経管栄養も静脈栄養も望まない患者の栄養ケア

飲み物

経管栄養も静脈栄養も拒否し
「自然にゆだねたい」患者

事前指示書やエンディングノート、さらにはアドバンス・ケア・プランニング(ACP:愛称「人生会議」)が、このところ徐々にながら、広まりを見せています。そこでは、人生の最終段階を想定して「あなたは延命治療を受けたいですか、それとも延命はしてほしくないですか」という問いかけが必ず行われます。

この延命治療の一つとしてよく問われるのが、自分の口からものを食べたり飲んだりすることが難しくなったとき、胃瘻造設(Percutaneous Endoscope Gastrostomy;PEG)を含む経管栄養や中心静脈栄養などの人工栄養を希望するかどうかについてです。

口からの栄養補給が困難になると、医療現場では、多かれ少なかれ人工的な手段により栄養を確保しようとするのは、長い間当たり前のことのように行われてきたように思います。

ところが10年ほど前からでしょうか。「自然死」とか「平穏死*」「尊厳死」をテーマにした書籍が話題になり、メディアなどでも取り上げられるようになったころから、経管栄養も静脈栄養も拒否し、「自然のままにゆだねたい」と希望する声が高まってきています。

*平穏死については、こちらを参照してください。
石飛幸三医師の『平穏死のすすめ』がベストセラーになって以降、「平穏死」という言葉が「尊厳死」と同義語のように使われています。高齢者には延命治療はやめ、苦しまず、穏やかに最期の時間を過ごしてほしいとの願いが込められているのですが……。

厚労省調査でのトップ回答は
胃瘻も経管栄養も「望まない」

厚生労働省の「人生の最終段階に開ける医療の普及・啓発の在り方に関する検討会」は2018(平成30)年3月、「人生の最終段階における医療に関する意識調査」と題する報告書をまとめ、公表しています*¹。

そのなかに、末期がんで、食事や呼吸が不自由ではあるものの、痛みはなく、意識や判断力も健康なときと同様の状態にあることを想定して、あなたは「口から十分な栄養をとれなくなった場合、首などから太い血管に栄養剤を点滴すること(中心静脈栄養)」を希望するかどうかを問う質問があります(p.58-59)。

この問いに最も多い回答は「望まない」で、一般国民の57.6%、医師の70.1%、看護師の74.3%、介護職員の80.6%を占めています。一方、「望む」と回答したのは、一般国民で13.8%、医師15.7%、看護師13.3%、介護職員7.8%となっています。

また、「鼻から管を入れて流動食を入れる(経鼻栄養)」医療についても、「望まない」との回答が最も多くなっています。さらに「手術で胃に穴を開けて直接管を取り付け、流動食を入れること(胃瘻)」についても、「望まない」が、一般国民71.2%、医師85.1%、看護師86.7%、介護職員89.8%と、いずれの群でも圧倒的に多くなっているのです。

日本老年医学会ガイドラインも
「自然にゆだねる」ことを容認

こうした趨勢もあり日本老年医学会は、『高齢者ケアの意思決定プロセスに関するガイドライン――人工的水分・栄養補給の導入を中心として』において、人工的な水分や栄養補給を本人が拒否するなどにより、本人の益にならないと判断される場合は、「自然にゆだねる」ことを推奨しています*²。

そのうえで、「自然にゆだねる」場合は、嚥下が可能であることを前提に、水分や食べ物を口から摂取できるように工夫することにより、食べる喜びや満足感、さらには生きがいにつなげることができる、としています。

また、「口から食べられない状態になっても人工栄養は受けたくない」という選択をする患者のなかには、「とはいえ、何も飲み食いしないままで、空腹感でつらくなるようなことはないだろうか」と一抹の不安を覚える患者もいるようです。

この点については、長年、在宅高齢者への訪問診療を続けている医師から、次のような説明を受けたことがあります。

「終末期になり口からものが食べられなくなった状態で静かに生活しているときは、消費エネルギーも少ないため、空腹感でイライラするようなことにはならない。実際私が看取った患者さんで人工栄養を拒否された方で飢餓感で苦しんだ方はひとりもいませんでした」

