認知症の人の意思決定支援にガイドライン

意思決定

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令和6(2024)年度診療報酬改定では、入院料算定の施設基準に、原則すべての病棟において「アドバンス・ケア・プランニング(ACP)を繰り返し行い、人生の最終段階における医療・ケアを本人の意思決定を基本に行うこと」が加えられ、そのための意思決定支援*¹が行われていない場合は、診療報酬減算の対象となることが記されています。

認知症者が生きている世界を知り
意思決定支援に役立てる

認知症であっても、患者の尊厳を大切にしたい。そのためには、本人の意思をなおざりにしてはいけない――。このような強い思いから、認知症者の意思をどのように確認して自己決定支援につないでいくかを模索する取り組みが、これまでさまざまなかたちで進められてきました。

たとえば、認知症看護認定看護師の上野優美さんは、著書『急性期にある認知症高齢者―安心・安全を届けるかかわり 』のなかで、まず認知症の人たちが日々生きている世界を知ろうとする努力を重ねていくことが重要と記しています。

その方法としては、認知症の当事者が自らの体験をまとめた本を読んでみるとか、その当事者が日々体験していることを直に聞くことができる講演会や学会、患者会の集まりなどに出かけてみるのもいいでしょう。

また、自治医科大学看護学部の佐藤幹代准教授らのグループが、さまざまな健康課題を抱える患者や家族の体験談を「語り」のかたちでデータベース化し、WEB上や書籍にまとめるなどして広く公開されていることを先に紹介しました。
⇒ 「病の語り」「痛みの語り」を看護に生かす

このデータベースのなかには、「認知症の語り」もあり、『認知症の語り ―本人と家族による200のエピソードとして書籍化もされています。

この語りを聞いたり、読んだりすることを通して認知症者が体験している世界を知り、当事者の意思に近づく努力を重ねている方も少なくないと聞きます。最近では、VR装置を活用して認知症を疑似体験することで、認知症者が生きている世界の理解に努めようという試みも広がっています。

なお、「長谷川式認知症スケール」の開発者であり、日本における老年精神医学、とりわけ認知症医療の第一人者として活躍された長谷川和夫医師が自らの認知症体験を綴られた貴重な一冊も、是非熟読してみてください。

「認知症スケール」の開発者で、認知症医療の第一人者である長谷川和夫医師が、自らも認知症であることを公表して2年。この間の認知症体験が1冊の本に。「周囲が思うほど自分は変わっていない」から、認知症者は「何もわからなくなっている人」ではないとアピールしている。

ユマニチュードを活用して
気持ちを通じ合い意思の確認につなぐ

そして、認知症者との意思の疎通、つまりコミュニケーションとなれば、フランス生まれの優しさを伝えるケア技術として広く知られる「ユマニチュード」があります。

「ユマニチュード」については改めて語る必要もないでしょう。そもそもは、認知症者を「人として尊重する」ことを目的に開発されたケア方法ですが、今では、認知症に限らずさまざまなケア場面において、患者とポジティブな人間関係を結ぶためのコミュニケーションツールとして活用されるようになっています。

その一例が、急性期病院である金沢大学付属病院で進められている「抑制に頼らない看護」のベースに、このユマニチュードが活用されているケースです。

急性期病院ですから、やむなく身体抑制が必要になりそうな事態になるのは、必ずしも認知症患者ばかりではありません。

しかしあらゆる患者とのかかわりに、ユマニチュードのコミュニケーション技術を意識して使うことにより、それまではコミュニケーションがとりにくかった患者や家族と気持ちを通じ合うことができるようになり、そのことが「抑制に頼らない看護」を可能にしたという事例が、『急性期病院で実現した 身体抑制のない看護 ―金沢大学附属病院で続く挑戦*⁴(日本看護協会出版会)には何例も報告されています。
⇒ 身体拘束をしない看護で患者の安全を守る

認知症の人の日常生活・社会生活における
意思決定支援ガイドライン

紹介してきたように、仮に認知症により意思表示や意思確認が容易ではない状態にあっても、できるだけ本人の意思を尊重したケアを提供したいとの考えから、これまでもさまざまな試みが行われてきました。

