抗がん剤の職業性曝露防護策は万全ですか

看護師の抗がん剤ばく露

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がん看護で避けられない
「抗がん剤曝露(ばくろ)」リスク

都内の大学病院で働く20代の看護師の知人から、「私の将来について相談したいことがあるのですが……」とのメール。看護師になってちょうど2年半の彼女です。

「結婚話かな……」「仕事がきついから転職したいとでもいうのかしら……」等々、あれこれ想像を巡らせ、「看護師をやめたいという話だったら、どんな仕事もそれなりの苦労はあるのだから」とカツを入れてやろうなどと考えながら、約束の場所へ向かいました。

ところが、会って話を聞いてみると、私の想像は完全に的外れ。彼女には仕事がつらいとか、看護師をやめたいなどという考えはみじんもなく、彼女はむしろ前向きでした。「この先も臨床で看護師を続けていきたい」と気持ちは固まっていて、大学院で勉強をし直し、是非とも「がん看護専門看護師の道に進みたい」というのです。

ついては、「がん患者にかかわっていく以上は、抗がん剤を取り扱うことは避けられないと思うのですが、抗がん剤の職業性曝露ということが引っかかるんです。その影響は子どもの世代に及ぶ可能性もあると聞くと、心配になります。やはりいずれは結婚して母親にもなりたいですから……」という相談だったのです。

抗がん剤の曝露リスクが
最も高いのは調剤業務

抗がん剤による職業性曝露のリスク、つまり抗がん剤治療を受けている患者にかかわる看護師さん等医療スタッフが抗がん剤汚染を受ける危険があることは、わが国においても、ここ数年の間に広く知られるところとなっています。

ことはがん医療に携わるスタッフ個々の健康にかかわることだけに、曝露防止に向けた取組みがさまざまなレベルで進められていることは承知しており、彼女の相談に応えるだけの知識は持ち合わせているつもりでした。

抗がん剤は取り扱っている間にエアロゾル化(気化)して、空中に拡散します。そのため、まずは抗がん剤を調製(ミキシング)する段階で、そのエアロゾル化して空中を浮遊している抗がん剤を吸入して、汚染される危険があります。

調製を終えたあとの手洗いが不十分であれば、手についた抗がん剤を食事の際に、経口的に体内に入れてしまうリスクもあるでしょう。

このことから明らかなように、抗がん剤の職業性曝露リスクが最も高いのは、その調製段階ですが、この業務は薬剤部が一手に引き受け、「安全キャビネット」や「クリーン・ベンチ」と呼ばれる隔離されたなかで行う医療機関が、最近は多くなっているようです。

ですから、この調製段階で看護師さんが抗がん剤にさらされる危険はまずないと考えていいのでしょう。ただ、病院の規模によっては抗がん剤の調製場面に看護師さんが居合わせることがあるかもしれません。

そんなとき、そこにクリーン・ベンチのような設備がないことも考えられますから、その際は、徹底した曝露防護策が求められることはいうまでもありません。

専用防護具の装着により
抗がん剤曝露リスクを防ぐ

看護師さんが抗がん剤の曝露を強く意識して動く必要があるのは、そのあとです。抗がん剤の入った輸液パックから輸液ラインを外すときやラインの末端を操作するときに、輸液が飛散して、からだに付着することも起こりえます。

このような不測の事態に備え、用意されている専用の個人用防護具(personal protective equipment:PPE)、つまりマスク、手袋、ゴーグル、ガウン、キャップを、面倒がらずにきちんと装着してから抗がん剤投与中の患者にかかわるようにすれば、曝露を受ける危険は十分避けることができます。

抗がん剤による化学療法を受けている患者から排泄される汗や尿、便、さらには内服による治療中であれば服用直後に多い嘔吐物などは、そのすべてに、特に治療後2~3日間は、抗がん剤が含まれていることがわかっています。

ただ、その量はごく微量ですから、その処理の徹底、およびガウンテクニックと手洗いなどをきちんとしている限り、曝露を受けるリスクはまずないと考えていいようです。

エアゾール化した抗がん剤による
環境汚染を防ぐ

むしろ注意が必要なのは、抗がん剤の入った輸液で使用した輸液ルートや輸液パックの扱いです。これらは終了後直ちに密封処理することが求められているのですが、それを怠り処置室などに放置していると、ルートやパック内に残っていた抗がん剤が空中に浮遊して環境を汚染し、曝露を受けるリスクを高めることになりかねません。

このような抗がん剤による職業性曝露については研究が進んでおり、防護策も普及していますから、幸いこれまでに、医療スタッフが抗がん剤曝露により深刻な健康被害を受けたという報告は、私が調べた限り、どこにもないようです。

以上は、これまでがん看護専門看護師やがん化学療法認定看護師、さらにはがん薬物療法認定薬剤師の方々への取材から得られた知識を、アトランダムにまとめたものです。

彼女と会った翌日、以上の情報をメールで伝え、日本がん看護学会が参加して作成した『がん薬物療法における職業性曝露対策ガイドライン 2019年版などもあり、「手のうちようはあるから、心配しすぎないで目標に向かって進んでほしい」旨、付記しておきました

胃瘻からの抗がん剤投与時も
防護策の徹底を

別件で消化器外科の医師を取材した折に、たまたまがん薬物療法施行時の抗がん剤による職業性曝露が話題になりました。

その医師が「とても気になっていることがある」として、胃瘻から抗がん剤を投与するときにあまりに無防備な看護師さんが多いと話してくれました。その時求められる防護策を要約すると、まずは以下の3点を徹底する必要があるとのことです。

  1. 抗がん剤投与を開始する前に、胃瘻カテーテルを接続チューブを必要としないチューブタイプに交換しておく
  2. 抗がん剤を準備する前に個人用防護具、いわゆるPPE(マスク、手袋、ゴーグル、ガウン、キャップ)を装着する
  3. 薬剤の溶解に使用した容器や投与時に使用するカテーテルチップはすべてディスポーザブル(使い捨て)にする

詳細は、前掲のガイドラインあるいは日本がん看護学会による『見てわかるがん薬物療法における曝露対策 第2に明記されていますから、是非実践を!!

看護師は日頃から
免疫力を高めるセルフケアを

参考までに、抗がん剤を曝露時の急性症状としては、皮疹、目の刺激、喉の刺激、咳嗽などで、その対応策はガイドラインに明記されていますのでチェックしておけば安心でしょう。

さらに、これは感染防護策などに共通することですが、看護師さんの抗がん剤曝露防護策の基本として、ご自身の免疫力を日頃から高めるように、食生活面や睡眠を中心とするセルフケアに努めることも忘れないでいただきたいと思います。

抗がん剤治療を通院や在宅で受けている際の曝露対策

なお、通院や在宅で抗がん剤治療を受けている患者は年々増加しています。その際の曝露対策についてはこちらをご覧ください。

かつては入院患者に限られていた抗がん剤治療が、最近は外来や内服により在宅でも行われている。自ずと抗がん剤曝露対策は院内だけでなく家庭においても欠かせない。特に、治療後48時間以内の患者の尿の取り扱いには注意が欠かせない。

参考資料*¹:がん薬物療法における職業性曝露対策ガイドライン 2019年版』(金原出版)

参考資料*²:『見てわかる がん薬物療法における曝露対策 第2版』(医学書院)