腹臥位(うつぶせ寝)療法を看護に活用を




うつぶせ寝

105歳で逝かれた日野原医師推奨の
「うつぶせ寝健康法」

今年(2017年)7月18日早朝、105歳で永眠された日野原重明医師(聖路加国際病院名誉院長)が、看護教育にことのほか力を入れておられたことはよくご承知のことと思います。

旅立たれる1年ほど前に監修の労をとられた一冊の看護書があります。
題して『看護に生かす腹臥位療法―うつぶせ寝で「身体と心」を取り戻す』です。

日野原医師ご自身が、健康法の一つとしてうつぶせ寝を習慣にしておられることは、20年ほど前、取材でお目にかかった折にうかがっていました。

確か、日本人の平均睡眠時間に話が及んだときでした。先生が、
「僕はね、日本人の平均の半分、毎日4時間くらいの睡眠で大丈夫なんですよ」
と、おもむろにおっしゃったのが話の始まりでした。

たった4時間の睡眠で、臨床医として、また教育者として、終日フルに活動しておられる、そのタフさの理由をお尋ねしたところ、先生からは、ちょっといたずらっぽい表情で、
「うつぶせの姿勢で眠っているからですよ」と、返ってきました。

腹式呼吸によるリラックス効果が深い眠りを

さらに詳しくお尋ねすると、少し大きめで適度な柔らかさの枕を三つ用意し、一つは顔の位置に、もう一つは胸と腰の間に置いて、その上に腹ばいになって身体ごと乗っかり、残りの一つの枕を両膝の間にはさむのだ、と話してくれました。

「この姿勢ですと、呼吸が腹式になってリラックスできますから、僕なんかは床に就いてから50も数えないうちに眠り込んでしまう。しかも眠りが深いから、4時間も眠ればすっきり目覚めることができる」
――そんなふうにおっしゃっていたことを思い出します。

腹臥位により寝たきり防止と
QOL向上が期待できる

その話を聞いた私は、
「そんなに素晴らしい効果があるのでしたら、入院中の患者さんにも腹臥位をとることをどんどん取り入れたらいいですよね」
などと、今になって思えばうかつな質問をしてしまいました。

これに日野原医師は、こんなふうに即答されたことをはっきり覚えています。

「そこが大事なところなんですね。僕にいいから誰にでもいいということにはならない。うつぶせ寝、つまり腹臥位療法の歴史はまだまだ浅く、身体にいいという科学的なエビデンスに乏しいのが現状です。ですからこれからが大事。腹臥位療法に興味を持つ方たちを少しずつ増やしながら、一緒になって、臨床でエビデンスを積み上げていく必要があるんですね」

腹臥位療法推進研究会のメンバーと

そう話された日野原医師が、当時は日本赤十字看護大学で教鞭をとっておられた川嶋みどり教授らと「腹臥位療法推進研究会」を立ち上げたのは、この取材のすぐ後、1999年のことでした。

以来ずっと、研究会のメンバーたちは、老年医学の研究者らが高齢者の廃用症候群の予防や改善などを目的に考案した腹臥位療法について、その生理的効果や安全性、ケアとしての有用性などを看護の視点で検証する作業を地道に続けてこられました。

日野原医師が監修された『看護に生かす腹臥位療法』(日本看護協会出版会)には、18年にも及ぶその研究・検証の成果が凝縮されています。
注目は、本書のメインの章である「″看護職″が実践する腹臥位療法」です。

ここでは、「急性期病棟」「リハビリテーション病棟」「療養病床」「ナーシングホーム」「訪問先」といった看護の現場で、患者一人ひとりの病状や生活状況に見合う方法を編みだし、実践されている腹臥位療法が紹介されています。

QOLの向上や寝たきり防止の効果

読み進めていくと、いずれの看護現場においても、看護としての腹臥位療法が自然な回復過程を整え、QOLの向上や寝たきりの防止につながっていることが具体的に読み取れます。

高齢化が進み、脳卒中やパーキンソン病、さらには慢性疾患などにより終日、あるいは1日の大半をベッド上で過ごす高齢患者が増え続けています。

そんな時代だからこそ、腹臥位療法は看護職の皆さんにいっそう強く求められるケアスキルといえるのではないでしょうか。

急性呼吸窮迫症候群(ARDS)患者に「腹臥位管理を推奨」
ARDSとは、重症の呼吸不全をきたし、死亡率40~50%とされる極めて重篤な疾患である。
日本呼吸器学会、日本集中治療医学会、日本呼吸療法医学会の3学会による「ARDS診療ガイドライン2016」*では、「
成人ARDS患者(特に中等症・重症例)において、腹臥位管理を施行することを提案する」とし、患者をうつぶせにする腹臥位管理を推奨している。
ただし、多数のチューブ類が着いた状態で腹臥位への体位交換を実施するには「熟練した複数名(5~6人)のスタッフが必要である」としている。
また、腹臥位管理中に挿管チューブが屈曲したり抜けるなどの気道トラブルが起こるリスクがあるため、気道確保ができるスタッフが常駐している必要があり、これらの条件を整えるのは簡単ではないことから、なかなか実施されていないようである。
新型コロナウイルスによる重症肺炎と腹臥位療法
新型コロナウイルス重症肺炎患者への人工呼吸戦略においても、ARDSに対する肺保護戦略の1つに「腹臥位療法の効果あり」と明記されている**。
*「ARDS診療ガイドライン2016 パート2 詳細版」CQ7
**「新型コロナウイルス感染症(COVID-19)診療の手引き・第2版」

セルフケアの一環としても
「うつぶせ寝」の習慣を

よくよく考えてみると、私たちの身の回りに最近増えている犬や猫などのペットたちも、動物園にいる4本足で移動する脊椎動物たちも、睡眠をとるときは腹ばいになっています。

私たち人間も、進化する前は4本足で移動していたことを思えば、うつぶせの姿勢をとる腹臥位療法は、自然体に戻って眠るということになります。
だから、日野原医師が話しておられたように、リラックスして熟睡できるのでしょう。

実際、腹臥位療法では、睡眠中に横隔膜を動かす腹式呼吸が繰り返されると同時に、各臓器が重力から解放されることにより、
●からみがちだった痰の排出が楽になる
●胃腸の動きが円滑になる
●イビキや睡眠時無呼吸がなくなる
●排尿・排便がスムーズになる
●重かった腰が軽くなる
など、さまざまな生理的効果が得られることが、看護現場における腹臥位療法の実践で確認されているそうです。

もちろん、交替制勤務の看護師さんを悩ましている入眠困難や中途覚醒、熟睡感が得られないといった睡眠トラブルの解消効果も期待できるようです。

このようにいいことづくめの「うつぶせ寝」を、看護師さん自らの生活に取り入れない手はないでしょう。

幸い最近は、Dr.Smith(ドクタースミス) フセロハーフ のような、うつぶせ寝用に開発された枕も各種開発されています。

完全なうつぶせの姿勢は呼吸が苦しそうで安眠できそうにないという方もいるでしょう。
その場合は、顔を少し横向きにするなど、自分がリラックスできるスタイルを柔軟に考えていいようです。一度試してみてはいかがでしょうか。