口から食べることにこだわる患者に
経腸栄養剤「エンシュア」を

人工栄養を選択しない患者の間で、最近、人気と言ってはいささか語弊がありますが、食事代わりに好んで飲まれている栄養ドリンクに「エンシュア」があります。

たんぱく質、糖質、脂質といった栄養素に加え、ビタミンやミネラルなどの栄養素をバランスよく、しかも効率よく摂取できるように開発された「経腸栄養剤」で、正式には「エンシュア・リキッド」と呼ばれる医療用医薬品です。

最近では、ある著名な医師が、中咽頭がんで手術を受け、その翌年肺への転移が見つかって放射線治療を受けたこと、その間ずっと「エンシュア」だけを食事代わりにしてきたことを体験記として月刊誌で公表しています。

ちなみにこの医師は、すでに5年生存率をクリアし、現在は10年生存率もクリアすることを目指しているとも記しておられます。詳しくはこちらの記事をご覧ください。

がん患者や誤嚥性肺炎のリスクにより口から食べることを「やめたほうがいい」と医師から言われる高齢者の間で、「エンシュア・リキッド」という栄養剤が人気と聞く。医薬品だから医師の処方が必要だが、胃瘻などの人工栄養を選択する前に検討してみてはどうか。

この医師以外にも、誤嚥性肺炎のリスクを指摘されたものの「口から食べることにこだわりたいから」と、このエンシュア製品を選択する高齢者が少しずつ増えているそうです。ちなみにこの誤嚥リスクがある場合は、とろみ調整剤でとろみをつけることが多いようです。

嚥下障害があるとエンシュアなどの経腸栄養剤は流動性が高く、誤嚥しやすい。そのリスクを避けようと「とろみ調整用食品」でとろみをつけようとしても、うまく混ざらないという経験はないだろうか。その解決策として、二度混ぜ法を紹介。併せてとろみ調整用食品の使用法も。

「エンシュア」は
医師の処方で保険適用に

エンシュア・リキッドは、1mlが1Kcalになるように調整された、経口摂取もできる経腸栄養剤です。1缶(250ml)飲めばエネルギーが250Kcal、たんぱく質と脂質がそれぞれ8.8g、炭水化物が34.3gとれるようになっています。

食事が十分とれない人に食事代わりに飲んでもらえるようにと、フレーバー(香料)を変えて「バニラ味」「ストロベリー味」の2種類が用意されています。

高エネルギーの「エンシュア・H」

エンシュア・リキッドには、「飲む量を減らしたい」「水分を制限したい」方用の、「エンシュア・H」という濃縮された高エネルギータイプもあります。こちらは1缶(250ml)で375Kcal、たんぱく質と脂質がそれぞれ13.2g、炭水化物51.5gと効率的に栄養補給できるように調整されています。

このタイプも、飽きずに経口摂取できるようにとの配慮から、「バニラ味」「コーヒー味」「ストロベリー味」「メロン味」「バナナ味」「黒糖味」のほか、最近になって「抹茶味」が新たに加わっているようです。

エンシュア・リキッドもエンシュア・Hも医療用医薬品ですから、入手には医師の処方箋が必要です。「たとえば嚥下障害により食事摂取が困難で、低栄養状態が続いている」ことなどを根拠にした処方箋があれば即、公的医療保険が適用になります。

エンシュア・リキッドの薬価は0.54円/mlですから1缶(250ml)135円、エンシュア・Hは0.95円/mlですからですから1缶(250ml)237.5円となり、患者は医療保険の自己負担分(1~3割)を支払えば手に入れることができます。

なお、エンシュアを無理なくおいしく、かつ栄養的なロスもなく飲む工夫については、こちらを参考に、患者にお伝えください。

エンシュア・リキッドを食事として栄養を確保しているがん患者や高齢者が増えている。必要な栄養素がバランスよく配合されていて、味もバニラ味、コーヒー味など何種類か用意されているのだが、もともとの栄養価を下げずにおいしく飲むには少しの工夫も必要だ。

また、エンシュア以外の経口摂取用経腸栄養剤については、こちらをご覧ください。

誤嚥リスクなどにより食事だけではカロリーも栄養素も十分とれないときは、不足分をエンシュア・リキッドなどの経腸栄養剤で補うことができる。あるいは経腸栄養剤を食事代わりにすることも。その際に利用できる経腸栄養剤の特長と効率的な利用方法をまとめた。

参考資料*¹:厚生労働省「人生の最終段階における医療に関する意識調査」報告書

参考資料*²:日本老年医学会『高齢者ケアの意思決定プロセスに関するガイドライン――人工的水分・栄養補給の導入を中心として』