コロナ禍で考える「情報リテラシー」のこと




情報

コロナ禍初期に勃発した
トイレットペーパー騒動

「トイレットペーパーが品薄になって手に入らなくなるかも……」

そんなデマがソーシャルメディア(SNS)を中心に飛び交ったのは、新型コロナウイルスの感染拡大が国内でも深刻な問題になり始めた2月末のことでした。

その根拠はと、ネット検索してみると、
「新型コロナウイルスの感染予防に必要なマスクとトイレットペーパーの原料が同じで、すべてマスク用に使われるから……」
といったことだったようで、根拠のないデマだとすぐにわかります。

根拠のない話だとわかれば、
「そんなのデマよ」と聞き流すことができるはず――。

ところが、デマだとわかっても、
「実際のところ、トイレットペーパーがなくなったら困るから……」
と不安になった人が少なからずいたようです。

販売店の前で行列をつくったり、ネットで買い占めたりした人がいて、トイレットペーパーを手に入れにくい状況がしばらく続きました。

「ポビドンヨードによるうがい」の件でも

その後しばらくして、情報の性質自体はトイレットペーパーのケースとは違うのですが、
大阪府知事が発信したポビドンヨードによるうがいに関する情報により、消費者が販売店に殺到し、そのうがい薬が店頭から消えてしまうといったことが起きました。

この件では、診療に欠かせない消毒薬が手に入れにくくなったとして、医師や歯科医の団体から批判の声があがるといった騒動にまで発展しています。

このような話を見聞きするにつけ、とりわけ自分の健康に関しては、情報リテラシーを高めていくことの大切さを改めて実感させられるのですが、いかがでしょうか。

情報リテラシーとは
情報を効果的に活用する能力

情報リテラシー(information literacy)とは、「情報(information)」と、
理解力とか判断能力、あるいは洞察力といったことを意味する「リテラシー(literacy)」をドッキングさせた言葉です。

要するに、「情報を効果的に活用する能力」と説明できるかと思います。

新型コロナ禍にある現在で言えば、新型コロナウイルスの感染状況やその感染症の治療法、あるいはワクチンなどをめぐる情報が数多く出回っています。

そんななかにあって個々に求められているのは、伝えられる情報に一喜一憂することなく、情報を正しく理解し、その信頼性を確認したうえで、自らの感染対策などに活用していく力、すなわち高い情報リテラシーとなるでしょうか。

IT(information technology)、つまり情報技術の目覚ましい発展、普及により、医療やヘルスケアに関する情報は、その気になれば、誰もが簡単に入手できるようになっています。

それも、至って簡単に、膨大な数の情報を手に入れることができます。

それだけに、そのあふれるほどの情報源のなかから、自分の知りたいこと、自分にとって意味のある情報を探し出すことは、情報数が多いぶん、より難しくなっているのが現状です。

意思決定支援における
その人の情報リテラシー

そんななかにあって看護職の皆さんは、日々の臨床の場で、医師が提案する検査を受けるかどうか、また提示される治療法の選択、あるいは人生の最終段階の過ごし方など、実にさまざまな場面において、患者の意思決定を支援されていることと思います。

その際には、患者が自らの情報リテラシーを最大限に発揮して、自分が置かれているその時々の状況やこの先起こりうることなどを正しく理解、あるいは想定し、よりその人らしい生活や生き方を主体的に実現していけるように支援しておられることでしょう。

この場合の支援の在り方については、がん看護専門看護師の近藤まゆみさんが、
著書『臨床・がんサバイバーシップ―“生きぬく力”を高めるかかわり 』(仲村書林)
のなかで、次の両側面を見極めながらかかわっていくことが重要だと記しています。

⑴ この人にとっては、何を知る必要があるのか
⑵ この人の情報リテラシーはどの程度なのか

その見極めのため、近藤さんは、
「ご自分の病気や治療について、何かお調べになりましたか」
と尋ねてみることから始めていることを紹介しています。

このようなやりとりを通して、
⑴ 現時点で、患者はどのような情報を把握しているのか
⑵ それらの情報を患者はどのように理解しているのか
⑶ そもそも情報を求めているのか、いないのか
といったことを把握し、そのうえで提供すべき情報を見極め、その人の情報リテラシーに見合う方法で意思決定を支援しているのだそうです*¹。

医療者に求められている
「正しい情報を伝える」努力

患者、もしくは患者になる前の人々の健康や医療に関する情報リテラシーを高めていくには、医療の立場にある側の「正しい情報を伝える」努力が必要だと言われます。

その意味で、たとえば「日本高血圧学会」のように、多くの医学系学会がWebサイトに、
「一般のみなさま向けの情報」コーナーを開設して、専門家の立場から適宜情報を発信しているのは歓迎すべきことだと思います。

ただ、そこで提供される情報には、どうしても専門用語が多くならざるを得ません。

その点で、残念ながら一般の方にとって「わかりやすさ」には難があります。

かといって単純化しすぎるのも、誤解や考え違いを生みやすく、情報リテラシーを高めることにつながりにくいと言っていいでしょう。

その辺の難しさは、今回の新型コロナウイルス感染症をめぐり頻出するカタカナ語の件で、多くの方が実感しているところではないでしょうか。

このような問題をクリアできる立場にあるのが看護職の皆さんであり、とりわけ最近増えつつある看護外来にはその役割が大いに期待できると思うのですが……。

その辺のことは日を改めて書いてみたいと思います。

参考資料*¹:「臨床・がんサバイバーシップ」13「知りたい」を支援するP.154-162