終末期ケアを担う看護師にグリーフケアを




「終末期患者の点滴に消毒液混入」
との報を受けて……

横浜市内の病院に入院中の高齢患者が被害者になった、あの「点滴への異物混入による中毒死」事件を記憶しておられるでしょうか。
事件発覚の当初から、点滴袋に直接穴を開けることなく目立たないゴム栓部分から異物を混入するには専門的な知識と技術が必要であるとの判断から、内部の医療関係者による犯行の疑いが強いとする説が、まことしやかに流れたものです。

とりわけ、事件が起きた病棟に勤務する特定の看護師さんを被疑者とする報道が流れたときは、どうか間違いであってほしいと、祈るような気持ちだったことを覚えています。
しかし、昨夕(2018年7月7日)、残念ながらその祈りは通じませんでした。

警察の事情聴取を受けていた、当時看護師としてその病棟に勤務していた31歳の女性(現在は退職して無職)が、死亡した患者の点滴袋に薬物(消毒液)を混入したことを認める供述をして逮捕された、との報をメディアを通じて知ることになってしまったのです。

「いのちを救いたい」との思いが
看護師なら当然あったはず

ニュース報道によれば、警察は、この女性が当時着用していたユニホームのポケット部分から、消毒液の界面活性剤成分を検出。これが死亡した患者の点滴に混入されていた成分と一致したことから、任意の事情聴取となったのだそうです。

この、逮捕前の事情聴取で消毒液を混入したことを認めたうえに、なんとこの女性は、「ほかの20人前後の患者の点滴にも(消毒液を)入れた」と供述しているとのこと――。

事件現場となった病棟では、事件が発覚する前の約3カ月の間に計48人の患者が死亡していたことから、警察は連続殺人事件の疑いで捜査を進めるそうです。
この報に触れ、なんともいたたまれない気持ちになったのは、私だけでしょうか。

看護師さんたちは、例外なく、患者の人権を尊重した、思いやりのある医療を行うことの大切さを学び、臨床にあっては、日々その実践に努めておられることと思います。
おそらくはこの女性も、患者の人権尊重ということを学び、日々ケアを行う際には、患者の人格を尊重しながら、「この人のために尽くしたい」「何とかしていのちを救いたい」とケアにあたっていたんだろうと思います。

それなのに、何ゆえに彼女はこんな行動をとってしまったのでしょうか。
あれこれ考えてはみるものの、腑に落ちる答えを見つけることはできません。

終末期ケアが続くことに
看護師として疲れてしまった?

動機についてこの女性は、「自分の勤務時に患者に死なれると、家族への説明が面倒だった」という趣旨の供述をしている旨、報じられています。
ただ、この自分勝手とも思える供述を聞き、「それが本当の理由だろうか」と疑問をもったのも、おそらく私だけではないように思うのですが、いかがでしょうか。

先に触れたように、この女性が看護師として勤務していた当時の入院病棟では、事件が発覚するまでの3か月ほどの間に、48人の患者が死亡していることがわかっています。1か月に平均すると、16人、延べにしてほぼ2日に1人の計算になります。

このすべての臨終の場にこの女性が看護師として立ち会っていたとは思えません。
でも、勤務につくたびに、終わりかけている、あるいは終わっていくいのちと向き合うことは、精神的に相当な緊張を強いられ、つらいことだったことは想像に難くありません。

ましてや彼女が、「自分の勤務時に患者に死なれると、家族への説明が面倒だった」と話していることからは、その人のいのちが終わっていく場に、必ずしもその人の家族や親しくしてきた方の存在があったようには思えません。

看取る家族や知人のいない人の臨終に立ち合うことを続けているうちに、できればもうその場には立ち会いたくない、などと考えるようになったとしても、不思議はないでしょう。

だったらその悲嘆の気持ちを、チームの仲間と分かち合うなどしてグリーフケアのようなことができていれば、少しはよかったのでしょうが、それができなかった彼女は、最悪の、しかも決して許されない手段をとってしまったのではないかと考えます。

この事件を報じるテレビのニュース関連番組で、何人かのコメンテーターと称する人たちが、申し合わせたように、「ストレスが高じて……」などと得々と話していました。
でも、そんな個人レベルの簡単な話で終わってはいけないことを、この事件は私たちに伝えているのではないでしょうか。

「ありがとう」というひと言も
看護師のグリーフケアに

家族や身近な人を亡くした人へのグリーフケア(悲嘆ケア)の大切さが、このところ盛んに言われるようになり、さまざまな取り組みが進んでいます。

看護師さんは、そのグリーフケアを提供する側の人として認識されることが多いのですが、実は看護師さんにも、いや、いのちの終わりにかかわることが避けられない看護師さんにこそグリーフケアが必要なのだと、つねづね思っていました。
今回の事件報道に接して、その思いをいっそう強くしています。

元看護師逮捕の報があったとき、たまたま私は『ユマニチュードを語る 市民公開講座でたどる〈それぞれのユマニチュード〉の歩み 』(日本評論社)という本を読んでいました。

フランス生まれの認知症ケアメソッドとして紹介されることの多いユマニチュードですが、実は認知症ケアに限らずあらゆるケアの場面において、やさしさを伝えてポジティブな人間関係を結ぶコミュニケーション技術であることはすでにお伝えしています(コチラ)。

この本には、実際にユマニチュードを学び、ケアの現場で実践した人たちの体験談が数多く紹介されています。そのなかには、患者とのかかわりにおいて、ユマニチュードのコミュニケーション技術を意識して使ってみたところ、それまではコミュニケーションがとりにくかった患者から「優しくしてくれて、ありがとう」の声が聞かれたり、顔を触ってきたりと、「温かい反応に触れることが多くなった」ことなどが紹介されています。

このような患者や家族からの温かい反応は、看護師さんのやりがいにつながり、悲嘆にくれるこころを少しでも癒し、救ってくれるのではないでしょうか。これも大事なグリーフケアの一つではないでしょうか。

私たちの社会はこの先、いま以上に高齢者が増えてくることが予測されます。自ずと看護師さんは、いのちの終わりにかかわることが否応なく多くなってくるのだろうと思います。
そんなときに、たとえばユマニチュードの技術を使って、ポジティブな言葉で、ポジティブな感覚を伝えながらかかわっていくと、患者や家族から返ってくる反応もずいぶんとやさしいものに変わってくるような気がします。

ユマニチュードについては、その実際を伝えるDVD『ユマニチュード 優しさを伝えるケア技術 ‐認知症の人を理解するために‐ 』(デジタルセンセーション株式会社)があります。
職場の皆さんとでも、このDVDで映し出される患者への働きかけ方を参考に、日頃のケアを振り返り、忌憚なくあれこれ話し合ってみるというのはどうでしょうか。
元看護師による患者殺害というきわめて残念な出来事に触れ、感じたことを書いてみました。