看護師として知っておきたい加齢性難聴のこと

聞きにくい

加齢性難聴は
50代から始まる

私たちは年齢を重ねていくと、どうしてもからだのあちこちからさまざまなかたちで不具合が生じてくるものです。耳についていえば、両方の耳が時を経るたびに徐々に聞きとりにくくなってきます。いわゆる「加齢性難聴」です。

この加齢性難聴については、老人性難聴と呼ばれることもあるように、一般に、高齢者に起こることとして理解されています。おそらく看護師さんも同じ理解でしょう。そのため、入院時のフィジカルアセスメントにおいて、加齢性難聴を意識して聴力の低下がないかどうかをチェックするのは、おおむね65歳以上の患者の場合だろうと思います。

ところが実際のところ加齢性難聴は、早い人では50歳ごろから始まっているとのこと。さらに、60歳代の前半では5~10人に1人、60歳代後半になると3人に1人、そして後期高齢者と呼ばれる75歳以上になると7割以上が「聞こえにくさ」「聞きとりにくさ」を実感しているのだそうです。

別件で取材した際に耳鼻科医からたまたまこの話を聞き、加齢性難聴の症状が現れてくるのが思っていた以上に早いことに、たいへん驚いたものです。同時に、75歳を過ぎた年齢層では7割を超えるほど多くの人が「聞くこと」に不便を感じるようになっているのかと、認識を新たにしたものです。

加齢性難聴により
聞きとりにくくなっていないか

耳鼻科医からこの話を聞いて、なるほどと思ったことがあります。53歳の知人男性から、通院している外来で検査に関して看護師さんと、「前回受診されたときに、きちんと説明しました」「いや、いっさい聞いていない」といったひと悶着がたびたびあった、という話を聞いたことを思い出したのです。

今や日本人の平均寿命は、男女ともに80歳を超えています。彼の53歳という年齢は、高齢者と言うにはまだまだ早すぎる年代ですから、その看護師さんにしてみれば、「加齢性難聴により聞きとりにくなっているのかもしれない」などと考えて、説明に理解が得られているかどうかを確認しながら話すことは、たぶん意識はしていなかったでしょう。

と言っても、「相手の反応を見ながら話す」ことは、コミュニケーションの基本ですから、それなりにされてはいたとは思いますが……。

でも、彼は現役の営業マンです。この職業柄か、非常に人当たりがよく、どんなときでも明るい表情を絶やさないことが身についているようです。おそらく看護師さんは、彼のその表情から、「話が伝わっている」と見てとってしまったのかもしれません。

私たちの社会は、この先は今以上に高齢者が増えてくることが予測されます。加齢性難聴の可能性が、これほど幅広い年齢層に確認されていることを考えると、やはり「こちらの話が伝わっているかどうか」の確認には、さらにひと工夫もふた工夫も必要になっているように思うのですが、いかがでしょうか。

難聴がなくても
甲高い声は聞きとりにくい

ちなみに彼に確認してみたところ、彼自身は、普段の生活のなかでは、営業先で接客している際などにも、「相手の話が聞きとりにくい」と感じたことはないそうです。

ただ、「病院に行くと、看護師さんや検査技師さんをはじめとして、スタッフのみなさんはよくマスクをしているが、あのマスク越しのくぐもった声は聞きとりにくい」とのこと。「それと、女性、特に若い女性の甲高い声はかんべんしてもらいたい」と話しています。

看護師さんのマスク着用については、先に記事にしていますが、患者とのかかわりを重視してマスク着用をできるだけ避けている医療機関もあるようです。ただ、院内感染対策上、マスクの着用が欠かせない場合も当然あります。その際は、加齢性難聴などによる聴力の低下の有無に関係なく、マスクが患者とのコミュニケーションの大きな妨げになり得ることを念頭に、意思疎通の確認方法を工夫する必要があるでしょう。

