日本老年医学会が「ACPの推進」に提言

意思決定

日本人らしさを尊重した
ACPを実践するために

「人生会議」という愛称をもつアドバンス・ケア・プランニング(Advance Care Planning:ACP)が、緩慢な歩みではあるものの、やっと一般の注目を集めるようになり、テレビの報道番組で特集が組まれるまでになりました。

とは言え、2023年6月22日に厚生労働省が発表した調査結果では、一般人の、なんと72.1%、医師の24.6%、看護師の19.6%が人生会議、つまりACPを「知らない」と回答している現状です。

ACPは、自らのこれからの生き方、とりわけ人生の最終段階である終末期に受ける医療・ケアについて、あらかじめ心づもりをすることから始まります。そのうえで、自己決定能力がなくなったときに備え、家族や医療・ケア関係者らと前もって話し合いの場を持ち、自分の意思を伝えておこうという取り組みです。

この発想は、もともとアメリカで生まれ、英語圏を中心に取り組みが進んでいるものです。そのため、言葉の違いに象徴されるように、育ってきた文化の異なる日本人、とりわけ高齢者には馴染みにくく、そのことが我が国におけるACPの普及にブレーキをかける大きな要因となっていることがかねてより指摘されています。

こうした現状を踏まえ、高齢者の医療・ケアを専門領域とする日本老年医学会は、ACPを実践していくためには日本の文化や制度など社会環境に無理のない、日本人らしさを尊重した適用方法を編み出す必要があるとの考えから、鋭意検討を重ねてきました。

その結果が「ACP推進に関する提言」(後掲参考資料*¹)としてまとめられ、去る6月(2019年)に公表されています。今回は、この提言のポイントを見てみたいと思います。

ACPでは本人・家族らと
質の高い対話を継続する

今回発表された提言では、ACPを「将来の医療・ケアについて、本人を人として尊重した意思決定の実現を支援するプロセス」と定義しています。

従来言われてきた「終末期の医療・ケア」と決めつけることなく、「将来の……」としている点に、死について語ることをタブー視する傾向の強い日本人の心性をおもんばかっていることがうかがえるように読めます。

この定義のもと、ACPを実践していくなかで、本人に関わる医療・ケア従事者には、本人および家族や代弁者らと対話(話し合い)を継続することの重要性をアピールしています。

対話は目的ではなく手段であるとの認識を

そのうえで、対話することが目的にならないようにと、注意を促しています。対話はあくまでも、本人の価値観や信念、信条、人生観、死生観、医療やケアに関する意向といったことを語ってもらい、それを理解して、本人の意思を尊重した医療・ケアを実現するための手段であるのだから、と――。

また、ACPにおける対話は、患者本人の病状の変化や介護・療養環境などの変化に応じて、随時行われることになります。そのため話し合いをもつ回数は自ずと多くなるのですが、頻回に対話をしているからいいという話ではなく、「何を話し合うか」「その対話でどれだけわかり合えているか」という対話の質が重要であると、提言は指摘しています。

忖度(そんたく)の文化は
ACPにも大きく影響する

今回発表された提言は、A4版にして9ページにも及ぶ長いものです。ひととおり読み終えて、日本人らしさが最も反映されていると了解させられたのは、「本人の意思をよりよく尊重するために」の項(p.5)に書かれていることです。

ACPの対象は、世代の別なく、すべての医療・ケアの対象者です。とはいうものの、基本的には、自己決定能力があり、意思表示できる人を対象にしています。

そのため、多くの場合、標準的な意思決定能力の評価を行い、問題ないことを確認したうえで本人の意向を聞いていくことになります。

しかし、本人の意思決定能力にとりたてて問題はないと判断された場合であっても、「本人が言語化したことは『気持ちの何らかの表現』であり、本人の意向そのものではないことも多い。医療・ケア従事者は、本人が言語化した『意向』の背景に思いをいたすことも大切である」と、提言は述べています。

語られていることが本人の真意なのかどうかを見極める

この一文を読んでとっさに頭に浮かんだ言葉があります。3年ほど前から、流行語のようになっている「忖度(そんたく)」という言葉です。

提言はこの言葉を使ってはいないものの、とかく日本人には自分の考えなどを言葉にして相手に伝える際に、「周囲や関係者への配慮や遠慮が見られるのは通常のこと」と指摘しています。他人の気持ちを推しはかるということですから、まさに忖度です。

医療・ケア従事者はこの点を念頭に、語られていること、伝えられていることが本人の真意なのかどうかを慎重に見極める必要があると提言しています。

ACP相談員の設置を

そのうえで、本人の意思を引き出し、意思決定を支援する役割を担う「ACPファシリテーター」、いわゆる「ACP相談員」を設置することを推奨しています。

アドバンス・ケア・プランニング(ACP)の取り組みが始まって5年余り。推進上の課題の1つとして、本人の意思を把握して意思決定を支援をする「ACP相談員」に期待が寄せられている。厚労省が神戸大学に委託して進めているACP相談員の研修についてまとめた。

医療・ケアを受けている場合は
治療・ケア・プランとACPを切り離さない

話しが前後しますが、ACPについては「いつ開始するのがいいのか」がよく問題としてあげられます。この点について提言は、長寿社会のわが国ではACPの対象は高齢者が圧倒的に多いことを踏まえ、その時期については次のような目安を提示しています。

⑴ 本人が医療を受けている場合は、通院・入院中の医療機関においてACPを開始する
⑵ 本人が医療を受けていない場合は、要介護認定を受けるころまでにはACPを開始する
⑶ 本人が介護施設に入所している場合は、その施設において直ちにACPを開始する

このうち⑴と⑶の、すでに何らかの医療・ケアを受けている状態にあるときは、現在進行中のケア・プランニング抜きにACPを検討するのではなく、ケア・プランニングとACPを連続したものと考えて検討することが、切れ目のないかかわりを提供することにつながる、と説明しています。

ACP事例集の活用を

日本老年医学会はこの提言と同時に「ACP事例集」を公表しています。その詳細についてはこちらの記事を参照してください。

ACPの対象で圧倒的に多いのは高齢者だ。高齢者の医療・ケアを専門領域とする日本老年医学会は、先に「ACP推進に関する提言」と併せ、提言に沿った実践例を集めた「ACP事例集」を発表。そこにはよく遭遇しそうな10事例が紹介されている。

参考資料*¹:日本老年医学会「ACP推進に関する提言」