針刺し事故による職業感染と院内感染を防ぐ

針刺し

「針刺し予防の日」
があるのをご存知ですか

新型コロナウイルス感染症は、5月8日(2023年)に感染症法上の位置づけが季節性インフルエンザと同じ「5類感染症」に引き下げられています。とはいえ、新型コロナウイルスが完全に姿を消したわけではなく、引き続きコロナ対策に緊張の日々を過ごしておられることと思います。

しかし医療現場には、もう1点、職業感染や院内感染予防の観点から深刻な課題があります。注射針による針刺しやメス等の鋭利な医療器材による損傷(以下、「針刺し」)です。

職業感染制御研究会は2013年7月、医療従事者や患者の針刺し損傷によるウイルス感染の撲滅を目指し、毎年8月30日を「針刺し予防の日」と制定しています。ちなみに8月30日としたのは、この数字の並びに、「8=はり、3=さし、0=ゼロ」の願いを込めた、とのことです*¹。

針刺し事故の予防については、各医療機関が独自に作成した「針刺し事故予防マニュアル」等をもとに徹底しておられることと思います。

そこで今回は、針刺し事故により感染するリスクのある「血液媒介感染症」を防ぐ観点から、医療現場における針刺し損傷後の感染予防のポイントを再確認しておきたいと思います。

針刺し事故により
職業感染リスクのある感染症

海外ではマラリアや出血熱ウイルスなどのケースも考えられますが、国内の医療現場において針刺し事故により職業感染リスクのある血液媒介感染症の主な病原体は、現時点では、以下の5つとされています*²。

  1. B型肝炎ウイルス(Hepatitis B virus;HBV
  2. C型肝炎ウイス(Hepatitis C virus;HCV
  3. ヒト免疫不全ウイルス(Human immunodeficiency virus;HIV
  4. 梅毒トレポネーマ(Treponema pallidum)
  5. ヒト細胞白血病ウイルス1型(Human T-cell leukemia virus type1;HTLV-1

このうち「4」の梅毒トレポネーマによる感染についてはこちらを参照してください。

かつては男性や一部の女性に限られていた梅毒が、最近では若い女性に目立って増えている。患者の血液等の取り扱いが避けられない看護師は、職業感染リスクが懸念される。梅毒患者への接し方と針刺し事故などに遭遇した場合の対応についてまとめた。

また、「5」のヒト細胞白血病ウイルス1型(HTLV-1)は、わが国では九州・沖縄地方を含む南西日本に多く見られる感染症で、地域の罹患状況により曝露事故による感染リスクは大きく異なります。

さらに、このウイルスの主な感染経路は母子感染(垂直感染)あるいは性感染で、針刺し事故などによりHTLV-1抗体陽性の患者の血液に曝露して感染を受ける可能性は、ゼロではないものの、極めて低いとされています。

したがって、職業感染による医療従事者の安全、およびその後の院内感染対策として、針刺し事故発生後の適切な予防処置が重要とされるのは、HBV、HCV、HIVの3ウイルスです。

職業感染の基本
直ちに責任者の指示を仰ぐ

針刺しや損傷により患者の血液や体液に曝露した(さらされた)ときは、曝露源である患者が上記の血液媒介感染症に感染しているか否かに関係なく、まず落ち着いて、針を刺したり傷を負った部位を大量の流水と石けん(眼球・粘膜への曝露の場合は大量の流水)で洗浄します。

そのうえで速やかに責任者(看護師長など)に報告して、予防内服等の予防的処置に関する指示を仰ぐことになります。

曝露源である患者が救急患者であるなどの理由で病原体の有無やその特定が不明の場合は、被曝露者、つまり曝露した医療従事者から採血をして病原体を突きとめ、その結果に応じて予防的処置をとることになります。

感染源がHIVなら2時間以内に予防内服を

曝露源(患者)がヒト免疫不全ウイルス(HIV)、つまり後天性免疫不全症候群(AIDS、エイズのウイルス)ということもあるでしょう。

その際は、針刺しや損傷による曝露から数時間以内、できれば2時間以内に抗HIV薬の予防内服(2~3剤による多剤併用)を開始すれば、HIVの職業感染はほぼパーフェクトに防ぐことができるとされています。

ただし、この予防薬の適応可否を判断する際には、被曝露者である医療従事者が妊娠していないかどうかを考慮する必要があります。妊娠が疑わしいようなら、服用に先立ち妊娠の検査(尿検査)をすることとされています。

ちなみに、HIVの感染力は極めて弱く、針刺し直後の洗浄が適正に行われてさえいれば、予防内服を行わなかった場合でも感染確率は0.3%程度にとどまっているそうです*³。

職業感染源がHBVなら
HBs抗体をチェック

曝露源がB型肝炎ウイルス(HBV)の場合も、まず「直ちに洗浄」を徹底して行います。

その後の対応としては、患者および患者の血液や体液に接する可能性があり、B型肝炎に対して感受性のある(感染リスクのある)すべての医療従事者には、B型肝炎ワクチン接種を実施することが医療機関に義務づけられています。

職業柄病気を抱える人に接触する可能性があれば、職業感染リスクを常に念頭に置く必要がある。標準予防策も重要だが、ワクチンによる予防接種により自らが感染源になることを防ぐことも重要だ。このワクチン接種の指針となるガイドラインのポイントをまとめた。

このワクチン接種により、被曝露者である医療従事者のHBs抗体が、施設で定めた基準値以上存在することがHBs抗体検査で確認された場合は、適正な洗浄さえ行われていれば、予防内服等の必要はありません。

しかし、HBs抗体が施設の基準値を満たしていない場合は、HBsグロブリンの投与やHBVワクチン接種を検討する必要があります。その判断は、肝臓専門医あるいは感染症専門医に託すことになります。

万全の注意を払っていても、針刺しや切り傷により肝炎ウイルスなどの血液媒介ウイルスに曝露し、感染リスクに直面することがある。幸い最近は、事前のHBVワクチン接種により、またHCVやHIVは事後対策の徹底により感染を防ぐことができるという話をまとめた。

職業感染源がHCVなら
HCV抗体検査を行う

ワクチンのないC型肝炎ウイルス(HCV)による血液曝露の場合は、被曝露者(医療従事者)のHCV抗体検査を行い、陰性かどうかを調べます。

陰性であれば、針刺し直後、1か月後3か月後及び1年後に追跡検査を行いながら、AST(GOT)やALT(GPT)などをチェックして、肝機能をフォローしていくことになります。

針刺し直後の検査でHCV抗体が陽性となったときは、直ちに肝臓専門医あるいは感染症専門医を受診し、相応の対応をとることになります。

参考資料*¹:職業感染制御研究会「8月30日を「針刺し予防の日」に

参考資料*²:日本感染症学会学会「針刺し事故、職業感染予防策」

参考資料*³:エイズ治療・研究開発センター「血液・体液曝露事故(針刺し事故)発生時の対応」