「口から食べる」ことがフレイル予防になる理由

よく噛んで食べる

「口から食べる」ことが
甲状腺ホルモンの分泌を促進

加齢による嚥下機能の低下に伴い、「口から食べる」ことに支障をきたすケースは少なくないのではないでしょうか。

このような場合、たとえば経管栄養などによる適正な栄養補給を行うことにより、栄養上の問題はクリアされるものの、認知機能の低下やフレイルを招きやすい等の問題が残りがちですが、そのメカニズムについては、はっきりとはわかっていませんでした。

ところが最近になり、その生理的メカニズムの一端を解き明かし、高齢者の健康維持、とりわけ要介護につながりやすいフレイルの予防策を考えてくうえで注目すべき研究結果が報告されていることをご存知でしょうか。

7月18日(2019年)、東京都健康長寿医療センター研究所の堀田晴美研究部長らの研究グループは、食べ物を嚥下する際に起こる咽頭への刺激により甲状腺からのホルモン分泌が増えることを突きとめたと、プレスリリースしているのです。

ご承知のように、甲状腺から分泌されるホルモンは、からだの新陳代謝に深くかかわっています。血液を介して全身いたるところの細胞に直接働きかけて代謝をスムーズにし、健康の維持、増進に大きく貢献しています。

このホルモン分泌が増えるということは、脳の細胞も、そして筋肉や骨の働きも活性化させることになりますから、当然フレイルを予防する効果も期待できるというわけです、

今回は、明らかにされたそのメカニズムをかいつまんで紹介したいと思います。

嚥下による咽頭への刺激が
甲状腺に伝わりホルモン分泌を促す

ところで、「フレイル(frail)」とは、高齢者の看護やケアにかかわっていない方にはあまり聞きなれない言葉でしょうが、「要介護になる手前の虚弱状態」のことで、具体的には、加齢による以下の状態として説明されています。

  1. 足腰が弱って歩くのが一苦労となり(身体的要因)
  2. 自宅に閉じこもりがちで(社会的要因)
  3. 精神的にも抑うつ的になっている(精神的要因)

このような状態が長引くことは、日常生活に介護などの支援が必要になる要介護状態、さらには寝たきり状態へと進むリスクが高いことを意味します。

したがって、個人的にも社会的にも敬遠されがちなことから、早い時期からフレイル予防に取り組むことが国レベルでも積極的に勧められています。

甲状腺ホルモンは全身の代謝を調節している

堀田部長ら研究グループはこれまで、全身の代謝を調節するという、人間が健康に生活していくうえで誰にも必須といえるホルモンを分泌する甲状腺に着目し、その生理反応についてさまざまな角度から研究を続けてきました。

研究を進める過程で、口から入った食べ物を飲み込む際に起こる食塊による咽頭への刺激が、咽頭部分を走っている上咽頭神経を介して甲状腺に伝わり、ホルモンの分泌を活性化させていることを、ラットを使った実験で突き止めたというのです。

この実験では、ラットの咽頭に機械的刺激を与えている間に甲状腺からのホルモン、「サイロキシン」と「カルシトニン」の分泌が、刺激前の約2倍に増加したものの、上咽頭神経を切断して咽頭刺激が伝わらないようにしたところ、分泌は完全に消失したことを報告しています(本研究に関するプレスリリースはコチラ)。

咽頭刺激のない「禁食」により
サルコペニアからフレイルに

ところでフレイルについては、先にこのブログで、フレイルの原因の一つであるサルコペニアが入院中につくられている、という話を書きました。

そこでは、この「医原性サルコペニア」と呼ばれる状態をつくる責任の多くは看護師さんにあると指摘されていることも紹介しているのですが、読んでいただけましたでしょうか。

摂食嚥下障害患者に出される「安静・絶食」の指示

たとえば食事中の患者に「よくむせる」「咳き込むことが多い」といった摂食嚥下障害と思しき症状が見られるときは、誤嚥性肺炎のリスクが懸念されます。そのため医師からは、「とりあえず安静・禁食」にして人工栄養に切り替えるといった指示が出ることが多いのではないでしょうか。

医原性サルコペニア、さらにその先にあるフレイルを防ぐには、この指示の受け方が重要になってきます。早い話が、医師の指示のままに禁食にするのではなく、禁食にすることがその患者にとって妥当なのかどうかといったことを、看護の視点から慎重にアセスメントしてみるべきではないだろうか、といった話もそこでは書いています。

高齢患者に多い骨格筋力の低下による身体機能の低下、いわゆる「サルコペニア」の危険因子に活動不足や栄養不良がある。入院中の患者のサルコペニアは、医師の「とりあえず安静・禁食」という指示に看護師がその妥当性を見直すことから始まるという……。

禁食にすると甲状腺からのホルモン分泌が消失する

この「禁食の妥当性を看護の視点で見直す」ことに、今回の話は関係しています。
医師の指示をそのまま受けて禁食にしても、経管栄養などによって栄養状態を保っていくことができるから問題はないだろうと、まずは考えるのではないでしょうか。

確かに栄養面だけから言えばそれでいいのでしょう。しかし、経管栄養に完全に切り替えてしまうと、嚥下による咽頭への刺激はいっさいなくなります。咽頭への刺激がないということは、ラットによる実験で上咽頭神経の切断で実証されたことから推測して、甲状腺からのホルモン分泌反応は起こらなくなると考えるべきでしょう。

口から食べることをあきらめさせないケアを

甲状腺から分泌されるホルモンのうち「サイロキシン」は、全身の細胞の代謝を高める働きをしています。そのためこのホルモンの分泌が止まると、全身の代謝は著しく低下し、脳細胞の働きも筋肉の動きも鈍くなります。

一方の「カルシトニン」は骨の細胞に作用して骨を強化する働きをしていますから、ホルモン分泌の低下によるカルシトニンの欠乏は、骨をもろくします。

いずれもフレイルに直結する要因です。このようなメカニズムを考え合わせると、看護師さんには「口から食べることを諦めさせないケア」に真剣に取り組んでいただきたいと思うのですが、いかがでしょうか。

高齢者が要介護状態に陥る原因としてサルコペニアが注目されている。重度の栄養障害を原因に筋肉量や筋力が落ちていきADL・QOLが低下していく状態だ。予防のカギを握る「口から食べることをあきらめさせないケア」の普及に取り組む小山珠美氏を紹介する。