人のこころを和ませる
ユーモアのセンス
人は誰もがストレスと無縁ではいられません。
とりわけ人の生老病死(しょうろうびょうし)、つまり誰もが避けることのできない「生まれること」「老いること」「病むこと」「死ぬこと」の四つの苦により、患者が「自分の思うようにならない」状況に陥っているような場面に立ち会うことの多い看護師さんは、人一倍ストレスの多い日々を過ごしておられることと思います。
そのストレスを生活に適度な刺激をもたらしてくれるスパイス(香辛料)として受け止め、ストレスと上手につき合って張りのある生活を送ってほしい、というハンス・セリエ博士のメッセージ*は余りにも有名です。
ストレスをため込まないない方法としては、たとえば「落語」や「漫才」などを楽しんで大笑いし、ストレスを適宜、発散することもいいでしょう。
自らのストレスを発散すると同時に、そこから人、とりわけ患者のこころを和ませるようなユーモアのセンスを身に着けていただけたら、との思いもあります。
最近、大声を出して、
思いっきり笑いましたか?
落語といえば、最近「出張寄席」が静かなブームになっています。「出前寄席」とも呼ばれているようです。
ブームのきっかけは、2011年に起きたあの東日本大震災だとか。
いくつかの大学の落語研究会のメンバーたちが、「東北に笑顔を届けよう」を合言葉にチームを結成し、定期的に被災地を訪れては、落語を披露しているのだそうです。
その活動が徐々に発展し、最近では介護老人保健施設に入所している高齢者にも、また数は少ないものの病院を訪れて入院中の患者にも届けられるようになったと聞いています。
出張寄席を聞こうと集まった被災地の方々も、老健施設の入所高齢者たちも、そして入院患者も、来た時と寄席を聞き終えて帰っていく時とでは、表情も、歩く姿勢も、そして踏むステップもまるで別人のようだった、と伝える新聞記事を読んだ記憶があります。
そこには会場から出てきた観客の、「そういえば、大声を出して笑うなんて、本当に久しぶりだったなぁ」との声も紹介されていました。
ストレスの多い日常になりがちな看護師のあなたはどうでしょう。最近、お腹の底から、思いっきり笑い転げたことはあるでしょうか?
毎日の看護に取り入れたい
「笑いの効用」
難病の膠原病にかかったジャーナリストで作家のノーマン・カズンズ氏が、「笑い飛ばして」病を克服したという話をご存知でしょうか。
その経緯は、『笑いと治癒力 (岩波現代文庫)』にまとめられています。
そこには随所に、かのナイチンゲール女史が教示している「自然治癒力を生かす看護」に通じることが、カズンズ氏の実体験として詳しく書かれています。
是非読んでいただきたい一冊です。
カズンズ氏の話が公表されて以降、まずアメリカにおいて、続いて日本においても「笑いの効用」について研究が進められるようになりました。
その結果、笑いにより交感神経と副交感神経のバランスが整えられること、がん細胞やウイルス細胞を見つけ次第攻撃して身体を守ってくれるナチュラルキラー細胞(NK細胞)の働きが活性化して、免疫力が高められることなどがわかってきています。
笑いが自己効力感を高める
さらに最近では、大阪府にある大阪国際がんセンターが、瞬間的な笑いではなく、継続的な笑いの効用を実証する研究に、地元のお笑い芸人らの協力を得て取り組むことが発表され、その成り行きに注目が集まっています。
また、その後の研究では、笑いが自己効力感(セルフエフィカシー)を高めることにより、慢性疾患患者のセルフケアの維持に大きく貢献することがわかったことも、発表されています。
患者と笑い合えるような
ユーモアセンスを
免疫力を高めることに関しては、さまざまな健康食品の類が注目を集めています。
しかし、健康食品のようなものに頼る前に、看護師のあなたには自らのメンタルヘルスケアとして、たとえば落語を楽しんでいただきたい――。
落語に限らず、漫才のようなあまり騒がしくなく、お腹の底から声を出して笑えるような「お笑い」もいいと思います。
どうせ笑うなら、免疫に深く関係しているNK細胞(ナチュラルキラー細胞)の活性を高めるように横隔膜を動かす笑いがおすすめです。
笑いを楽しんで、日々のストレスを発散させつつユーモアセンスに磨きをかけ、そのアップしたユーモアセンスでケアのなかでのちょっとしたひとことで患者さんを笑わせて、笑いの効用を日々の看護で活用していただけたらと思います。
ユーモアセンスにより
「わかり合える」関係に
ちなみに、精神看護専門看護師として臨床でリエゾン精神看護活動を長年にわたり続けている平井元子さんは、著書*¹のなかで、患者や家族と「結果的に”笑い合える”ように」かかわることの大切さを説いておられます。
そのなかで平井さんは、死生学領域の哲学者アルフォンス・デーケン氏の、「ユーモアとは、にもかかわらず笑うことである」という言葉を紹介し、こう説明しています。
「ユーモアというのは、悩みや苦しみのさなかから生まれてこそ、人を救うものなのだということ、だから、ユーモアや笑いは、終末期のケアにおいても意味があるということを伝えているのだと解釈しました」
(引用元:『リエゾン―身体(からだ)とこころをつなぐかかわり 』*¹p.180)
仮にその笑いが瞬間的なものであったとしても、笑い合ったそのときに、何かしら通じ合えるものが生まれ、患者との関係が深まっていくきっかけになるようです。
おそらくあなたもそんな経験をお持ちのことと思います。
現実的な話として、臨床の厳しさを思えば、そう笑ってばかりもいられないと思われる看護師さんも少なくないでしょう。
それでもやはり看護師さんには、緊張した硬い表情よりも、思わずこころが和むような柔らかい笑顔を望む患者や家族が多いのではないでしょうか。
引用・参考資料*¹:平井元子著『リエゾン―身体(からだ)とこころをつなぐかかわり (SERIES.看護のエスプリ)』(仲村書林)