119番コールで駆けつけると
患者は心肺停止状態だが……
末期がんなどで在宅療養を続けている患者が急変すると、家族らは慌てて119番をコールして救急隊の出動を要請します。
要請を受けて救急隊員が駆けつけたところ、患者はすでに心肺停止の状態になっていた、ということは決して珍しくないようです。あるいは、救急要請を受けて出動し、最寄りの医療機関に患者を搬送している救急車の中で、患者が急変して心肺停止状態に陥ることも少なからずあるでしょう。
このような事態に直面すると、救急隊員は、即座に人工呼吸や心臓マッサージ、場合によってはAEDによる電気ショックといった心肺蘇生処置にとりかかります。救急車を呼ぶということは「SOS」、つまり「いのちを救ってほしい」というサインだと考える救急隊員としては、当然の対応と言っていいでしょう。
ところが、その場に居合わせた家族から、「本人は望んでいませんから」などと心配蘇生を断られるケースがこのところ相次ぎ、いのちを救うことが使命と考える現場の救急隊員からは、戸惑いの声が上がっています。
日本臨床救急医学会が
蘇生拒否への対応手順を提示
高齢化が進み、自宅や高齢者施設などで最期を迎える人が急激に増えるにつれ、救急隊員らのこうした戸惑いの声はますます多くなっています。これにまず対応したのは、日本臨床救急医学会でした。
2017年4月7日、当学会は、「人生の最終段階にある傷病者の意思に沿った救急現場での心肺蘇生等のあり方に関する提言」*¹を発表しています。
この提言では、救急隊員が心肺蘇生などの処置を希望しないという患者の意思を書面によって確認できた場合を想定し、救急隊員がとるべき基本的対応を次の3段階で示しています。
- 救急現場に到着した救急隊は、心肺蘇生等を希望しないことが医師の指示書などの書面で提示されたとしても、まずは心肺蘇生等を開始する。
- 心肺蘇生等を継続しつつ、救急隊は患者のかかりつけ医に直接連絡して心肺停止の状況について報告し、医師の指示書などの記載内容と心肺蘇生等の中止の是非について確認する。
かかりつけ医に連絡がとれない場合には、オンラインでメディカルコントロール(医学的管理)を担っている医師に連絡し、代役として指示を求める。
この間においても心肺蘇生等の継続を優先する。 - 救急隊は、心肺蘇生等を中止する旨の具体的指示をかかりつけ医等から直接確認できれば、その指示に基づいて心肺蘇生等を中止する。
心肺蘇生を望まないなら
119番通報しない社会に
救急隊員が出動先の現場で、心肺停止状態となった患者への蘇生処置を家族などから拒否された場合の対応に関するこの提言で、とても興味深いのは、「心肺蘇生等を望まないのであれば、119番通報に至らないのが理想であろう」とはっきり指摘している点です。
続けて提言は、そのような社会、つまり自分のもしものときのことを事前に考え、そのこころづもりを家族やかかりつけ医に伝えて書面化しておくことが当たり前のようにできる社会を実現するために、「関係各位の取り組みを求める」としています。
事前指示書やACPの普及が待たれる
この提言は、自然なかたちでの在宅死を望んでいる患者は、もしものときでも119番コールをすべきではないという話ではありません。
判断に迷ったときは躊躇することなくまずは救急隊員に助けを求め、必要な処置を受けながら事前指示書のような書面を提示します。書面が確認できれば、救急隊員はかかりつけ医に連絡して指示を確認し、患者が望む対応をしてくれるはずです。
このような話を、担当している患者や家族に伝えるとともに、事前指示書やアドバンス・ケア・プランニング(ACP、いわゆる「人生会議」)の取り組みを促していくことも、訪問看護師や退院支援看護師を中心とする看護職に求められる役割ではないでしょうか。
救急現場でかかりつけ医から
中止の指示を得られるか否か
救急現場で「心肺蘇生拒否」が相次ぐ問題については、救急隊員の所轄官庁である総務省消防庁も事態を深刻に受け止め、早くから検討部会を設置して、心肺蘇生を中止しても法的に問題がないかも含め、種々対応を検討してきました。その結果を2019年7月3日に報告書にまとめて公表しています。
そこでは、現段階では蘇生中止を認める具体的な基準を全国統一方針として示すことは困難としているものの、救急隊員が現場で患者のかかりつけ医に連絡して中止の指示が得られれば、蘇生をやめても問題はない、としています。
半数以上が「心肺蘇生拒否」を経験している
消防庁が2017年に行った調査*²では、救急現場において本人もしくは家族からの「心肺蘇生拒否」を経験しているのは、全国に728ある消防本部(原則として自治体が設置している常備消防機関)のうち、半数を超える403本部とのこと。
また、2018年9月にまとめた実態調査では、「心肺蘇生拒否」への対応方針を個別に「定めている」のは332本部と全体の半数以下でした。
その対応方針の内容で最も多かったのは「心肺蘇生を実施しながら医療機関に搬送する」が201本部(60.5%)、次いで「医師からの指示など一定の条件の下に心肺蘇生をしない、または中断する」が100本部(30.1%)となっています。
いずれにしても、患者本人の意思が尊重されるかどうかは、その場でかかりつけ医からの指示が得られるかどうかにかかっているということのようです。
救急救命士の活動範囲広がる
なお、救急救命士の多くは消防署などに所属していますが、病院勤務の方も少なくありません。その救急救命士の院内での業務範囲が2021年10月から拡大し、救急外来で医療チームの一員として救急救命処置を行えるようになっています。