「高齢者疑似体験」で加齢変化を体感してみる

老化

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「若いあなたにはわからない」
と高齢患者から言われ

「若いあなたにはわかってもらえないでしょうが……」

入院間もない78歳の女性患者が、幾度となくこの言葉を口にするのが気になっている、と話していた看護師のSさん(28歳)――。その彼女から、「思い切って、高齢者疑似体験プログラムに参加してみました」と、メールが届きました。

最近は、老年看護学教育や新人研修カリキュラムの一環として、この「高齢者疑似体験」が取り入れられるようになっています。そのためS看護師の職場の同僚にはこのプログラムの体験者が何人かいるのですが、彼女にはまだその機会がなく、自分も体験してみたいとずっと考えていたそうです。

しかし、なかなか踏ん切りがつかないでいたのですが、冒頭の患者の言葉に背中を押され、体験プログラムに申し込んだそうです。

75~80歳を想定した
高齢者疑似体験

わが国では、WHO(世界保健機関)の定義に従い、暦(こよみ)の上での年齢、つまり誕生日ごとに1歳ずつ増えていく年齢で65歳以上を高齢者と定義しています。しかしながら、人生100年と言われる現代にあっては、65歳はまだまだ若い……。

そこで高齢者疑似体験では、高齢者を75歳から80歳くらいと想定しています。この年齢になったときに、多少の個人差はあるものの、誰もが経験するであろう加齢変化としての体の不自由さや視覚・聴覚の衰えなど身体機能の低下や心理的変化を、疑似的に身をもって体感できるように組まれているプログラムが多いようです。

加齢性難聴の聴こえ方

具体的には、まず聴覚については「イヤーフェンダー」と呼ばれる大きなヘッドフォンのような耳栓を着けて聴力を落とし、老人性難聴(加齢性難聴)の聴こえ方を体験します。

加齢性難聴についてはこちらをチェックしてみてください。
⇒ 看護師として知っておきたい加齢性難聴のこと

よく指摘されるように、トーンの高い音、とりわけ「若い女性に多い甲高い声」が聞きとりにくくなることを体感できたと、S看護師は話します。甲高い声が高齢者には耳障りで話が伝わりにくい、という話はこちらで。
⇒ 看護師は自らの声のトーンも気をつけて

白内障による見えにくさ

また、視覚に現れる加齢変化については、「視界ゴーグル」と呼ばれる特殊メガネを装着して、白内障による目のかすみや視野狭窄、色彩が違って見えることなどを体験。

すらすら読めていた文字がかすんでしまい、老眼鏡を使わないと新聞も読めません。老眼鏡を試しにかけてみて、遠くを見るときと近くを見るときに外したりかけたりがいかに面倒かがよくわかったと言います。

周囲を見渡しても物の輪郭がぼんやりとして見えにくく、歩くときも物にぶつかりそうで、一歩一歩確認しながらゆっくりとしか歩けないそうです。

筋力の低下や関節の動きにくさ

さらに手首や足首に重りを着け、肘関節や膝関節には関節が曲がりにくくなる荷重サポーターを装着して、筋力の低下や関節の動きにくさを体験。

想像していた以上に身体を動かしにくくなった、とのこと。自然と猫背のような前かがみの姿勢になってしまい、視野が狭くなって不安になることや、杖(ステッキ)のような支えがほしくなる感覚も体感したそうです。

高齢者疑似体験で
できていたことができなくなる体験を

加齢の影響は、聴覚や視覚に加え、嗅覚や味覚、触覚にも及びます。

このうち「触覚」に現れる加齢変化については、ジェル状のものを内包した「特殊ジェル手袋」と呼ばれる大きなサイズの手袋をはめて体験したそうです。

この手袋をはめると、まず握力が低下します。さらに、指先の感覚が鈍くなります。そのために手先が使いにくくなり、買い物の場面を想定して、「財布からお札を取り出して数を数える」「小銭を取り出す」「レシートを受け取って財布に入れる」などの指先を使う細かな作業や複雑な作業が困難になることを体験したとのこと。

そしてこの、普段何気なくできていた動作の一つひとつができにくい、あるいは自分一人ではできないために他人の手を借りなくてはならならないことが、いかに口惜しく、情けなく、精神的に追い詰められるものか身にしみて感じたと、Sさんは話してくれました。

同時にこの体験から、できる範囲のことは自分でできるように、また仮に手助けが必要な場合であっても援助のしすぎにならないようにかかわっていくことが、高齢者の尊厳を守ることにつながるのだろうと考えたとも、しみじみ語っていました。

多職種との連携ツールとして定着しつつあるICFだが、問題思考アプローチに慣れた看護職はまだ使いこなせないと聞く。では残存機能を活かす発想でICFをとらえてはどうか。プラスとマイナスの両面をバランスよく見ていくことで「できることを奪わない」看護実践を。

「介護の日」のイベントとして
高齢者疑似体験を

わが国では、毎年11月11日は「介護の日」です。厚生労働省は、高齢者や障害者に対する介護の意義や重要性について、広く国民の理解と認識を深めようと、2008年から毎年この日に、各自治体や関係団体などと連携し、さまざまな周知・啓発活動を行っています。

各都道府県で開催予定の介護に関するイベントをアピールするポスターが、厚生労働省のWebサイトで紹介されています。このイベントの一環として、希望者に「高齢者疑似体験」を無料で提供する取り組みを行っている自治体もあるようです。最寄りの自治体をチェックしてみてはいかがでしょうか。

一年を通して自治体レベルで高齢者疑似体験も

また、「シニアシミュレーション」と題して、介護の日に限らず一年を通して、高齢者疑似体験を無料で受けられるサービスを提供している企業もチラホラ出てきていますから、ネット検索してみるといいでしょう。

また、疑似体験用のセット「高齢者疑似体験教材スタンダードⅡ 」なども各種市販されています。たとえば看護管理者が提案して病棟単位で、あるいは研究会の仲間とこのセットを購入し、地域住民にも声をかけるなどして「高齢者疑似体験」に取り組んでみるのはいかがでしょうか。

高齢者の立場で考え、高齢者が抱える問題を理解してケアのあり方を探るには、高齢者疑似体験は非常に有効です。

VR認知症疑似体験も

高齢者疑似体験に加え、最近は認知症者への理解を深めようと、VR(バーチャルリアリティ:仮想現実)の装置を利用して認知症者のリアルな生活を疑似体験する方も増えています。詳しくはこちらを。

VR(仮想現実)装置を利用して現実に近い世界を疑似体験しケアに活かす試みが、さまざまなかたちで進んでいる。その一つとして、老年看護学教育の一環として経験することも増えている認知症の人が生きている世界を疑似体験する取り組みを紹介する。

参考資料*¹:厚生労働省「介護の日」各都道府県における行政・関係団体の取組