患者になった認知症専門医が語る認知症の世界

ケア

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「パーソンセンタード・ケア」の
長谷川和夫医師が認知症に

日本の医療界にあって、長谷川和夫医師のことを知らない看護職は、おそらくいないのではないでしょうか。一般にも広く普及している「長谷川式認知症スケール」の開発者であり、日本における老年精神医学、とりわけ認知症医療の第一人者でもあります。

認知症ケアに関して言えば、英国の臨床心理学者が提唱した「パーソンセンタード・ケア」という概念を、「その人中心のケア」として、非常にわかりやすく説き明かしてくれた医師としてご存知の方も多いだろうと思います。

その長谷川医師(90歳)が3年ほど前、自らも認知症であることを広く世間に公表しました。その報を耳にしたとき、なぜ公表したのかと、一瞬、不思議に思いました。と同時に、「ご自身の認知症体験をつぶさに語ってくれたら、当事者からの最高のアピールになるのだけれど……」と、頭の片隅で期待もしていました。

なんと、先生はその期待に見事に応えてくれたのです。2019年12月、長谷川医師は、認知症になったご自分の生きている世界のすべてを一冊の本にまとめています。発売以来大変な反響で、約1か月で3万部に届く売れ行きとのこと。

ということで、今回はこの本を紹介しながら、認知症者のケアに関して長谷川医師が長年にわたりアピールされてきたことを振り返ってみたいと思います。

認知症になったからといって
人が変わるわけではない

長谷川医師はこの本、『ボクはやっと認知症のことがわかったのなかで、自分が認知症になって実感したことを次のように語り、「周囲が思うほど自分自身は変わっていない」ことから、認知症者を「何もわからなくなってしまった人間」として一括りにしないでほしい、と訴えています。

ボクは認知症研究を半世紀にわたり続けてきました。
そのボクが認知症になって初めて「連続している」という事がわかりました。
人間は生まれた時からずっと連続して生きているわけですが、認知症になったからといって突然、人が変わるわけではありません。
昨日まで生きてきた自分の続きがそこにいます。

(引用元:長谷川和夫・猪熊律子著『ボクはやっと認知症のことがわかった 自らも認知症になった専門医が、日本人に伝えたい遺言

長谷川医師のように、認知症の当事者が自らの言葉で自身が日々体験していることを語るのは、最近では決して珍しいことではなくなっています。

そのさきがけとなったのは、46歳でアルツハイマー型認知症の診断を受けたクリスティーン・ブライデン(Christine Bryden)というオーストラリア女性です。

クリスティーンさんは、これまで何度か訪日して講演会を開き、自身の認知症体験を語ってくれています。その講演を聞いたことがあるのですが、そのとき彼女も、長谷川医師が本書で語っているように「認知症になったからといって、何もわからない人になったわけではない」ことを、繰り返し訴えていたことを思い出しました。

できることとできないことには
日により、時間により波がある

何もできなくなったわけではないから、できなくなったところを見るのではなく、まだできているところに目を向けてほしい――。

ケアする人も含め、認知症者の周りにいる人たちに知ってほしいこととして、クリスティーンさんがそんなふうに話すのを聞き、「なるほど、できることとできなくなっていることの両方をバランスよく見ていくというICFの発想だな」と納得したことを覚えています。

多職種との連携ツールとして定着しつつあるICFだが、問題思考アプローチに慣れた看護職はまだ使いこなせないと聞く。では残存機能を活かす発想でICFをとらえてはどうか。プラスとマイナスの両面をバランスよく見ていくことで「できることを奪わない」看護実践を。

この点について長谷川医師は本書のなかで、認知症になったからと言って、できることとできないことが固定しているわけではない、としています。

できることとできないことは日によって違うし、1日のうちでも、朝は調子が良くてできていたことが、だんだん疲れてきて、夕方になるとできなくなるといったように、グラデーション、つまり波があると語っています。

だからこそ、パーソンセンタード・ケア、つまりその時々の「その人中心のケア」ということが大切になってくるのだ、という話になってくるわけです。

その人中心の認知症ケアとは
相手の言いなりになることではない

パーソンセンタード・ケアについては、長谷川医師が認知症介護研究・研修東京センターのセンター長を務めておられた時に、直接お話をうかがったことがあります。

そのとき長谷川医師は、パーソンセンタード・ケアのキー概念は「パーソンフッド(personhood)」であり、これを日本語で言えば、看護職のみなさんが日々の実践において大事にしている「その人らしさ」なのだと、説明されました。

そのうえで、パーソンセンタード・ケア、つまり「その人中心のケア」というのは、目の前の認知症者の言いなりになることでもないし、またケアする側の都合を優先することでもない、と言い切っておられます。

看護現場を取材していると「その人らしさを尊重する」ことが「よい看護」の代名詞のような印象を強く受ける。では、この「その人らしさ」をどう理解し、日々の看護にいかに生かしていけば、その人らしさを大切にした看護になるのだろうか。

そんなことを思い出しながら本書を読み進めていくうちに、少し見えてきたことがあります。その人のリズムに合わせてかかわっていくのには時間もかかるだろうが、焦らせずじっくり向き合っていけば、認知症ケアもそれほど難しいものではないのではないか――。

そんなふうに考えるに至ったのですが、あなたはいかがお考えでしょうか。

長谷川和夫医師は2021年11月13日、老衰のために亡くなっていたことが報じられています。92歳の大往生だったそうです。 合掌――。
なお、最近は、VR装置を活用して認知症の方の生活を疑似体験し、日々のケアに活かす取り組みも進んでいます。詳しくはこちらを。
→ VR装置を活用して認知症を疑似体験してみる
参考資料*¹