通院・在宅患者の抗がん剤曝露防護策は?

水辺にて

本ページはプロモーションが含まれています。

尿中に排泄される
抗がん剤による環境汚染

病院に取材で行くと、必ずやっていることがあります。本来の目的である取材を終えた後、病院ロビーのソファに腰かけてしばし時を過ごすのです。周りは、診察を終えて会計の順番待ちをしている患者さんや家族ばかりですが、そんな彼らが何気なく交わしている言葉が、時に次の取材のヒントになったりするのです。

その日、私の隣りには60歳代とおぼしきカップルが坐っていました。少しすると男性が、「ちょっと、トイレに行ってくるわ」と立ち上がりました。

すると、おそらく奥さんでしょう、一緒にいた女性がすかさず「忘れずに洋式トイレに坐ってやってね。水は2回流すのよ」と声をかけたのです。

これを聞いて、ああ、おそらくこの男性は外来で抗がん剤治療を受けてきたんだろうなと、勝手ながら推察しました。と同時に、そうだった、病院のトイレにはこういう問題、つまり尿中に排泄された抗がん剤による環境汚染という問題があったんだ、と思い出したのです。

そこで、実際に抗がん剤による治療を受けている患者さんの尿や便に排出され、周囲に飛散する抗がん剤による曝露(ばくろ)を防ぐにはどのような対策がとられているのか調べてみましたので、今回はその辺の話を書いてみたいと思います。

抗がん剤曝露のリスクは
入院中だけでなく外来や在宅でも

病院内で直接抗がん剤を取り扱っている医療スタッフが抗がん剤を直接吸い込んだり、皮膚に接触したりして抗がん剤汚染を受ける、いわゆる抗がん剤の職業性曝露を防止するための対策は、病院単位でも個人レベルでもかなり徹底して行われているようです。

がん患者にかかわる看護師には、抗がん剤の職業的ばく露というリスクがある。調剤業務の担当者ほどではないにしても、抗がん剤治療中の患者の処置やケアにおいては、ガイドラインなどを参考に、ばく露防止策の徹底が欠かせない。そのポイントをまとめた。

抗がん剤の投与を受けている患者さんの、投与から48時間以内の排泄物(尿や便、唾液、汗、血液など)には、微量ながら必ず抗がん剤が含まれていることがわかっています。なかでも1日に排泄する回数の多い尿に含まれる抗がん剤、もしくはその代謝産物の量は、排泄物のなかで最も多いとされています。

そのため、抗がん剤投与後、少なくとも48時間以内の患者さんからの排泄物を取り扱う際は、専用のグローブ、マスク、ガウン、ゴーグルの4つの個人用防護具を着用することが推奨されています。

このことは、がん領域のみならず抗がん剤治療を受けている患者さんにかかわる看護師さんなら重々承知のうえ、日々実践しておられるでしょう。

ただ、最近はやっかいなことに、冒頭で私が勝手に推測した男性のように、抗がん剤の投与を受けているのは、入院中の患者さんだけとは限りません。自宅から外来通院しながら点滴や注射により投与を受けている患者さんもいれば、自宅で経口の抗がん剤を服用する患者さんも、どんどん増えています。

そのため抗がん剤の曝露による健康被害を防ぐ対策は、病院内の、それも抗がん剤治療を受けている患者さんが入院している病棟や抗がん剤治療を行う外来フロアだけでやっていればいいというわけにはいかなくなっているのです。

尿中に排泄された抗がん剤の
飛散性を踏まえた防護策を

通院や在宅も含め、抗がん剤の投与を受けた患者さんの排泄物のなかで、曝露対策として最も注意したいのは尿です。

尿中に排泄される抗がん剤の量が、他の排泄物と比較して多いということも一因ですが、特に注意したいのは、とりわけ男性では、排泄時に尿といっしょに排泄される抗がん剤がトイレ内に飛散しやすいという問題があるからです。

細胞に対する高い毒性をもつ抗がん剤の職業性曝露を防護する具体的な方法については、日本がん看護学会、日本臨床腫瘍学会、日本臨床腫瘍薬学会の3学会が合同で策定した曝露防護対策のガイドライン最新版『がん薬物療法における職業性曝露対策ガイドライン 2019年版』*¹に詳しくまとめられています。

本ガイドラインでは、抗がん剤治療中の患者の尿中に排泄される抗がん剤の飛散性を考慮して、尿を排泄する際は、女性のみならず男性も洋式便器にて坐位で排尿して飛散を極力減らすよう促しています。

さらに、排尿後は便器の蓋を閉めてから水を十分量、節水のため水量を調整している点を考慮して2回流すこと、また便器の周りを尿で汚染させないように意識しながら排尿することを勧めています。

抗がん剤を含む尿で床が汚染されたらすぐに拭き取る

ところで、病院のような不特定多数の人が使用するトイレでは、抗がん剤やその代謝産物を含む患者さんの尿で便器の周囲や床が汚染されたままになっていると、その床を踏んだ複数の人の靴裏に付着して病院内に環境汚染が拡散されるリスクが考えられます。

実際にそうなった場合、具体的にどのような健康被害が発生するのかは正確にはわかっていないようです。しかし、いずれにしても不衛生であることには変わりがありません。

抗がん剤治療を受けている患者さんへの指導を徹底すると同時に、便器周りや床が濡れているときはすぐ、完全に拭き取っておくよう清掃業者に指導しておくことも必要でしょう。

なお、排尿時に飛散した抗がん剤の無毒化には、次亜塩素酸ナトリウム溶液(キッチン泡ハイター など)や70%エタノール液(消毒用エタノールIPA スプレー式 )、水酸化ナトリウム液、オゾン水などの不活剤がいいようです。

家庭のトイレでは、市販されている洋式トイレ用の尿吸着と消臭作用のあるマットを敷き、これを定期的に交換する方法が勧められます。

参考資料*¹:『がん薬物療法における職業性曝露対策ガイドライン 2019年版』(金原出版)