「慢性の痛みの語り」を看護に生かして




語る

慢性の痛みを抱える
患者と家族の体験を知ろう

薬物療法などを行っているのに3か月以上を超えて持続するような慢性の痛みは、多くの場合、痛み以外にも多彩な症状を伴います。

抑うつや不安、怒り、睡眠障害、さらにはADLの低下などにより休職や休学を余儀なくされて社会活動が制限されることもあります。
その結果、経済的な問題が派生します。加えて、家族関係や友人関係が悪化することもあり、患者のみならず家族をも苦しめ、生活の質の低下を招くことにもなりかねません。

こうした多面的な問題により、たとえば疼痛スケールなどを駆使してアセスメントを試みてはみるものの、患者が体験している痛みによる苦しみや悩みの実態を知ることは難しく、ひいては患者側の納得が存分に得られるだけのケアを提供できないことにジレンマを感じている看護師さんが少なくないと思います。

この度、認定NPO法人「健康と病の語りディペックスジャパン」がホームページ上で公開した「慢性の痛みの語り」には、慢性の痛みをかかえる患者・家族の、ケアに対する満足度をより高め、看護師さんのジレンマの解消につながるヒントがたくさんあるように思います。

なぜならそこでは、多種多様な慢性化した痛みを抱える20~80代の患者41人(女性31人・男性10人)と家族5人(女性4人・男性1人)の体験談が、治療や薬とのつきあい方、日常生活や人間関係への影響、痛みの受け止め方と向き合い方など、トピックスごとにわかりやすく整理され、映像あるいは音声、文章のかたちでまとめられているからです。

「慢性の痛み語りデータベース」を
日々の看護実践に活用を

「語り」として紹介されている患者・家族の体験談は、文部科学省の研究費助成を受けた「慢性の痛み語りデータベース構築と生活の再構築に関する研究」研究班(代表・佐藤幹代自治医科大学看護学部准教授)とNPO法人「健康と病の語りディペックスジャパン」が、トータルで100時間近くに及んだインタビューをベースにまとめあげたものです。

同認定NPO法人は、英国オックスフォード大学で作られ、活用されているDIPEx(Database of Individual Patient Experiences:ディペックス)をモデルに、日本版の「健康と病の語り」のデータベースを構築し、それを社会資源として活用していくことを目的に設立された法人です。

すでに、インタビューを通じて得られた「乳がんの語り」「前立腺がんの語り」「認知症の語り」「大腸がん検診の語り」などを、ホームページ上で公開していて、誰もがいつでも見られるようになっています。
ここで紹介されている患者や家族による語りは、医学・看護教育や学術研究に、そして臨床における日々の看護実践においても積極的に活用されるようになっています。

関心のある方は、ホームページにアクセスしてみるといいでしょう。
また、「認知症の語り」と「前立腺がんの語り」については、それぞれ『認知症の語り ―本人と家族による200のエピソード』と『前立腺がんを生きる: 体験者48人が語る』として単行本にまとめられ、刊行されていますので読んでみるのもいいと思います。

慢性の痛みがもたらす孤独感、
向き合い方……、が語られている

さて、「慢性の痛みの語り」ですが、そこで自らの痛みの体験を語っているインタビュー協力者は、線維筋痛症、関節リウマチ、椎間板ヘルニア、子宮内膜症、がん性疼痛など、慢性痛の原因疾患が判明している人もいれば、確定診断がつかないまま何年にもわたり持続する痛みに悩まされているなど実にさまざまです。

他人にわかってもらえないことによる孤独感

置かれている状況は一様ではないものの、語ってくれている患者の多くが、痛みが他人に正しく理解されないことに強い孤独感を抱いているのがわかります。

痛みの実態を、工夫を凝らし言葉にして伝えても、「痛みを感じているのは私なので、私にしかわからない。共有できないし、理解されない」など……。
押しなべて他人にわかってもらうのが簡単ではないことを訴えています。

理解が得られないだけに、「精神的なものではないか」と言われて傷ついた、我が子の入園式に行けなかった、痛みのために休職・復職を繰り返しすうちに退職を余儀なくされた、パートナーとやむなく別れることになったなど、切実な体験が赤裸々に語られています。

さまざまな工夫をしながら向き合っている

ただ、つらい体験を重ねながらも自暴自棄に陥っているわけではありません。
「この痛みはすぐになくなるものではないとわかるまでに2年くらいかかった」と打ち明けているように、時間はかかるものの、いったん了解できると、「痛みを追い出すのではなく、痛みと一緒に暮らすように発想が変わってきた」と語っています。

この気持ちの切り替えがうまくいけば、「自分ができる小さなことをやる」「変えられない事実なので仲良くやる」「ストレスを避け、自分なりにバランスをとる」など、それぞれが自分にできる工夫を重ねながら、痛みとけんかをしないようにしていることがわかります。

消えることのない痛みへの不安や絶望感から、一時は「自ら命を絶つこと」を考えた人もいるようです。しかしながら、たとえば「夢をあきらめずに博士号をとった」ことがきっかけとなり、痛みのある人生を受け入れることができるようになったなど、痛みの受け止め方の転機となったこともいくつか語られています。

このような語りの一つひとつが、慢性の痛みと生きていく患者・家族のケアを考えるうえで貴重な情報となるのではないでしょうか。

患者の語り(ナラティブ)に
耳を傾けて対話を深めていく

ところで「語り」と聞いて、看護師さんの多くは、ナラティブ・メディスン(Narrative
Based Medicine;NBM)のことを思い出されたのではないでしょうか。

医療の世界では、エビデンス(科学的根拠)に基づく医療サービスを提供することが最重要視されています。看護師さんも、エビデンスのないケアはできるだけ少なくして、より科学的で、より多くの患者・家族に共通して役立つケアを提供していこうと、日々の看護に鋭意、取り組んでおられることと思います。

ただ、エビデンスがあるから患者に喜んでもらえるだろうと考えてやっているケアであっても、こちらが思うほど患者には歓迎されない、あるいは満足してもらえずに、患者とのコミュニケーションがスムーズにいかないということも稀ではないのではないでしょうか。

そんなときこそ、患者の語り、つまりナラティブに基づく医療、つまりナラティブ・メディスンの出番なのだろうと、「慢性の痛みの語り」を読んだり、聞いたり、動画を見たりしているうちに思うようになってきました。
このへんのことは、医学・看護教育においてサブテキストとして使われることの多い『ナラティブ・メディスン入門』(遠見書房)を読んでみられることをおすすめします。