「ACP推進に関する提言」
に沿って実施されたACP10事例
「人生会議」という愛称が一般受けしたこともあり、アドバンス・ケア・プランニング(Advance Care Planning :以下、ACP)に対する人々の関心が、僅かながら深まってきているように見受けられます。
ACPについてはいくつかの定義が公表されています。このうち日本老年医学会は、「将来の医療・ケアについて、本人を人として尊重した意思決定の実現を支援するプロセス」と定義し、ACPが終末期の医療やケアに限った話ではないことを強調しています。
ただ、医療やケアについて自分のこととして考えるのは、終末期とは限らないまでも、何らかの健康問題を自覚して医療的なかかわりが必要になった場合でしょう。そのためACPの対象は、自ずと健康課題を抱えがちな高齢者が圧倒的に多くなります。
この点を踏まえ、高齢者の医療・ケアを専門領域とする日本老年医学会が2019年6月4日に、「ACP推進に関する提言」をまとめて公表したことはこちらで紹介しました。
この提言の際には、6事例をまとめた「ACP事例集」を併せて発表したのですが、その後随時新しい事例を追加して、2024年2月19日時点では10事例となっています。そこで今回は、この事例集*²の概要を紹介してみたいと思います。
ACP推進の中心的役割を担う
ACP相談員(ファシリテーター)
日本老年医学会の「ACP事例集」は、ACPを先の提言に沿って実施する場合、実際にどのような進め方になるのかを、全国の医療・ケアスタッフがより具体的にイメージできるように、との趣旨でまとめられています。
ご承知のようにACPのプロセスには、実にさまざまな職種がかかわることになります。そのなかで中心的な役割が期待されるのは、ACPを関係者間での継続的な対話(シェアード・ディシジョンメイキング)*を通して進めていくうえで欠かせない「ACPファシリテーター」、厚生労働省がいうところの「ACP相談員」です。
ACPファシリテーター*は、医師、看護師、医療ソーシャルワーカー(MSW)、薬剤師、介護支援専門員(ケアマネジャー)など、さまざまな職種が担う可能性があります。
この点を踏まえ本事例集は、ACPファシリテーターをかかりつけ医が担ったケースもあれば、看護師が務めたケース、ケアマネジャー、あるいはMSWが務めているケースなど、ファシリテーターの職種のバラエティーも考慮して構成されています。
なお、紹介されている事例については、実際の事例を参考にしているものの、「ACPのわかりやすいモデルを提示するために、実話を題材にしたフィクションとして捉えていただければ幸いである」との断り書きがあります。
ACP事例集で取り上げている
事例内容と担当ACP相談員
さて事例集の内容ですが、取り上げられている事例と、個々の事例を担当したACP相談員、つまりファシリテーターの職種(カッコ内)は、次のようになっています。ちなみにここに紹介するのは、2024年2月19日時点の10事例です。
事例1 多職種による繰り返しての意思決定支援により本人希望に添った看取りを実現した事例(かかりつけ医)
事例2 延命医療を望まないパーキンソン病患者から人工呼吸器を外して看取った事例(ケアマネジャー)
事例3 透析療法を拒否する末期腎不全患者に対して透析療法を見合わせ、保存的治療と緩和ケアによって支援しつつ看取った事例(看護師)
事例4 在宅生活を希望するがん患者に対し、地域連携ICTシステム*による多職種協働によって本人の意思を尊重した事例(MSW)
事例5 病院から在宅へのACPの実践に代弁者(妻)と移行期ケアチームが重要な役割を果たした事例(病院移行期ケアチーム)
事例6 アルツハイマー型認知症をもつ高齢者の在宅看取り事例(ケアマネジャー)
事例7 維持血液透析を離脱して最期を迎えた事例(有床透析クリニック勤務看護師)
事例8 人工呼吸器を使用し一人暮らしをしている高齢男性の「最期まで自宅で過ごしたい」という強い希望を、多職種チームで支えた事例 (ケアマネジャーとMSW)
事例9 長期間にわたって胃瘻の夫を在宅で看た元看護師の妻を多職種で支えた事例(薬剤師)
事例10 経管栄養を望んでいなかった患者が脳血管性認知症により意思表明が困難になったとき、妻の揺れ動く思いと患者の思いを見守った事例(緩和ケア認定看護師)(引用元:日本老年医学会「ACP事例集」*²目次)
*なお、「事例4」にある「地域連携ICTシステム」とは、「本人の医療・ケアに関する情報について、セキュリティの確立したクラウドなどの情報通信機器(ICT)で管理を行い、家族と医師・訪問看護師・ケアマネジャーなど多職種で情報を共有し、コミュニケーション・ツールとして用いる方法」と説明されている。
ACPの開始時期と
「おまかせ」への対応事例
ACPについては、「いつ開始するのがいいのか」がよく問題となります。この点について当学会は、「ACP推進に関する提言」において、一応の目安とすべき時期として以下の3パターンを示しています。
⑴ 本人が医療を受けている場合は、通院・入院中の医療機関においてACPを開始する
⑵ 本人が医療を受けていない場合は、要介護認定を受ける頃までにはACPを開始する
⑶ 本人が介護施設に入所している場合は、その施設において直ちにACPを開始する
事例集で紹介されている事例はいずれも、上記⑴と⑶の、すでに何らかの医療・ケアを受けている状況下でのACP導入です。
この導入の最初の部分で、医療者サイドがこの先の医療やケアに対する本人の希望を尋ねた際に、「先生におまかせします」と答える患者・家族は今だに依然として多いものです。
その場合、どのように説明して、「どうしたいか」を本人や家族が自ら考える方向にアプローチしていくのか――。この点については、「事例2」で示されているやりとりが参考になるのではないでしょうか。
ACPにおける多職種連携のヒントも
またACPでは、本人の価値観や人生観・死生観に基づいた意向をどのようにして聞き出し、理解して、この先の医療・ケアにいかに反映していくのかということも、悩むところではないでしょうか。
加えて、最近ではIPW(Inter Professional Work)という略語で語られることの多いACPにおける多職種連携のあり方についても知りたいところでしょうが、いずれについても事例から数多くの意味深くかつ有用なヒントが得られるはずです。
IPW、つまり多職種連携のあり方については、地域包括ケアを例にこちらで書いています。よかったらあわせて読んでみてください。
さらに豊富なACP事例も
また、近刊(2024年月1日発売)の『ACPの考え方と実践: エンドオブライフ・ケアの臨床倫理』(東京大学出版会)ては「実践編」において、「認知症を有する高齢者」「自ら伝えることの難しい超高齢者」「治癒が困難な状態にあるがん患者」など、実に豊富な事例を介してACPの実際が紹介されています。こちらも是非参考に!!
参考資料*¹:厚生労働省 令和6年度診療報酬改定概要説明資料P.26
引用・参考資料*²:日本老年医学会「ACP事例集」