訪問看護の移動時間は労働時間ではない?

自転車で移動

訪問看護の移動時間は
どう扱われていますか

長時間労働などが原因の過労死や過労自殺を防止するための法律「過労死等防止対策推進法」、通称「過労死防止法」は、施行からそろそろ10年になります。これを受け、このところ過労死や長時間労働をテーマにしたさまざまな報道が続いています。そのなかに気になるニュースがありました。

訪問美容師だった38歳の夫が長時間労働による過労で突然死したのに過労死として認めてもらえないと、2人の幼子をもつ35歳の女性が訴えているというのです。

訪問先への移動時間は労働時間に含まれない?

この女性は、「訪問先への移動時間は労働時間には含まれないため、主人の場合は長時間労働には該当せず労災対象にはならないと、弁護士に言われた」と訴えていました。

ここにある「訪問先への移動時間」という言葉に引っかかりました。聞いた途端に、「同じ訪問サービスだけど、訪問看護師さんの移動時間の扱いはどうなっているのかしら」と、疑問がわいてきたのです。

これまで訪問看護師さんの仕事ぶりを同行取材させていただいたことが何度かあります。その経験から、移動にかかる時間が思った以上に長いことを重々承知していたからです。そこで今回は、以下の2点について、調べたことを書いてみたいと思います。

  1. 訪問看護で利用者宅を訪問する際の移動時間は労働時間として認められるのか
  2. 労働時間として認められるにはどのような事前手続きが必要なのか
訪問看護師・介護士を対象に「業務に無駄を感じること」などを尋ねた調査で、「現場間の移動時間」がトップであったことが報じられています。回答者の6割以上が、「1日平均5件以上」の訪問看護を実施していることから察するに、1日の移動時間はかなりの時間になることが推測されます。

医療保険サービスとしての
訪問看護における移動時間は?

ご承知のように、訪問看護は介護保険サービスとして提供することが基本とされています。例外として、医師が交付する「訪問看護指示書」等により訪問看護を行う場合は、医療保険が適用となります。

この医療保険サービスとしての訪問看護には、「原則として1日1回、訪問サービスの時間は1回30~90分程度で、週に3回まで、1カ所の訪問看護ステーションから訪問看護師1人で対応する」という利用制限のルールがあります。

ただこのルールには例外も認められていて、利用者の状態によってはこの利用枠を超えて医療保険対応の訪問看護を受けることができるようになっています。この場合の、例外が認められる要件については、こちらに詳しく書いてありますので参考にしてください。

医療保険対応の訪問看護には「1日1回、週3日まで」の利用枠がある。患者の病気や状態によっては、この枠を超えて週4日以上、最長で28日利用できる場合がある。その際必要になる「特別訪問看護指示書」や対象となるケースについてまとめた。

訪問のための移動時間は
フリーな時間ではない

そこで、移動時間の話です。医療保険対応の訪問看護の場合、訪問看護ステーションから利用者宅、あるいは利用者宅から次の利用者宅への移動にかかる時間は、「1回30~90分程度」と決められている訪問サービスの提供時間には含まれません。

しかし、移動するのは明らかに訪問看護の利用者宅を訪問するためであり、その移動時間は訪問看護師にとってはフリーに使える時間ではありませんから、「移動時間は労働時間に該当する」という理解が一般的なようです。

つまり、訪問して利用者宅に滞在している時間だけでなく、移動時間も合わせた時間が労働時間となり給料支払いの対象となるということです。とは言え、「訪問看護時の移動時間は労働時間として扱う」と明文化された文書は、現時点ではどこにも見当たりません*

したがって、訪問看護ステーションの経営者(あるいは管理者)と雇用契約を交わす際には、万が一長時間労働の是正を求める必要が生じた場合に備え、この点をきちんと確認し合い、そのための一文を残しておく必要がありそうです。

すでに雇用契約を交わしている方は、移動時間の扱いについて、改めて経営者と話し合っておくことをお勧めします。

*訪問介護における移動時間の取り扱いについては、令和3年1月に厚生労働省老健局から通知*²が出されている。

介護保険サービスとしての
訪問看護における移動時間

介護保険サービスとして行う訪問看護の場合も、移動時間の考え方は、基本的に医療保険の場合と大差ないようです。

たとえば、厚生労働省労働基準局が作成、発行している訪問介護労働者の法定労働条件について解説したパンフレットがあります。

ここでは、訪問介護の業務に直接従事する時間だけでなく、移動時間や業務報告書等の作成に要する時間なども労働時間に該当するとしたうえで、「移動時間」については次のように説明しています。

移動時間」とは、業務に従事するために必要な移動と使用者が判断して、その指示命令により事業場、集合場所、利用者宅の相互間を移動する時間のこと。
この移動時間中の自由利用が労働者に保証されていないと認められる場合には、労働時間に該当する。ただし、通勤時間は労働時間には該当しない。
    (参考資料:厚生労働省『訪問介護労働者の法定労働条件確保のために』*²P.3)

なお、過労などによる就業不能時の「公的保障」や民間の「就業不能保険」に関心のある方は、こちらを参照してください。

新型コロナウイルスの脅威は、「感染して働けなくなり収入が途絶える」不安を抱かせる。2人の子どものシングルマザーである友人から、「就業不能保険に加入すべきか否か」の相談を受け、「働けなくなったとき」の公的保障制度と「就業不能保険」について調べてみた。

厚労省が長時間労働中心に
過労死認定基準を調整

厚生労働省は、長時間労働などによる過労死を労災認定する基準について、20年ぶりの見直しに向け、2020年度に有識者会議を設置して検討作業を行い、その結果を2021年7月に報告書としてまとめ公表しています。

過労死を労災認定する基準は、2001年に作られた「脳血管疾患および虚血性心疾患等の労災認定基準」が、また「過労自殺」については、2011年に策定された「強い心理的負荷による精神障害の労災認定基準」が現在も運用されています。このうち見直しが行われたのは過労死認定基準です。

この「過労」については、疲労の蓄積をもたらす最も重要な要因とされる長時間労働につき、近年の医学的側面からの研究に基づく新たな知見を積極的に取り入れて、いわゆる「過労死ライン」が決められています。報告書では、この基準は変更されなかったものの、以下が追加されています。

  • 過労死ライン(時間外労働が月80時間以上)を超えていなくても労災と認める場合があること
  • 労働時間以外の負荷要因として、「重篤な心不全」「勤務時間の不規則性」「事業場外における移動を伴う業務」「心理的負荷を伴う業務」「身体的負荷を伴う業務及び作業環境」の追加
厚生労働省は、「過労死をゼロにし、健康で充実して働き続けることのできる社会へ」をモットーに、「STOP!過労死」の啓発パンフレットを用意している。パンフレットの13-14pには、「労働条件や健康管理に関する相談窓口一覧」があります。

参考資料*¹:PRTIMES 2023年11月8日 「CareMakerが訪問看護・介護に関するアンケートを実施」

参考資料*²:厚生労働省「訪問介護労働者の移動時間等の取り扱いについて

参考資料*³:厚生労働省「訪問介護労働者の法定労働条件確保のために」