コロナ禍を機に
自らの死を考える!?
私たちが闘ってきた新型コロナウイルスは、感染してもおよそ80%の人は「風邪がいつになく長引いている」程度で経過し、安静に過ごすうちに自然に回復していました。なかには、何人かのプロ野球選手のように、抗体検査で陽性と判定されて初めて、自分がこのウイルスに感染していたことを知る人も少なくなかったと聞きます。
しかし、高齢者や基礎疾患のある人、免疫力が低下している人などはそう簡単ではありませんでした。タレントの志村けんさんがその典型例で、緊急入院から12日後に死去したとの報に、このウイルスの怖さを痛感させられた方も少なくなかったのではないでしょうか。
特に志村さんの場合は、国内はもちろん国外でも新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の発症例がさほど多くなく、この病気の様相がほとんどわかっていない時期での発症でした。それだけに、緊急入院以降、集中治療室(ICU)に入室、人工呼吸器装着、さらには転院してECMO(体外式膜型人工肺)を装着するといった手厚い治療の甲斐もなく……、と伝えられるたびに、このウイルスの得体の知れなさに脅威を感じ、自らの感染、そして死をも考え、事前指示書のようなものを作成することを考えた方も少なからずいたと聞きます。
ACPの重要性は
終末期だけに限らない
このような社会の動きも多少は影響したのでしょうか。日本医師会の諮問機関である第16次生命倫理懇談会は5月(2020年)、終末期医療に関するガイドラインを12年ぶりに改定し、そこに本人の意思決定を支援するプロセスである「アドバンス・ケア・プランニング(ACP)」の考えを新たに盛り込んだことを報告しています。
改定されたガイドラインは、「終末期医療に関するガイドライン」から「人生の最終段階における医療・ケアに関するガイドライン」*と名称も変更されています。変更の理由として、本ガイドラインに新たに取り入れるACPの重要性は、終末期だけに限らないことを重視し、「人生の最終段階における」としたと、説明しています。
ちょっと紛らわしいのですが、厚生労働省の「人生の最終段階における医療・ケアの決定プロセスに関するガイドライン」については、こちらの記事を参照してください。
→ 終末期医療・ケアのガイドライン2018改訂
本人にとっての最善の利益は
いかに判断されるべきか
ここで言う「ACPの考え方」については、本ガイドラインの「はじめに」のなかで、次のように言及されています。
「いたずらに延命を試みるよりも、QOL(生活の質)やQOD(死を迎える過程の医療・ケアの質)をより重視し、場合によっては延命措置の差し控えや中止も、本人の医療・ケアとして考慮すべきことである。その判断に当たっては、医学的妥当性だけではなく、ACPの実践に努めることにより、本人の人生観・価値観を含めその意思を十分に尊重し、本人にとっての最善の利益が確保されるように行わなければならない」
ここにある「本人にとっての最善の利益」については、「何が本人にとって最善なのか」迷うところです。この点については、こう説明しています。
「本人にとっての最善の利益は主観的なものであり、客観的な基準により決められるべきものではない。それは第一には、本人の意思決定によるものであるが、それが存在しない場合には本人の推定意思によることになる」
「推定意思」の判断は?
この推定意思については、「ACPが実践されている場合は、そこに表れている本人の人生観・価値観を重視し、何が本人にとっての最善の利益で、何がそれに沿った最善の措置であるのかを判断する」と記しています。
しかし、本人の意思決定が不明な場合もあり、またそれを推定できない場合もあるでしょう。そのような場合には、「本人のQOLやQODを重視し、何が最善の利益、最善の措置であるのかを判断する」としています。
医療現場以外での看取りを配慮し
家族等へのグリーフケアにも言及
本ガイドラインは、ACPを「最大限本人の意思の実現を図るための手段」としたうえで、「人生の最終段階における医療・ケアのあり方」として、次の7項目をあげているのですが、超高齢社会や在宅における療養や看取りの増加を受け、在宅や介護施設の現場に配慮して「かかりつけ医*」という言葉を新たに追加したり、家族等へのグリーフ・ケアについて言及しているのが特徴的です。
- 本人が自らの意思を明らかにできるときから、家族等**および医療・ケアチームと繰り返し話し合いを行い、その意思を共有するなかで、本人の意思を尊重した医療・ケアを提供することが基本的な考え方である
- 担当医・かかりつけ医は、いざという場合、本人が自らの意思を明らかにできない状態になる可能性があることを想定し、特定の家族等を自らの意思を推定する者としてあらかじめ定めておくよう本人にすすめることが望ましい
同時に、本人が意思表示できる間に、人生の最終段階における医療・ケアに関する本人の意思や希望を繰り返し確認するACPの実践をすることも重要である - 本人の生命予後に関する医学的判断は、医師を中心とする複数の専門職種の医療従事者から構成される医療・ケアチームによって行う
- 延命措置の開始・差し替え・変更および中止は、医学的な妥当性を基にしつつも、本人の意思を基本として行う。その意思は、ACPなど、本人の意思決定の支援を経て、医療・ケアチームによって慎重に判断する
- 可能な限り疼痛やその他の不快な症状を緩和し、本人・家族等への精神的・社会的な援助も含めた総合的な医療・ケアを行う
- 家族等に対するグリーフ・ケアに配慮する
- 積極的安楽死や自殺ほう助等の行為は行わない
*「かかりつけ医」について本ガイドラインは、「なんでも相談できるうえ、最新の医療情報を熟知して、必要な時には専門医、専門医療機関を紹介でき、身近で頼りになる地域医療、保健、福祉を担う総合的な能力を有する医師のこと」と説明している。
**「家族等」については、「法的な意味での親族だけでなく、本人の意思を推定し代弁する者として、あらかじめ本人によって定められた人や本人の親しい友人等、本人が信頼を寄せている人を含む」と説明している。
医療・ケア方針決定手続きのフローチャートも
加えて本ガイドラインでは、「人生の最終段階における医療・ケアの方針決定に至る基本的手続き」のプロセスを、「本人の意思が確認できる場合」と「本人の意思の確認が不可能な状況の場合」とに分けて、それぞれのフローチャートを表示し、現場で即活用できるように工夫されています。参考にしてみてください。