医原性のサルコペニアは
看護がつくりだしている?
大学病院でNST(栄養サポートチーム)の活動に参加している看護師のSさんから、「近況報告」と言うにはいささか深刻な、こんなメールが届きました。
「高齢者に多いフレイルについては、原因の一つとされるサルコペニアが入院中につくられていて、つくってしまっている責任の多くは看護師にあると指摘されています。でも、自分も含め病院看護師にその認識がなかなか広がらないことに少々焦りを感じています」
ご承知のように「フレイル」とは、加齢により、足腰が弱って歩くのが一苦労となり(身体的要因)、家庭に閉じこもりがちで(社会的要因)、精神的にも抑うつ的になっている(精神的要因)状態を言います。
このような状態は、日常生活の自立が容易でなく他人の助けが必要になる、いわゆる「要支援・要介護」のリスクが高いものの、早い時期からの適切なかかわりによって、要支援・要介護状態に陥るのを防ぎ、自立した生活ができることがわかっています。
そこで、高齢者のフレイルの状態にできるだけ早期に気づき、直ちに対応して、自立した生活が可能な高齢者を増やしていこうと、国を挙げてその取り組みに力を入れているわけです。
高齢者対象のフレイルチェックについてはコチラを参考にしていただけると思います。
サルコペニアの危険因子
「活動不足」と「栄養不良」
一方、看護師のSさんがメールのなかで「フレイルの原因の一つ」と記している「サルコペニア」は、2016年に国際疾病分類に登録されたばかりの新しい疾患です。
ですから、「サルコペニアなんて聞いたことがない」「名前だけは知っているが、詳しいことはわからない」という看護師さんがいても不思議はないと思います。
国際疾病分類への「サルコペニア」の登録を受け、その診療ガイドラインが、日本サルコペニア・フレイル学会、日本老年医学会、国立長寿医療研究センターにより作成されています。
サルコペニアの定義と危険因子
このガイドラインのポイントとなる部分が、日本サルコペニア・フレイル学会のホームページで公開されているのですが、そこにサルコペニアの定義はこう記されています。
サルコペニアは高齢期に見られる骨格筋量の低下と筋力もしくは身体機能(歩行速度など)の低下により定義される
(引用元:日本サルコペニア・フレイル学会ホームページ*¹)
骨格筋の筋肉量の低下(減少)と筋力低下は、明らかに高齢者のADLとQOLの低下をもたらし、自立した生活を困難にしてしまいます。
そしてこのサルコペニアの危険因子については、「加齢が最も重要な要因」としながらも、活動不足に加え、糖尿病に代表される代謝疾患やがん、感染症といった消耗性の疾患、さらには栄養不良が要因として挙げられているのです。
ここまで理解が進むと、S看護師が「サルコペニアは入院中につくられている」「つくりだしている責任の多くは看護師にあると指摘されている」とメールに記している根拠が、何となく見えてくるような気がするのですが、いかがでしょうか。
看護師による適切なかかわりで
サルコペニアは予防できる
メールを受け取ったその日の夕方、S看護師と電話で話をしました。彼女は現在、NSTのメンバーとして「リハビリテーション栄養」に取り組んでいます。
その取組みを進めるなかで「医原性サルコペニア」という言葉に出合ったことが、看護師としての「焦りを感じる」きっかけだったと、話してくれました。
「リハビリテーション栄養」についてはなんとなく理解できていたものの、「医原性サルコペニア」という言葉には、私自身ちょっと不慣れで、抵抗を感じました。
なにしろ「医原性」という言葉には、「もともと治療を目的に行われている医療行為やケアなのに、それが逆にマイナスのものを生み出している」といった意味がありますから……。
S看護師によれば、医原性サルコペニアの概念を最初に提唱したのは、リハビリテーション栄養や高次脳機能障害がご専門の若林秀隆医師(東京女子医科大学病院リハビリテーション科・教授)とのこと。
若林医師がNST専門療法士*の資格を持つ森みさ子看護師らと一緒に『サルコペニアを防ぐ! 看護師によるリハビリテーション栄養』*²を刊行されています。
この本には、医原性サルコペニアに関する基本的なことや、それをつくりだしてしまう原因、さらにはどうしたら看護師がサルコペニアを防ぐことができるかが、わかりやすく書いてあるので読んでみてほしい、と言うのです。
なお、NST専門療法士に関する詳細は、こちらの記事を読んでみてください。
サルコペニア予防のカギとなる
リハビリテーション栄養の実践
S看護師から勧められるままに、ざっとですが、読んでみました。
本書の冒頭「はじめに」のなかで、若林医師は、はっきり次のように明言しています。
「サルコペニアを防ぐ」ということを言い換えれば、現在の医療では、看護師がサルコペニアを十分に防いでいないということです。
特に急性期病院では、無自覚のうちに医師と看護師が医原性サルコペニアをつくっている現状があります。その結果、入院前は日常生活活動が自立していた患者が、入院後に寝たきりや摂食嚥下障害となり、入院期間が延長され、自宅退院が困難となります。(引用元:『サルコペニアを防ぐ! 看護師によるリハビリテーション栄養』(序文)*²)
「とりあえず安静・禁食」の指示に疑問を持つ
では看護師として、サルコペニアを防ぐために何をなすべきでしょうか。
この問いには、サルコペニアの起点となっている「とりあえず安静・禁食」という、よくある医師の指示をそのまま受けて実践するのではなく、その指示の患者にとっての妥当性を、看護の視点から改めてアセスメントしてみることから始めるべきだと、本書は答えています。
特に「とりあえず禁食」の指示については、その禁食が低栄養を招き、サルコペニア、さらにはフレイル、そして要介護状態へと進展していく可能性を念頭に、慎重にアセスメントすることの大切さが強調されています。
栄養管理は「療養上の世話」の基本との認識を
もう一点、「なるほど」と考えさせられたことがあります。
それは、「高齢者だから多少の身体機能の低下はやむをえない」との考えを捨て、患者の栄養管理を栄養士に一任することなく、看護業務の「療養上の世話」の大事な部分と考えて取りんでいくことの大切さを強調している部分です。
具体的には、食における患者のその人らしさを尊重しながら、生活を再構築していくために看護師としてできる支援のノウハウを最大限生かしつつ、積極的にかかわっていく必要があるということになろうかと思います。
この認識のもとに看護師さんに取り組んでいただきたいリハビリテーション栄養の実際については、本書の第3章「疾患別リハビリテーション栄養」で、栄養の視点からの看護過程が展開されていますので、そちらを是非参照していただけたらと思います。
口から食べることをあきらめさせないケア
同時に、コチラの記事でサルコペニア予防の鍵を握るとして看護師さんに期待されている「口から食べることをあきらめさせないケア」の普及に取り組んでいる小山珠美さんの活動を紹介しています。是非読んでみてください。
引用・参考資料*¹:日本サルコペニア・フレイル学会「サルコペニアの定義は?」
引用・参考資料*²:若林秀隆・他著『サルコペニアを防ぐ! 看護師によるリハビリテーション栄養』(医学書院)