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「できることは奪わないで」
の言葉にICFの発想を学ぶ
ある研究会の会場で、大学病院に在籍中に取材させていただいて以来ご無沙汰していた看護師のSさんと、偶然再会したときのことです。
「あらっ、何年ぶりかしら。今はどこにいらっしゃるの?」―ー。こんな私のぶしつけな質問に、彼女は微笑みながら、あの取材のすぐ後に結婚退職したこと、2人のお子さんに恵まれたことを話してくれました。
続けて、退職後に子育てや親の介護に明け暮れていたが、5年間のブランクを経てこの春に再就職したとのこと。その就職先が、「自宅近くの特別養護老人ホームで看護責任者として働いている」と聞き、ちょっと驚きました。
介護の現場では「できること」に目を向ける支援が
詳しく話を聞くうちに、医療機関ではなく、いわゆる「特養」という介護施設を職場に選んだのには、彼女なりの理由があってのことだったことがわかってきました。
一緒に暮らすご両親を在宅で介護していたある日のこと――。年老いたお母様から、「やさしく手助けしてくれるのはうれしいけど、自分でできることは奪わないでほしい」とさりげなく言われたことがきっかけになったそうです。
「えっ、それってICFの発想でしょう」という話になり、「私が今いる介護の現場では、できないことではなく、できていることから見ていくということが当たり前のように行われている」と話が発展していきました。そこで今回はその話を紹介したいと思います。
「残存機能を活かす」発想が
「できることを奪わない」ケアに
今やICF、つまり新しい障害観である「国際生活機能分類」は、医療・介護・福祉が連携していくうえで必須の共通言語、つまり多職種間の連携ツールとして定着しつつあるようです。
地域における他職種との連携にICFが欠かせないだけでなく、病院内においても、とりわけ入退院支援に係る場面では、「ICFの視点で取り組む退院支援の手始めに」で書いているように、あるいは退院前カンファレンスにおいて、患者が退院していく先の介護や福祉領域のスタッフらと、ICFの視点で患者をとらえて情報を共有し合うことが、ごく当たり前のように行われるようになっています。
ただ、患者が抱えている問題に目を向けるという、いわゆる問題思考アプローチに慣れてきた医療現場で働く看護スタッフは、どうもこのICFというツールをうまく使いこなせていないと聞きますが……。あなたはいかがでしょうか。
「できること」がゼロになっているわけではない
とは言え、リハビリ領域の看護をはじめとして、広く医療の現場には、「残存機能を活かす」発想が根強くあり、この発想に基づく実践は以前から日常的に行われています。
たとえば脳卒中後の片麻痺により、自分で「10」できていたことが半分の「5」しかできなくなった患者がいると仮定しましょう。この患者の場合、半分の機能は失われてできなくなっているものの、完全に「ゼロ」、つまり何もできなくなったわけではありません。
そこで、残っている機能でできる「5」の部分に着目し、その残存機能をフルに活かせるように時間をかけて根気強くアプローチをしていくことになります。
すると、少々時間はかかるものの、自分でできることがやがて「5」から「6」に増え、さらには「8」までできるようになる、といったことを多くの看護師さんは日常的に体験されているでしょうが、「これこそまさにICFの実践そのものだと思う」と、S看護師は話します。
ICFの考え方では
プラスとマイナスの両方を見る
ICFモデルでは、人が生きていくための機能全体を「生活機能」と称し、以下の三つを包括してとらえることが推奨されています。
- 生物レベルとしての「心身機能・構造」
- 個人レベルの「活動」
- 社会レベルの「参加」
まずはその一つひとつを見ていくわけです。その際に、できないこと、つまりマイナスの部分ではなく、むしろ「できること」や「できていること」、すなわちプラスの部分に目を向けることの大切さだけが重視されがちです。しかしS看護師は、これには全面的には賛成しかねると言います。
「できること」と「できないこと」は相互に影響し合っている
「マイナスの部分ではなくプラスの部分を見るということばかり強調しすぎると、極端な話、じゃあマイナスの部分は無視していいんですね、という話になりがちです。でも、ICFの考え方は、決してそうではないと思うんです」と――。
プラスの部分とマイナスの部分はそれぞれが別個のものではありません。二つは相互に影響し合っていて、プラスの部分のなかにマイナスの面があることもあれば、逆にマイナスの部分にプラスとしてとらえられる面もあるのではないか、と――。
「だから、常にプラスとマイナスの両方をバランスよく見ていく必要がある」というのがS看護師の考え方のようです。
おせっかいではなくやさしさで
「できることを奪わない」看護を
話が少々ややこしくなってしまい、さてどう解釈したらいいものかと私が考え込んでいると、彼女がこんな話をしてくれました。
「以前あなたはブログで、やさしさとおせっかいの話を書いていたでしょう。行き着くところその話と同じだと思うのよね」
確かに、「がん患者だから」とか「高齢者だから」ということだけで患者を理解したつもりになり、その人が自分でできるかどうかはお構いなしにルーチン的に標準的なケアをしていることが多いのではないだろうか。それは単なるおせっかいではないか、と書かせていただいたことがあります。
患者が自分でできることは、多少時間がかかっても、その人なりの方法でやり遂げるのをじっと見守りながら待ってあげる、あるいはちょっとだけ手助けする――。まさにこれが、本当のやさしさであり、「できることを奪わない看護」になるのだろう、というところに話が落ち着きました。
ではツールとしてのICFを、実際のところどのように使っていけばいいのかという課題は残りますが、その点に関してはこちらで書いていますので、あわせて読んでみてください。
「大人の発達障害」への対応でも
ところで最近、「大人の発達障害」が話題にのぼることが増えています。それだけに、仮に医療現場で「大人の発達障害」を抱える方に出合ったらどうかかわったらいいのか、と迷う方も多いのではないでしょうか。
しかし迷っていないで、そんなときこそICFの発想です。「できないこと」「苦手なこと」ではなく、「できること」「できていること」に目を向けてかかわっていただきたい、といった話を「大人の発達障害―特性を踏まえたかかわりを」で書いています。是非一読を!!
ICFについて初めて学ぶ方はこの一冊を
なお、ICFの基本的な考え方と、それを現場でどう活用するかについては、ICFの概念を日本に紹介された上田敏(さとし)先生が、ICFを初めて学ぶ方に向け、70Pほどのこちらの一冊に簡潔にまとめておられます。是非お役立てください。