ICFの発想で「できることを奪わない」看護を




クロワッサンとコーヒー

「できることは奪わないで」
の言葉にICFの発想を学ぶ

ある研究会の会場で、大学病院に勤務中に取材させていただいて以来ご無沙汰続きだった看護師のSさんと、偶然再会しました。
「あらっ、何年ぶりかしら。今はどこにいらっしゃるの?」

こんな私のぶしつけな質問に、彼女は微笑みながら、あの取材のすぐ後に結婚退職したこと、2人のお子さんに恵まれたことを話してくれました。

さらにちょっと驚いたのは、子育てや親の介護に明け暮れていたが、5年間のブランクを経て今年の春に再就職し、今は自宅から歩いて10分ほどのところにある養護老人ホームで看護責任者として働いていると言うのです。

かつて勤務していたような医療機関ではなく養護老人ホームを職場に選んだのには、彼女なりの理由あってのことでした。

一緒に暮らすご両親を在宅で介護していて、ある日、年老いた母親から、
「やさしく手助けしてくれるのはうれしいんだけど、自分でできることは奪わないでほしい」
とさりげなく言われたことがきっかけになったのだそうです。

「えっ、それってICFの発想でしょう」という話になり、
「介護の現場では、できないことではなく、できていることから見ていくということが当たり前のように行われている」
と話が発展していきました。
そこで今日はその話を紹介したいと思います。

「残存機能を活かす」発想が
「できることを奪わない」実践に

今やICF(International Classification of Functioning、Disability and Health)、つまり「国際生活機能分類」は、医療・介護・福祉が連携していくうえで欠かせない共通言語になっています。
同時に、連携ツールとして定着しつつあるようです。

地域における多職種との連携にICFが欠かせないことは言うまでもないでしょう。
加えて、病院内においても、とりわけ退院支援や退院調整に係る場面では、介護や福祉領域のスタッフらと、ICFの視点で患者をとらえて情報を共有し合うといったことが、ごく当たり前のように行われるようになっています。

ただ、患者が抱えている問題に目を向けるといった、いわゆる問題思考アプローチに慣れてきた医療現場で働く看護スタッフは、どうもこのICFというツールをうまく使いこなせていないのが現状と聞きます。あなたはいかがでしょうか。

退院支援では介護や福祉職との連携が欠かせない。その際、ICFの視点の活用が求められるのだが、どうもICFになじめないという看護師の声をよく耳にする。そこで今回は、患者を病人としてではなく「生活し働く人」として意識してみることから始めてはどうかと提案したい。

できることがゼロになっているわけではない

とは言え、幸いと言いましょうか、リハビリテーションを中心とする看護、広く医療の現場には、「残存機能を活かす」という発想が根強くあります。
この発想に基づく実践は、以前からごく日常的に行われています。

たとえば脳卒中後の片麻痺により、自分で「10」できていたことが半分の「5」しかできなくなった患者がいると仮定しましょう。

この患者の場合、半分の機能は失われてできなくなっているものの、完全に「ゼロ」になった、つまり何もできなくなったわけではありません。

そこで、残っている機能でできる「5」の部分に注目し、その残存機能をフルに活かせるように時間をかけて根気強くアプローチをしていくことになります。

すると、少々時間はかかるものの、やがて自分でできることが「5」から「6」に増え、さらには「8」までできるようになる、といったことを多くの看護師さんが日常的に体験しているのではないでしょうか。
「これこそまさにICFの実践そのものだと思う」と、S看護師は話します。

ICFの考え方では
プラスとマイナスの両方を見る

ご存知のようにICFモデルでは、人が生きていくための機能全体を「生活機能」と称し、
⑴ 生物レベルとしての「心身機能・構造」、
⑵ 個人レベルの「活動」、
⑶ 社会レベルの「参加」、
の三つを包括してとらえることが推奨されています。

まずはその一つひとつを見ていくわけです。
その際に、できないこと、つまりマイナスの部分ではなく、むしろできることやできていること、すなわちプラスの部分に目を向けることの大切さだけが重視されがちです。

しかしS看護師は、これには全面的には賛成しかねると言います。
「マイナスの部分ではなくプラスの部分を見るということばかり強調しすぎると、極端な話、じゃあマイナスの部分は無視していいんですね、という話になりがちです。でも、ICFの考え方は、決してそうではないと思うんです」と――。

プラスの部分とマイナスの部分はそれぞれが別個のものではありません。
二つは相互に影響し合っていて、プラスの部分のなかにマイナスの面があることもあれば、逆にマイナスの部分にプラスとしてとらえられる面もあるのではないか、と――。

「だから、常にプラスとマイナスの両方をバランスよく見ていく必要がある」
というのがS看護師の考え方のようです。

おせっかいではない真のやさしさで
「できることを奪わない」看護を

話が少々ややこしくなってしまいました。
さてどう解釈したらいいものかと考え込んでいると、彼女がこんな話をしてくれました。

「以前あなたはブログで、やさしさとおせっかいの話を書いていたでしょう。がん患者だからとか高齢者だからということだけで患者を理解したつもりになり、その人が自分でできるかどうかなどはお構いなしにルーチン的にケアしてしまっていることが多いのではないか。それは単なるおせっかいではないかと――。行き着くところその話と同じなんだろうと思うのよね」

患者が自分でできることは、多少時間がかかっても、自分なりの方法でやり遂げるのをじっと見守りながら待ってあげる――。

まさにこれが、本当のやさしさであり、「できることを奪わない看護」になるのだろう、と言うところに話が落ち着きました。

ではツールとしてのICFを、実際のところどのように使っていけばいいのかという課題は残りますが、その点については回を改めて書いてみたいと思います。

なお、S看護師が話題にした「やさしさとおせっかい」に関する記事はコチラです
是非読んでみてください。

看護師の「やさしさ」は「単なるおせっかい」ではなく、プロとしての知識や技術に裏づけられたものであってほしい。そんな声が耳に入ってきた。「高齢者だから」「がん治療中の患者だから」とマニュアル通りの対応をされたとおかんむりの女性患者の声だ。