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摂食嚥下障害があっても
「口から食べる」を続けるケア
この記事のタイトルをご覧になって、「えっ、サルコペニアって?」と疑問を持たれた看護師さんがいても不思議はありません。「サルコペニア」は、2016年に国際疾病分類に登録されたばかりの新しい疾患名なのですから。
サルコペニアとは、多くは加齢に伴って起きてくることから「加齢性筋肉減弱症」とも呼ばれるのですが、ときにがんや虚血性心不全、腎不全、あるいは重度の栄養障害などが原因となる場合もあります。
具体的には、筋肉量が減少するのに伴い全身の筋力が低下し、歩く速度が遅くなったり、歩行に杖や手すりが必要になるなど、身体機能が著しく低下した状態をいいます。このような状態は、高齢者のADLとQOLを著しく低下させ、日常的に介護が必要になるリスクを高めることにもなります。
栄養状態の維持・改善によりサルコペニアを防ぐ
しかし、早い時期からこの兆候に気づき、速やかに適切な対応をとることにより、要介護状態へと進むのを防ぎ、自立した生活が可能になることもわかっています。そして、この予防のカギを握るとして看護師さんに期待されているのが、高齢者の栄養状態の維持・改善です。
特に、最近高齢者に増えている「摂食嚥下障害」の患者に医師から出されることの多い「とりあえず禁食」の指示にはっきり「NO」を言い、「口から食べる」ことを患者にあきらめさせないケアを続けていくことができるかどうか――。
今回はそんな話を書いてみたいと思います。なお、サルコペニアの基本的なことやリハビリテーション栄養について知りたい方は「医原性サルコペニアは看護で防ぐ」をご覧ください。
誤嚥性肺炎に禁食の指示で
口から食べる喜びを奪っている
ところで、文藝春秋社が発行している『文藝春秋』という月刊誌をご存知でしょうか。その2017年5月号の大特集「食と薬の常識が変わった」のなかに、「NPO法人 口から食べる幸せを守る会」で理事長を務める小山珠美さんの活動を取り上げた記事があります。
記事によれば、小山さんは現役の看護師さんです。一時期、看護学校の教師になり臨床から離れていたのですが、今から四半世紀前、8年ぶりに医療現場に戻られています。そのとき、胃瘻を造設されて「口からものを食べる、飲む」ことができなくなっている患者のあまりの多さに驚いたことが、小山さんの現在の活動のきっかけとなったようです。
多くの患者たちが口から食べることも飲むこともできなくなっていく原因は多々あるものの、最大の原因は、ある時期から医師たちが「絶飲食」という指示を出すようになったことだと、小山さんは考えました。
なすすべもなく「絶飲食」の指示を受け入れていたが
すでに当時から、高齢患者が増加するのに伴い「摂食嚥下障害」が多発していたそうですが、この摂食嚥下障害には死に直結しやすい誤嚥性肺炎を起こすリスクがあります。医師たちはこのリスクを避けようと、患者が誤嚥性肺炎を起こすと、直ちに食べたり飲んだりすることを禁止してしまうのです。
口からものをおいしく食べることは、人間にとって生きている喜びであり証(あかし)ともいえるものです。この喜びを患者から奪い取ってしまうことに、小山さんは異議を申し立てたい気持ちでいっぱいだったようです。
しかし、臨床に戻ってまだ間もなかった彼女にはなすすべもなく、当初は医師からの「絶飲食」の指示を受け入れるしかありませんでした。
「口から食べる」ケアのための
「KTバランスチャート」を考案
ただ、ここであきらめなかったのが小山さんのすごいところ。まずは、食べ物を口から味わって食べるメカニズムを、あらゆる角度から調べ上げる作業に取り掛かかったのです。
そのうえで、患者ひとり一人が、その人に最も合った方法で口から食べられるようにケアする方法を編み出すための、いわばアセスメントシートともいうべき「KT(口から食べる)バランスチャート」なるものを考案したのです。
このチャートでは、「食べるために必要」と考えられる心身両面にわたる13の項目について、患者の状況を1~5点の5段階で評価してスコア化していきます。
そのうえで、その結果をレーダーチャートにすることにより、「この患者は食べる機能は保たれているのに、食べようという意欲が足りないな」といった具合に、その患者の弱いところと強いところを見つけ、弱い部分にアプローチすることによって、口から食べたり飲んだりできるようにしていこうというものです。
心身両面にアプローチして「食」の自立を
このチャートと、実際の活用方法については、小山さん編集による『口から食べる幸せをサポートする包括的スキル 第2版: KTバランスチャートの活用と支援』、あるいは『KTバランスチャートエッセンスノート』(いずれも医学書院)をご覧ください。
ここでは、「NPO法人 口から食べる幸せを守る会」のホームページで紹介されているKTバランスチャートにある評価の視点、13項目を紹介しておきましょう。
⑴ 心身の医学的視点――①食べる意欲、②全身状態、③呼吸状態、④口腔状態
⑵ 摂食嚥下の機能的視点――⑤認知機能、⑥咀嚼・送り込み、⑦嚥下
⑶ 姿勢・活動的視点――⑧姿勢・耐久性、⑨食事動作、⑩活動
⑷ 摂食状況・食物形態・栄養的視点――⑪摂取状況レベル、⑫食物形態、⑬栄養
小山さんが提唱している「口から食べる」ケアは、胃瘻などにとって替わる栄養補給法の確立だけを目的としているものではありません。あくまでも看護職の専門性である「療養上の世話」の観点から、心身両面にアプローチしようとしていることは、これらの項目を一見すればおわかりいただけるだろうと思います。
「口から食べること」を続けて
サルコペニアへの進展を防ぐ
小山さんは2017年3月いっぱいでそれまで勤務していた病院を辞し、4月からはフリーランスの立場から、「口から食べる」ことを患者にあきらめさせないケアの普及を目指し、全国規模の活動を展開されています。
診療報酬上は、むしろ胃瘻や経管栄養などの人工栄養法を選択した方が、病院にとっては収益につながるという、厳しい現実があります。そのため、小山さんの活動を知った患者や家族から支援を求める声が届いても、病院サイドから受け入れられないことには直接はケアを届けられないという歯がゆさ、もどかしさが拭えないようです。
しかし、この小山さんの活動からは、口から食べてもらうことにこだわることで、低栄養からサルコペニア、さらにはフレイル、そして要介護状態へと進展していくのを何とか食い止めようという強い思いが読み取れるのではないでしょうか。
口から食べることの自立を助けるスプーンを開発
幸い小山さんのNPO法人では、「口から食べること」の大切さを看護職をはじめとする医療関係者のみならず広く一般にも啓発する目的で、全国各地で講演やシンポジウムを主体とした研修会を開催しています。
同時に、臨床現場で「KTバランスチャート」を活用した「口から食べること」をあきらめさせないケアの実技指導などにも力を入れています(詳細は当NPO法人ホームページへ)。
加えて小山さんは、「口から食べる」ためのケア方法を模索する過程で、物を食べるという動作の自立を助けるスプーン、名付けて「KTスプーン(口から食べる) 」を考案しています。詳しくは『「自分で口から食べる」を助けてくれるスプーン』を参考にしてみてください。
なお、最近関心が高まっているNST(栄養サポートチーム)専門療法士については、「NST専門療法士として活動する看護師Sさん」に関連情報をまとめてありますので、ご覧ください。
参考資料:『口から食べる幸せをサポートする包括的スキル 第2版: KTバランスチャートの活用と支援』(医学書院)