「治療と仕事の両立支援」をがん以外の患者にも 2020年度診療報酬改定

仕事

「療養・就労両立支援指導料」
がんに加え肝疾患や難病患者も

少子高齢化に直面するこの国にあって、病気を抱える人も安心して働ける、つまり「治療と仕事の両立」が普通にできる社会の実現は、喫緊の課題の一つです。この課題の解決に向け、2018年度診療報酬改定では、「療養・就労両立支援指導料」が新設されました。

ただしその対象は「がん患者」に限定されたものでした。しかもそこには、以下の場合に限り報酬が認められるという、かなり厳しい算定要件がありました。

  1. 主治医が患者自身、および患者の勤務先の産業医から勤務状況に関する情報を取得する必要がある
  2. 取得した情報を踏まえ、治療計画を見直してみる
  3. 見直しを終えた治療計画に基づき、患者に療養指導を実施する

そのため、産業医を配置できない中小企業に勤務する多くの患者については、仮に療養・就労の両立に向けた指導を行っても、この指導料を算定することはできませんでした。

この、いわば無報酬ということが大きく影響したのでしょう。治療と仕事の両立支援に積極的に取り組む医療機関はごく一部に限られていました。

算定要件が大幅に緩和される

そこで2020年度の診療報酬改定では、以下の観点から、いくつかの要件が大幅に緩和されることになりました。

  • 「療養・就労両立支援指導料」の対象疾患を拡大する
  • 対象となる患者の勤務先に産業医がいない場合でも算定できるようにする

この要件緩和策には、「相談支援加算」という項目が新設されています。これにより、医療機関において看護師や社会福祉士が患者からの「治療と仕事の両立」に関する相談に対応した場合には、点数(報酬)を上乗せすることなども盛り込まれています。今回は、その辺の話を詳しく紹介してみたいと思います。

なお、がん患者への「治療と仕事の両立支援」についてはこちらで詳しく書いていますので、読んでみてください。

がん治療を受けながら仕事を続けることを希望する患者が増えている。国はその支援策を手引書にまとめ、がん治療中でも無理なく仕事を続けられる体制整備に力を入れている。職場の受け入れや家族の理解に課題が残るなか、看護に求められる支援をまとめた。

勤務先に産業医がいなくても
従業員が10人以上なら対象に

「療養・就労両立支援指導料」は、2020年4月から実施される2020年度診療報酬改定により、大きく次に挙げる4点の改善が行われます。

  1. 対象疾患の追加
    従来の「がん」以外に、「脳梗塞、脳出血、くも膜下出血、その他急性発症した脳血管疾患」「肝疾患(経過が慢性のものに限る)」「指定難病(2021年11月の時点で366疾患)」の患者も対象になる
  2. 算定対象患者の拡大
    これまでの「勤務先に産業医が専任されている患者」に加え、「総括安全衛生管理者、衛生推進者、安全衛生推進者、保健師のいずれかが選任されている企業に勤務する患者」も対象になる
  3. 評価内容の拡大
    勤務先から提供される患者の勤務状況に関する情報に基づき、主治医が患者に療養上の指導を行うと同時に、勤務先の産業医らに診療情報(病状、治療計画、治療に伴い予想される症状、就労上必要な配慮などの情報)を提供することが別途評価される。
    加えて、この診療情報を勤務先に提供した後に勤務環境が変化した場合、その変化を踏まえて主治医らが必要な療養指導を行うことも、別途評価される
  4. 看護師等による「相談支援加算」の新設
    従来の「相談体制充実加算」、すなわち専任の看護師等を配置して相談窓口を設置することを評価した、いわゆる上乗せ加算は廃止し、相談支援を行うことを別途評価する「相談支援加算」が新設される

このうち「2」については、従業員が常時10人以上いる企業は、「衛生推進者」あるいは「安全衛生推進者」のいずれかを専任して自社の労働者に周知するとともに、所轄の労働基準監督署に届け出ることが、労働安全衛生法で義務づけられています。

したがって、従業員が常時10人以上いる企業に勤務している患者であれば、すべて
「療養・就労両立支援指導料」(初回800点、2回目以降は月1回に限り400点)算定の対象に含まれることになります。

相談支援の専任看護師は
決められた養成研修修了を

新設された「4」の「相談支援加算」は、「療養・就労両立支援指導料」を算定した患者に対し、その医療機関の看護師や社会福祉士が治療と仕事の両立に関する相談に対応した場合に、診療報酬上の評価(50点を加算)を行うというものです。

