ICFの視点で取り組む退院支援の手始めに

生きている

介護・福祉職との連携に
ICFの臨床活用が欠かせない

東京近郊の総合病院で退院支援を担当して、「早いもので、もう6年目になるのよ」とやや自嘲気味に語るW看護師と、つい先日、ICFについて話す機会がありました。

WHO(世界保健機関)が生活、つまり「生きていること」についての総合評価法として作成した、あのICF、いわゆる「国際生活機能分類」です。

喀痰の吸引が欠かせない、経管栄養をしている、在宅酸素療法が必要など、医療依存度が高い患者は、自ずと介護への依存度も、福祉への依存度も高くなります。

そのため、病院から退院して在宅で暮らしていこうという患者の退院支援では、介護や福祉領域のスタッフとの連携が欠かせません。

その際には、彼らとの連携ツールの一つとして「ICFの視点で患者をとらえる」ということがどうしても求められます。

ところがW看護師によれば、「看護師としての長年の経験から、患者の見方として、どうしても病気によって生じるマイナス面に目を向けてしまう癖が抜けない」とのこと――。そのため、「プラス面も含めて生きること全体に目を向けようというICFの発想にすぐにはつながらない」と言うのです。

W看護師が「もう6年目になる……」と自嘲気味に話す背景には、ICFがわが国に紹介されてそろそろ20年になろうというのに、いまだにICFを自在に使いこなせないでいる自分を情けなく思う気持ちがあるからだろうと、勝手に推察しました。

ICFの発想のおおもとは
ナイチンゲールの健康観にあった

退院支援や退院調整を日々担っている看護師さんは、W看護師同様のことを幾度となく経験しているのではないでしょうか。つまり、介護や福祉領域のスタッフとの連携をスムーズに行うためには、共通言語としてのICFを使いこなせないことには、話がいっこうに通じないと――。

「生活機能モデル」と訳されることの多いICFモデルでは、個々の生活機能を、「心身機能・構造」「活動」「参加」の三つのレベルから見ていくことにより対象(患者)を包括的にとらえ、「生きることの全体像」を理解していこうとしています。

このとき重視されるのは、「できないこと」だけではありません。「今できていること」「日々行っていること」にも目を向け、つまりはその両方を見ていくということです。

多職種との連携ツールとして定着しつつあるICFだが、問題思考アプローチに慣れた看護職はまだ使いこなせないと聞く。では残存機能を活かす発想でICFをとらえてはどうか。プラスとマイナスの両面をバランスよく見ていくことで「できることを奪わない」看護実践を。

実はこの、対象理解において「できること」「できていること」に目を向けていこうという発想のおおもとが、フローレンス・ナイチンゲール女史が1世紀以上も前に語った健康観のなかにあった、という話はあまりにも有名です。

このことを私に最初に教えてくれたのは、リハビリテーション医学の第一人者で、わが国におけるICFの普及に尽力された上田敏(さとし)医師です。その話が出た取材のなかで上田医師は、こんなふうに看護職への期待を話しておられたのですが、いかがでしょうか。

「ナイチンゲールの教えをベースにした対象理解の方法を身に着けている看護職の皆さんこそ、ICFの最大の理解者になっていただけるのではないでしょうか」

ナイチンゲールが看護の基本を『看護覚え書き』として著してから、160年が経とうとしている。そこでは「看護観察」の大切さが説かれ、その観察では「できないこと」ではなく「できること」に視点を置き、その人の持てる力を最大限生かせるように働きかけていこうと説いている。

まずは「生活し働く人」として
患者をとらえることから

さて、W看護師のことに話を戻しましょう。彼女はごく最近、ずいぶん長い間本棚で眠ったままになっていた一冊の本のなかに、「ICFの理念に沿ってICFを有効に使い、介護職や福祉職とうまく連携していくヒントとなる一文を見つけた」と話してくれました。

その本とは、私も持っていて、ときどきページをめくったりしているのですが、上田医師同様、リハビリテーション医学がご専門だった砂原茂一医師が遺された『リハビリテーション (岩波新書)』*¹です。肝心の一文は、その23ページにありました。

人間は生きものだから、生きるか死ぬかということはもっとも重大なことだし、体のどこかに痛みがあったり、出血したり、呼吸が苦しかったりすることもそれ自身大変困ったことではあるけれども、そのような症状自体よりも、それらのことによって日常生活が送りにくくなること、社会生活ができなくなることのほうがもっと重大なことだといえなくもないから、人間を「生活し働くもの」であるとしてとらえる立場からの医学の見直しが大切なのではないだろうか。

(引用元:砂原茂一著「リハビリテーション」P.23)

「病気を持つ人」ではなく「生活し働く人」として対象をとらえる

砂原医師がこの本を書かれたのは、今から39年前、1980年のこと。WHOが障害の新たなとらえ方としてICFを公表し、「生きていること全体を支える」視点として、生活機能の3つのレベルを示し、これらを常に偏ることなく全体を統合的に見ることを提唱したのは、さらに後の2001年のことでした。

砂原医師はWHOが動き出すずっと前から、これまでの「病気を持つ人」としての見方ではなく、「生活し働く人」として対象をとらえるといった、新しいアプローチを模索しておられたのだろうと推察されます。

同時に、退院支援で言えば、患者を「生活し働く人」と意識してみることができたとき、ICFは使い勝手のいいツールとなり、介護職や福祉職と効率的に連携することができそうに思えてくるのですが、いかがでしょうか。

「治療と仕事の両立」とICF

同時に、最近がん患者を中心に、「治療と仕事の両立」が普通にできる社会の実現を目指し、たとえば診療報酬の面においてもその指導料が充実するなどの動きが出ています。このことは、ICFの発想の現われの一つと言えるのではないでしょうか。

「治療と仕事の両立」の実現に向け、2018年度診療報酬改定で新設された「療養・就労両立支援指導料」だが、対象ががん患者に限られ、算定要件が厳しいとのネックがあった。2020年度改定では対象疾患が拡大され、算定要件が大幅に緩和されていることを紹介する

参考資料*¹:砂原茂一著「リハビリテーション (岩波新書)