伝性腫瘍の遺伝子検査に関するインフォームドコンセントにおいて、遺伝的な課題が患者の血縁者全体に影響を及ぼす問題であることを考えると、医師がリードするとはいえ、その課題を伝えるという重責から逃げ出したくなる衝動にかられる時がある、といった話をしてくれた看護師さんもいました。

「AYA世代」と呼ばれる思春期・若年成人期女性のがん患者が増加傾向にある。これを受け、女性がん患者に特有の悩みを専門的にサポートする相談窓口が、国立がん研究センター東病院に開設され、女性看護外来のがん看護専門看護師らが対応に。

遺伝子検査や遺伝子治療に関しては、技術的な問題以外に、安全性や倫理面に及ぶ、実にさまざまな問題が関係してきます。
しかし、今や生活習慣病や遺伝性疾患の発病リスク、さらには遺伝的体質や傾向などについても、誰もが自宅に居ながらにして郵便検診スタイルの遺伝子検査により知ることができるようになっています。

そんなことの影響もあり、個人の遺伝子情報が軽視されるような風潮もあるなかで、患者という個人やその家族のみならず患者の「血縁者」にまで視点を広げてかかわることが求められるのが、遺伝看護の大きな特徴であり、そこに一筋縄ではいかない難しさがあるように思うのですが、いかがでしょうか。

ニーズの高まりとともにますます重要になってくる遺伝診療の現場にあって、遺伝看護専門看護師を中心に、多くの看護師さんが遺伝に関する専門的な知識をもって、その辺の難題に果敢に挑戦していかれることを側面からしっかり応援していきたいと思っています。

なお、今回の遺伝看護専門看護師の誕生を好機に、看護職が知っておきたいゲノム科学の基礎から遺伝医療における倫理的課題、看護実践事例まで幅広く学べるように編集された、まさに遺伝看護の入門書『遺伝/ゲノム看護』(医歯薬出版)が、さらに2019年1月には『基礎から学ぶ遺伝看護学〜「継承性」と「多様性」の看護学』(羊土社)が刊行されています。いずれも、領域の別なくすべての看護職の方に必携の書となりそうです。