この場合の相談支援については、より手厚く、患者が安心できる相談支援にしようとの意図から、以下の3点が要件となっています。

  1. 専任の看護師または社会福祉士を配置していること
  2. ⑴の看護師または社会福祉士は、国または医療関係団体等が実施する「両立支援コーディネーター養成研修」を修了していること
  3. 専任の看護師または社会福祉士が、主治医が患者に行う療養上の指導に同席していること

両立支援コーディネーター養成研修とは

「両立支援コーディネーター養成研修」は、厚生労働省の所管法人として2002年に設立された「労働者健康安全機構」が毎年行っているものです。同機構のWEBサイトで紹介されている「両立支援コーディネーター基礎研修プログラム」を見てみると、研修内容は次のようになっています*¹。

  • 両立支援コーディネーターの必要性とその役割 45分
  • 労務管理に関する基本的知識 60分
  • 両立支援のためのコミュニケーション技術 45分
  • がん経験者による当事者談話 40分
  • 社会資源に関する知識 60分
  • 産業保健に関する知識 60分
  • 基本的な医療に関する知識 60分
  • 両立支援コーディネートの実際 60分

同研修を受講できるのは、「医療機関に勤務する医療従事者、企業において両立支援に携わる者」で、「受講料は無料」とのこと。ただし、より多くの医療機関や職場などの人が受講できるようにとの配慮から、「各会場につき1事業所(医療機関)の受講者数1名」に限定されています。

したがって受講を希望する方は、まずは施設内での調整が必要になります。研修スケジュールについては、同機構のWEBサイトでご確認ください。

なお、今回対象疾患に追加された肝炎患者に対する「肝炎医療コーディネーター」に関する情報はこちらの記事をご覧ください。

WHOは肝炎のこれ以上の蔓延を阻止しようと、7月28日を「世界肝炎デー」と定め、その啓発に力を入れている。わが国も「日本肝炎デー」と決め、慢性化による肝硬変や肝がんへの進行を阻止すべき活動を展開しいる。その主役を担うのが「肝炎医療コーディネーター」だ。

病を持つ労働者に対する
治療と就労の両立支援マニュアル

労働者健康安全機構では、患者(勤労者)の治療と就労の両立支援を進めるため、全国の労災病院において「治療就労両立支援モデル事業」を展開しています。

この事業では、両立支援コーディネーターを院内における治療就労両立支援チームの中心的役割を担う存在と位置づけ、患者・医療機関・患者の勤務先の関係者という、それぞれ立場の異なる3者間の連携、調整役を託しています。

その具体的な活動内容については、「がん」「糖尿病」「脳卒中」「メンタルヘルス」の4分野について、それぞれ個別に『治療と就労の両立支援マニュアル』を作成し、同機構のWEBサイトにて公開しています。

マニュアルでは、医療機関において両立支援業務を行ううえで必要な労働関係法令をはじめとする基本的知識やスキル(マネジメントスキル、コミュニケーションスキル)などに加え、「復職(両立支援)コーディネーター業務の実際」が事例展開で紹介されています。

いずれのマニュアルも同機構のWEBサイト*³にてPDFをダウンロードできるようになっています。関心のある方はチェックしてみてはいかがでしょうか。

なお、当事者である患者が直面している治療と仕事の両立に関する問題については、こちらの記事を参照してみてください。

「2018年版厚生労働白書」は、病気や障害をもつ人の「治療と仕事の両立」の課題を提起している。過半数の人は「両立は困難」と考えている。支援する立場にある人はお互い様の精神で助けたいと思うものの、支え方がわからず支援を躊躇。職場環境が未整備との課題もある。

また、患者が治療を受けながら働き続ける、つまり治療と仕事の両立を可能にするには、経済的な面での支援も必須です。この点については、健康保険に「傷病手当金」の制度の活用を伝えたいものです。

病気やケガで就労できなくなり収入が途絶えたときに備え、公的医療保険には「傷病手当金」が用意されている。健康保険に加入している会社員や公務員が最長で1年6か月間、給料の一部を受けとることができる制度だ。業務中以外の病気やケガであることなどの条件をまとめた。

参考資料*¹:労働者健康安全機構「両立支援コーディネーター基礎研修プログラム」

参考資料*²:令和3年度両立支援コーディネーター基礎研修開催のご案内

参考資料*³:治療と就労の両立支援マニュアル
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