ナイチンゲールと統計学と看護研究




電卓と統計

ナイチンゲールは
統計学の実践者でもあった

厚生労働省の「不正統計問題」は、ここにきてやっと沈静化しつつあるようです。
長年にわたり、月毎の賃金や労働時間の変化に関する統計調査が極めて不適切な手法で行われてきたという、まさに前代未聞の不祥事と言っていいものです。

そんななか、看護界のみならず広く世界の人々に「近代看護の生みの親」として知られるフローレンス・ナイチンゲールが、実は非常に優秀かつ先駆的な統計学の実践者であったことが、改めてクローズアップされているのをご承知でしょうか。

ナイチンゲールは、ロシアとトルコの間に勃発したクリミア戦争に、彼女の母国であるイギリスが参戦を決めた1854年、自ら志願し、38名から成る従軍看護師団のリーダーとして戦地に赴き、野戦病院で看護活動に励んでいます。
このことは、皆さんもよくご存知のことと思います。

このとき目にしたことや体験したことから編み出された健康観や人間観をベースに、ナイチンゲールは数多くの著作のなかで「看護とは何か」を説いてきました。
そこで縷々語られていることは、160年を優に過ぎた今もなお、さまざまな場において人びとの健康やいのちを守ることに貢献している多くの人たちにとり、常に活動の拠り所となっていると言っていいでしょう。

ナイチンゲールの統計値が
戦死兵士の死因を明らかに

とかくナイチンゲールについては、こうした看護に関することだけが評価されがちです。
ところが、ナイチンゲールの本当の偉大さは、むしろ別のところにあったとする論調が、今回の厚生労働省の統計不正問題に絡み、あちこちで語られています。

上流階級の家庭に生まれたナイチンゲールは、幼い頃からエリート教育を受けていました。
そんななかで、数学や統計学にとりわけ強い興味を持ち、統計学のプロである家庭教師について学んだという話を、ナイチンゲールを取り上げた偉人伝で読んだ記憶があります。

クリミア戦争真っただ中の戦地に赴いたナイチンゲールは、身に着けた数学や統計学の知識を駆使し、戦地で次々にいのちを落としていく兵士や傷ついて床に臥せる兵士たちの死因や病因に関する膨大なデータを詳細に分析しました。

その結果明らかになったのは、戦闘そのものによる死傷者よりも傷を負った後の不十分な治療や栄養状態の悪さ、さらには野戦病院の劣悪な衛生環境のもとに置かれたがために傷がさらに悪化したり、新たな病気を併発していのちを落とす兵士の方が多い、といった実態でした。

ナイチンゲールの戦地報告が
国を動かし兵士死亡率低下に

ナイチンゲールが取りまとめ、母国に届けた戦地報告書は、戦地から遠く離れたところにいて、しかも統計学上の数字になじみのない議員や役人たちにも理解できるように、死因分析や病因分析を表す図表に工夫を凝らし、ひと目でわかるようにした見事なものでした。

今でこそ、エクセルやパワーポイントを活用すれば、統計値をグラフ化するなどして視覚に訴えるプレゼンテーションを行うことは簡単にできます。
しかし当時は、そうしたツールはいっさいありませんでした。また統計値をグラフ化して見せるという手法も、いまだ一般的ではありませんでした。

そんななかでナイチンゲールが、ヴィクトリア女王への報告のために考え出したのが、「鶏のとさか」と呼ばれる独特な円グラフでした。
この「鶏のとさか」は、今ではエクセルでこのグラフを描く方法が紹介されているほど一般化され、正確な統計には欠かせないものになっています。
おそらくは看護研究や看護管理に活用されている方も少なくないのではないでしょうか。

ナイチンゲールが戦地の実態を的確に伝えた戦地報告書は、ヴィクトリア女王の口添えもあって、国を大きく動かしました。
野戦病院の衛生状態や環境、そして兵士たちの食糧事情も大幅に改善され、兵士の傷病率や傷病兵の死亡率が劇的に低下したと言われています。

ナイチンゲールの統計業績を
看護研究に生かしていくために

兵士の傷病率や死亡率が著しく低下した背景には、戦地に到着したナイチンゲール率いる看護師たちの真摯な看護の取り組みがあったことも見逃せないでしょう。
彼女たちは、「病人の看護と健康を守る」基本として、兵士たちが置かれているあまりに非健康的な環境を改善することから取り掛かりました。

驚くほど不衛生な状態で放置されたまま、足を踏み入れることさえままらなかった病院の便所掃除をすることを手始めに、彼女たちは、病室の換気の確保、寝具類の洗濯、混ざり物のない水の確保、排水および下水設備の設置等々、間を置くことなく次々と取り組みました。

その甲斐もあってか、クリミア戦争は、ナイチンゲールが戦地に赴いてから2年後の1856年、事実上の戦勝国なきまま終戦を迎えています。
ナイチンゲールは帰国後も、衛生統計への情熱を失うことなく活動を続け、1857年にはイギリス統計学会の会員に選出され、現在の「国際疾病分類」の礎となる疾病に関する統計を提案するなどの偉業を残しています。
あまりに著名な『看護覚え書き』が出版されたのは、この2年後、1859年のことでした。

この5月、WHO総会で「国際疾病分類」の第11版改訂版が承認された。この改訂で世界的注目を集めているのは「性同一性障害」が精神障害から除外されたこと。全国に4万6000人いると推計される彼らの人権尊重を意図した特例法はこの先どうなるのか……。

このようにナイチンゲールの活動を少し別の角度から振り返ってみると、正確な統計に裏づけられた的確な看護研究であれば、国の保健行政や健康関連行政を動かすだけの力を持ちうることに、改めて気づかされます。

看護の視点があるからこそ気づくこと、気にかかることにこだわりを持ち続けることに加え、数学や統計学の確かな知識を我がものとして、いずれナイチンゲールがして見せてくれたような、現実を見据えた確かな提案が生まれることを心待ちにしています。

ナイチンゲールの統計学者としての一面を知るには、以下の本が参考になります。
⇒『ナイチンゲールは統計学者だった!-統計の人物と歴史の物語-』(日科技連出版社)
⇒『統計学者としてのナイチンゲール』(医学書院)