ただ、いずれの方法も、表情や反応などから医学的、あるいは心理・精神的に考えて本人にとっておそらくは最善であってもろうとの推測のもとに行われていて、では本当に本人の意思に沿っているのかとなると、少なからず疑問が残ります。

こうした状況を踏まえ、認知症の人の意思をできる限りていねいに汲み取り、その意思を確認しながら支援していくための標準的なプロセスやそのプロセスを踏んでいくうえでの留意点について検討を重ねる研究が、国の老人保健事業推進等事業の一環としてすすめられてきました(事業実施責任者:稲葉一人中京大学法科大学院教授)。

職種に関係なく全ての意思決定支援者が対象

その結果として「認知症の人の日常生活・社会生活における意思決定支援ガイドライン」*⁵がまとめられ、2018年6月に公表されています。

ちなみに、「認知症の人」という呼称についてガイドラインは、認知症の診断を受けた人だけでなく「認知機能の低下が疑われ、意思決定力が不十分な人も含む」と説明しています。

そこには、このガイドラインは特定の職種や特定の場面に限定されるものではないと記されています。医師、看護師、薬剤師、ケアマネジャー、認知症地域支援推進員など、認知症の人の意思決定支援にかかわるすべての支援者を対象にしているとあるのですが、病棟で、あるいは訪問先などで看護師さんはこのガイドラインを活用されているでしょうか。

意思決定支援はチームで
プロセスを重視し継続して支援する

ガイドラインは「認知症の人の特性を踏まえた意思決定支援の基本原則」として以下の3点を挙げています

  1. 本人の意思の尊重
  2. 本人の意思決定能力への配慮
  3. チームによる早期からの継続的支援

まず「1」の本人の意思を尊重するという原則は、「人生の最終段階における医療・ケアの決定プロセスに関するガイドライン」の基本姿勢に一致するものです。

人生の最終段階(終末期)における意思決定支援においては、認知症の有無にかかわらず、「家族の意向」をどうするかということがとかく問題になりがちで、実際この問題に直面された方も少なくないのではないでしょうか。

この点についてガイドラインは、意思決定支援はあくまでも本人の意思を尊重するために「本人を支援するもの」と明記。そのうえで「家族」については、意思決定支援者として支援するチームに取り込むことにより、本人の意思より家族の意思が優先されてしまうような事態は避けることができるのではないか、としている点が注目されます。

認知症の人のその時々の意思決定能力に見合う支援を

「2」の本人の意思決定能力への配慮に関しては、認知症の症状に左右されることなく、本人には意思があり、意思決定能力があることを前提に、その能力を固定的に考えることなく、そのときどきの本人の状況に応じて意思決定支援を行うこととしています。

そして基本原則の「3」ですが、これはこのガイドラインの基本姿勢である「意思決定支援をチームで行うこと」および「意思決定のプロセスを一つひとつ丁寧に踏みながら継続して支援すること」の大切さを強くアピールするものです。

このプロセスには、本人が意思を形成する段階、次いでその意思を表明する段階、表明して実現する段階が考えられます。

それぞれのプロセスを大事に、ゆっくりステップを踏みながら支援を続けて実現に持っていけるようにすること、その都度支援が適切であるかどうかを「意思決定支援会議」で検証しながら進めていくことの重要性が強調されています。

簡単ではないと思いますが、支援する側もチームで助け合い、一つひとつステップを踏みながら、じっくり取り組んでいただけたらと思います。

参考資料*¹:厚生労働省 令和6年度診療報酬改定概要説明資料P.26

参考資料*²:上野優美著『急性期にある認知症高齢者―安心・安全を届けるかかわり

参考資料*³:『認知症の語り ―本人と家族による200のエピソード

参考資料*⁴:『急性期病院で実現した 身体抑制のない看護 ―金沢大学附属病院で続く挑戦

参考資料*⁵:「認知症の人の日常生活・社会生活における意思決定支援ガイドライン」