感染防御の観点から看護師のマスク着用は避けられない。しかし、患者とのコミュニケーションの観点から考えると課題は残る。特に加齢性難聴のある高齢者には、マスクによるくぐもった声はより聞きとりにくくなる。口元が見えないのも、せっかくの笑顔の効用を無にしてしまう。

看護師さんの声のトーンに関しても、先にこちらで、加齢性難聴による聴力の低下は、高周波音、つまりトーンの高い音から聞きとりにくくなる話を書いています。

自分の話し声が相手にどう聞こえているかは、あまり気にしていない。しかしとかく女性は、相手にきちんと伝えようと思えば思うほどトーンが高くなりがちで、高齢者には耳障りな音にしか聞こえていないことが多い。腹式呼吸トレーニングで落ち着いた低い声を。

具体的に言えば、加齢性難聴では400Hz(ヘルツ)以上の高音から聞きとりにくくなるとのこと。400Hzとは、1秒間に400回の振動音がある音。固定電話をかけるときに受話器を外すと「ツー」というダイヤルトーンが聞こえますが、この音が400Hzだそうです。

聞こえにくい患者に
情報を伝えるコミュニケーション

加齢性難聴などにより聞こえにくくなっている患者に「きちんと伝わる」話し方については、東京大学のバリアフリー支援室がサポートをする方を対象に、「基本的に心がけていただきたいこと」として、以下の点をあげています。

  1. 音声だけで話すことは極力避け、視覚的な情報も併用する
  2. 極端に早口になりすぎないようにする
  3. 文節で区切りながら、はっきり、ゆっくり話す(速度を落とし過ぎるとかえってわかりづらくなるため、不自然にならない程度で)
  4. 同時に複数の人が話さないようにする
  5. できるだけ向かい合った状態で、アイコンタクトをとり、相手が自分の顔を見ていることを確認しながら話す
  6. 資料などで顔が隠れないようにする
  7. 十分な明かりのある所で話す

引用元:東京大学 バリアフリー支援室

高齢者の聴力の低下と
孤独感・要介護状態、認知症に関連性

高齢者の聴力低下に関連して大変興味深い調査結果を、国立長寿医療研究センターの研究チームが4月10日(2023年)に発表しています。

地域在住の高齢者を対象に実施した調査で、聴力が低下している高齢者は、聴力が低下していない高齢者と比べ、要介護状態の新規発生の割合が高いことが確認されたというのです。さらにこの要介護状態の新規発生は、聴力が低下した高齢者の孤独感と関連することも確認されています。

一方で、加齢性難聴を有する高齢者の7割は、耳の聞こえの不調について病院を受診することを希望していないとの調査結果も発表されています。

加齢性難聴には根本的な治療法はなく、できるだけ早期に耳鼻科を受診して補聴器を装着することが、孤独感、要介護状態、さらには認知症のリスクを下げることになるのですが、如何にして受診行動につなげるかが大きな課題となりそうです。

なお、難聴による認知症発症のリスクは、軽度の難聴で約2倍、中等度で約3倍、重度難聴では約5倍になると言われています。

「補聴器相談医」をご存知ですか

聞きとりに問題を抱えている方が正しい診断のもとに有効な補聴器を適正に選択使用できるように、日本耳鼻咽喉科学会は、一定の資格を満たした「補聴器相談医」の認定資格を設けています。この相談医が補聴器が必要と判断すると、補聴器の処方箋とも言うべき「補聴器適合に関する診療情報提供書」を発行し、患者に「認定補聴器専門店」を案内することになっています。詳細はコチラ。

加齢性難聴は、高齢者に限らない。早い人では50代から始まり、75歳を過ぎると7割以上が「聞きとりにくさ」を自覚しているとのこと。放置していると認知機能の低下から認知症につながるリスクもあるだけに、早めに「補聴器相談医」に相談して補聴器の導入を。

引用・参考資料*¹:東京大学 バリアフリー支援室

参考資料*²:国立長寿医療研究センター「聴力が低下した地域在住高齢者の孤独感が要介護状態の新規発生と関連することを明らかにしました」