この記事は2023年5月6日に更新しています。
慢性心不全患者のACPは
正しい病状認識から
アドバンス・ケア・プランニング(ACP:人生会議)では、患者本人と家族や医療スタッフとの関係性のなかで、これからの生き方、特にもしもの状態に陥ったときの医療やケアの受け方に関する患者本人の思いを引き出し、意思決定を支えるプロセスが重視されます。
このプロセスにおいて、とかく医療スタッフは、心肺停止状態になったときの心肺蘇生を拒否する、つまりDNAR(心肺蘇生拒否)を選択するかどうかについて、本人の意思を確認することに目を向けがちではないでしょうか。
しかし、こと慢性心不全のような循環器疾患患者とのACPでは、本人の正しい病状認識、つまり「進行性の病気であることを理解してもらうことから始めることが大切」と話すのは、急性・重症患者看護専門看護師の高田弥寿子さんです。
今日は、ACP研究会による第1回研究会のパネルディスカッションで語られた高田さんのこの発言をベースに、心不全、とりわけ慢性心不全患者とのACPの進め方、およびそのプロセスにおける留意点について書いてみたいと思います。
なお、2020年度からスタートしている心不全患者に対する療養指導のプロフェッショナル「心不全療養指導士」の認定制度については、こちらで詳しく書いています。
看護職の方の有資格者が多いようです。一度チェックしてみてください。
慢性心不全の経過を踏まえ
希望を与えつつ最悪に備える
ACP研究会(世話人代表:三浦久幸国立長寿医療研究センター在宅連携医療部長)は、欧米で生まれたACPという活動が、日本版ACPとして広く全国の医療・介護現場で普及していくことを願い、2016年2月に設立されました。
設立から4カ月後の6月11日には、「第1回アドバンス・ケア・プランニング研究会」が開催され、ACPに先進的に取り組んでいる病院の経験を共有してACPの普及につなぐことを目的に、パネルディスカッションが開かれています。
パネリストの一人として登壇した高田さんは、ACPの先進病院として知られる国立循環器病研究センターにおいて、2013年という早い時期から循環器緩和ケアチームのメンバーとして活動を続けています。
チームは、医療スタッフからのコンサルテーション(相談)要請に応え、随時、慢性心不全患者や家族を中心とするACP支援を行ってきたそうです。
慢性心不全患者はACPのタイミングを計りにくい
慢性心不全という病気には、急性増悪を繰り返すものの、最期は比較的急な経過をたどるという特徴があります。
そのため、急性増悪なのか終末期なのかの判断は難しく、ACPのタイミングを計りにくいという問題があると、高田さんは指摘します。
この点を踏まえ、高田さんらのチームは、患者や家族には、最善の医療を行うことを保証して希望を与えつつ、最悪の事態に備える時期であることを現実的に考えられるよう、両者のバランスを取りながらアプローチを進めてきたと語っています。
急性増悪を繰り返す慢性心不全は
ACPのタイミングが難しい
こうした経験から高田さんは、慢性心不全という病気がたどる道筋により、患者はいったん急性増悪しても、今回もまたよくなるだろうと期待して将来について現実的に考えられないことがあり、それだけにACPのタイミングが難しいことを指摘。
そのうえで、慢性心不全患者とのACPを実践するうえでの留意点として、以下の4点をあげています。
- 進行性の病気であることを理解してもらうことから始める
- 気がかりや苦痛を確認し対応してからACPを進めていく
- メンタルの落ち込みを最小限にするために、患者の心身の状況に応じたACPの時期の検討や患者にふさわしい方法でコミュニケーションをとりながら進めていく
- 患者の意向は多様であるため、Shared Decision Making*に基づいた対話のプロセスを重視し継続的に進めていく
(引用元:ACP研究会ニュースレター 第一号*¹)
*Shared Decision Making(シェアード・ディシジョン・メイキング)とは、「共有意思決定」と訳されることが多い。インフォームド・コンセントは医師から患者への一方向になりがちだが、Shared Decision Makingでは患者と医療スタッフとがエビデンスを共有し、双方向で話し合い、一緒に治療・ケア方針を意思決定していくことになる。
詳しくはこちらの記事で詳しく書いていますので、読んでみてください。
高田さんが指摘している留意点のうち、「2」の「気がかりや苦痛への対応」に関しては、心不全患者への緩和ケアの重要性についてまとめたコチラの記事がお役に立てると思います。
是非読んでみてください。
心不全学会&循環器学会の
「心不全手帳」を病状認識に活用
慢性心不全患者とのACPを進めていくうえでまず取り組むべき課題として、高田さんは「病状の正しい認識」をあげています。
つまり、慢性心不全が「進行性の病気であることを患者本人に正しく理解してもらうことが大切」だとしているわけですが、その正しい病状認識を促すツールとしては「心不全手帳」が役立つのではないでしょうか。
「心不全手帳」は、日本心不全学会と日本循環器学会が合同で制作、刊行したもので、最新版の第3版が2022年に発行されています*²。
慢性心不全の治療の要となる病気の理解と日常的なセルフケアについて患者向けにわかりやすく解説した内容となっています。
そこでは、「心不全と診断されたら考えていきたいこと」として、ACPの考え方もわかりやすく説明されています。
ACPでは、医療スタッフがつい口にしてしまう専門用語や略語が患者との意思疎通を困難にするといった問題がよく指摘されます。
その点この「心不全手帳」では、患者と医療スタッフが同じ言葉で考えることができるように、あえて医療スタッフが日常的に使用している言葉を使い、その意味をわかりやすく説明するといった工夫もなされています。
この手帳は循環器系の診療科を中心に医療機関で無料配布されています。
あるいは、日本心不全学会のホームページ*²から自由にダウンロードすることもできますから、ACPに活用してみてはどうでしょうか。
なお、高田さんがメンバーとして活動する「心不全緩和ケアチーム」の活動について知りたい方は、『実践から識る! 心不全緩和ケアチームの作り方』(南山堂)が参考になります。
参考・引用資料*¹:ACP研究会ニュースレター 第一号
参考資料*²:日本心不全学会「心不全手帳 第3版」