タッチケアによる癒しとオキシトシン効果

タッチ

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母乳分泌を促すオキシトシンと
タッチケアに深い関係が

産後間もない女性によれば、授乳中でなくても、スヤスヤと気持ちよさそうに眠っている我が子を眺めたり、指にちょこっと触ってみたりするだけで、「おっぱいをあげているときのような幸せな気持ちになる」そうです。

母親によっては、特に授乳期には、職場に復帰して赤ちゃんと遠く離れていても、「今ごろどうしているかなぁ」などと我が子のことをふと考えるだけで、乳房が搾られるような感覚を味わい、わけもなく優しい気持ちになることがあるとも聞きます。

育児未経験の私としては、半信半疑の気持ちもあり、産科医を取材した折にその真偽のほどを尋ねたことがあります。答えはいとも簡単、「君、それはオキシトシン効果ですよ」。そしてこう続いたのでした。

「授乳経験の有る無しに関係なく、生後の間もない一時期、母親に抱かれて母乳を飲んだことがある人なら、このホルモンにはずいぶんお世話になっているはずですよ」

この話を聞いてからもうずいぶん時間が経ちます。ところが、先日、友人の看護師さんとのおしゃべりのなかで、このオキシトシンとタッチケアにただならぬ関係があることが話題になりました。今回はその話をかいつまんで書いてみたいと思います。

なお、看護の原点とも言えるタッチケアにフォーカスした本としては、『触れるケア: 見て、試して、覚える(照林社)があります。

オキシトシンが母子の間に
ポジティブな関係を生み出す

オキシトシンは、母乳を出すホルモンです。母親に抱かれた赤ちゃんは、生後間もないうちから本能的というか、無意識のうちに母親の乳首を探し当て、そこに吸いつきます。

赤ちゃんによるこの吸いつき、つまり吸啜(きゅうてつ)刺激に反応して放出されるオキシトシンが、母乳の分泌を促します。これが、いわゆる「オキシトシン反射」です。「射乳(しゃにゅう)反射」とも呼ばれていますが、この反射が起こることにより、赤ちゃんは母乳をたっぷり飲むことができます。

やがて空腹感から解放された赤ちゃんは、安らかな笑顔を見せるようになります。わが子のその安らかな笑顔を目にし、授乳している母親もまた、安堵して幸せな気持ちになる、というメカニズムが、そこには働きます。

このようなかたちで、母と子の間にポジティブな相互関係を生み出す効果があることから、オキシトシンが「愛情ホルモン」とか「幸せホルモン」、あるいは「癒しホルモン」とも呼ばれていることは、すでにご承知のことと思います。

タッチによるオキシトシンの分泌が
苦痛や認知症症状を和らげる

オキシトシンは、私たちの脳の下部、いわゆる視床下部で合成され、射乳反射により下垂体後葉から分泌されるホルモンです。その働きについて、最近になって新しいことがわかってきました。

母と幼子の、乳首を介しての触れ合いだけでなく、人と人のあらゆるかたちでの肌の触れ合い、つまり「スキンシップ」や「タッチング」によりオキシトシンの分泌が盛んになることがわかってきたというのです。

さらに、この分泌されるオキシトシンに、痛みなどの苦痛を緩和する効果が期待できることが確認されているのです。

また、認知症になると、認知症の直接の原因である脳細胞の損傷により、記憶障害や自分のまわりの状況がわからなくなる見当識障害、思考や判断力の低下といった認知能力の低下による症状が「中核症状」として現れます。

同時に、これらの中核症状に付随して、「BPSD」とも「周辺症状」とも呼ばれる症状が見られるようになってきます。焦燥や不安、妄想、幻覚、怒り、攻撃性といった心理面や行動面、感情面での症状ですが、認知症者の看護や介護ではこれらの症状に手こずることが多いと聞きます。

このような症状の緩和にも、オキシトシンの分泌を促してくれるタッチングの効果を期待できることがわかってきたのです。

タッチケアのオキシトシン効果が
日々の看護や介護の現場で

そういえば、看護や介護の現場では、オキシトシンの介在に直接言及することはあまりなかったものの、肌に直接触れるタッチングということが、古くから、そして現在も癒しのケアとしてさまざまなかたちで行われています。

アロママッサージとオキシトシン

最近静かなブームとなっているアロマセラピーの一環として行われるアロママッサージは、まさにその一例ではないでしょうか。

アロママッサージでは、アロマオイルを使って主に患者の手や足をマッサージします。この時に使うアロマオイル(精油)には、香りによるリラックス効果に加え、アロマオイルそのものの天然エッセンシャルがもたらす薬理効果があります。

そのためアロママッサージの効果を語る際に、マッサージというタッチング刺激により分泌されているオキシトシンの効用まではほとんど語られてこなかったように思います。

同様に「リフレクソロジー」と呼ばれる「足裏マッサージ」も、足裏のツボを刺激することだけが強調されます。しかし、足裏に直接タッチすることにより、癒しホルモンであるオキシトシンの分泌が活性化しているであろうことは容易に想像できるのではないでしょうか。

緩和ケアや終末期ケアの一環としてアロマセラピーを活用する看護師が増えている。患者や家族からも概して好評だ。だか、アロマオイルのなかには殺菌作用の強いもの、香りにアレルギー反応を招くものもあり、是非科学的エビデンスのある活用を。

タクティールケアとオキシトシン

さらに最近では、タッチングケアの効果をより高めようと、スウェーデン発祥の「タクティールケア」と呼ばれるケアが、日々の看護ケアに取り入れられているようです。

手で直接肌に触れるというケアの基本は、普通のタッチングケアと同じですが、そのタッチングの方法が、手を使って相手の肌にただ触れたりするのではないとのこと。10分程度時間をかけて、軟らかく両手で包み込むようにしながら手や足、背中にゆっくり優しく触れていくのがタクティールケアの特徴だと、説明を受けたことがあります。

これもまた、肌に直接触れることによりオキシトシンの分泌が活性化され、それが癒しの効果をより大きくしているように思うのですがいかがでしょう。

タクティールケアについては、日本スウェーデン福祉研究所が肌への触れ方、触れる際の配慮、肌と肌のコミュニケーション、触れたことによる自らの心身に起こる変化の気づきなどについて、実技を通して学ぶことのできる講座を開設しています。詳しくは、日本スウェーデン福祉研究所のWEBサイト*¹にアクセスしてみてください。

オキシトシン分泌の血中濃度に現れる変化

お仲間を被験者に、タッチングケアを受けている時と受けていない時のオキシトシン分泌の違いを血中濃度あるいは唾液中濃度で比較検討してみてはいかがでしょうか。

タッチングケアを科学的根拠のあるケアとしてより説得力をもって普及できると思うのですが、どなたか挑戦してみませんか。

なお、タクティールケアについて詳しく知りたい方は、『はじめてのタクティールケア―手で“触れて”痛み・苦しみを緩和する 』(日本看護協会出版会)が参考になります。

参考資料*¹:日本スウェーデン福祉研究所WEBサイト