「胃瘻を中止したい」との意向にどう応えますか

自分の口から飲む

透析中止問題をきっかけに
胃瘻中止の選択肢もあるのだと……

東京都の公立病院で、いわゆる「透析中止」問題が起きたことがありました。数年にわたり継続してきた血液透析を中止した44歳の女性患者が、中止から約1週間後に死亡したことには問題があるとして、全国的に大きく報道された、あの問題です。

ややセンセーショナルな報道が続いてほぼ2か月、日本透析医学会が検証結果から、次の点をポイントとする見解を発表したことで、ひとまず落ち着いたように見えました。

  • この患者が血液透析を継続するのは臨床的に困難な状況にあったと推測される
  • 自ら透析終了の意思を表明しており、その意思が尊重されてよい事案であると判断した

ところが、この問題が透析治療中の患者のみならず、たとえば人工呼吸器を装着している患者、あるいは胃瘻などの人工栄養を続けている患者にも、さまざまなかたちで影響を与えていたことに、つい先日改めて気づかされました。

訪問看護師のKさんが訪問先の患者から、「胃瘻を中止して自然にゆだねたい」と突然告げられ、その理由として「先日の透析中止に関する一連の報道を見聞きしていて、自分にも胃瘻を中止する選択肢があるのではないかと思うようになった」と言われたというのです。

本人の意向があり条件が整えば
胃瘻からの栄養を中止できる

80代前半だというこの男性は、食事中に度重なるむせや咳き込みを心配した家族の意向もあり、誤嚥性肺炎のリスクを避けようと胃瘻造設術を受けました。

術後ほどなくして退院し、在宅で娘さんの介護を受けながら胃瘻からの人工栄養を続けてそろそろ半年……、この間とりたてて大きな問題もなく経過してきたそうです。

ただ、問題というほどのことではないのですが、家族が食事をしているのを見るにつけ、「ああ、自分の口から食べたり飲んだりできるのはいなぁ、うらやましいなぁ……」とつぶやくこともあったそうです。

家族からその話を聞いたK看護師は、KTスプーン*を紹介し、むせないように気をつけながらゼリーのようなものを少しずつ食べてみることをすすめたりもしてきたと言います。

KTスプーンとは
「NPO法人 口から食べる幸せを守る会」の理事長を務める看護師の小山珠美さんが、口から食べることをあきらめさせないケア方法を模索する過程で考案した、「口から食べる」動作の自立を助けるスプーン。KTとは「口から食べる(Kuchikara Taberu)」の意味。

患者や家族には、いったん胃瘻による人工栄養を始めると、本人の意思に関係なく延々と栄養が補給され、際限なく生かされ続けるなどと誤解している方がいまだにいるようですが、これは完全な誤解です。

ご承知のように、本人の意向により胃瘻からの栄養量を徐々に減らしていくことも、水分だけにすることも、そしてこの男性が望んでいるように、胃瘻カテーテルを抜いて、胃瘻そのものを閉じてしまうことも可能ですし、実際に行われているようです。

日本老年医学会のガイドラインも
「自然にゆだねる」選択に言及

この点については、日本老年医学会が2012年6月にまとめ、公表した『高齢者ケアの意思決定プロセスに関するガイドライン――人工的水分・栄養補給の導入を中心として』(pdfはコチラ)のなかで、胃瘻などによる人工栄養を開始したあとであっても、途中で中止することも可能であると明記しています。

ただ、中止するに際しては、当然のことながら、患者や家族と医療者サイドとが「何が本人にとって最善なのか」を十分な時間をかけて話し合い、お互いが納得できる合意形成をすること、その経緯を記録にとどめておくことが前提となります。

この話し合いにおいて医療者サイドは、本人や家族に対し、いったん始めたことを取りやめたり、変更したりするようなことがあっても問題ないということを言葉や態度で示すことにより、本人や家族が一度下した意思決定に縛られて変更することを躊躇したり、意に反して断念したりすることがないよう配慮すべきことを、ガイドラインは求めています。

また、本人が胃瘻による栄養法を中止して「自然にゆだねる」選択をしたときは、嚥下すること自体に何ら支障がなく、消化器系にも経口摂取を妨げるような医学的理由がないのであれば、本人に快適さや満足をもたらす範囲内で、少量の水分・食物を経口で摂るように工夫することは本人にとって好ましいことだとしています。

胃瘻からの栄養補給を中止すると
飢餓感に苦しまないだろうか

ところで、これまで続けてきた胃瘻による栄養法を中止して自然にゆだねる選択をしたいと考える患者のなかには、「空腹感でつらくなるようなことはないだろうか」と、一抹の不安を覚える方も少なからずおられるようです。

この点については、長年にわたり在宅高齢者への訪問診療を続けている医師から、こんな話を聞いたことがあります。

「口からものを食べられなくなった状態で静かに人生の最終章を過ごしているようなときは、エネルギーも栄養分もあまり必要としませんから、お腹がすくとか、空腹感でイライラするといったようなことにはならないようです。実際、私が看取った患者さんで人工栄養を拒否された方が何人かいましたが、飢餓感で苦しんだ方はいらっしゃいませんでしたね」

むしろ、エンシュア・リキッドなどをゼリー状にするなどして口から摂れるように工夫してあげると、食べる喜びや満足感からでしょうか、表情が生き生きしてきたり、家族との会話が増えたりする例が少なからずあったそうです。

ちなみにエンシュア・リキッドとは、たんぱく質、糖質、脂質といった栄養素に加え、ビタミンやミネラルなどの栄養素をバランスよく、しかも効率よく摂取できるように開発された「経腸栄養剤」です。医療用医薬品ですから、入手には医師の処方箋が必要です。

詳しくはこちらを参考にしてみてください。

事前指示書やアドバンス・ケア・プランニング(ACP)において人工栄養を拒否し、自分の口から食べることにこだわる患者がこのところ増えている。その「自然にゆだねる」選択をする患者の間で好んで飲まれている経腸栄養剤の「エンシュア」についてまとめた。