「意思決定支援」を始める前に確認したいこと




意思決定

患者の意思に沿った医療の実現に
意思決定支援が欠かせない

病院の内外を問わず、医療が行われている現場では、患者やその家族に対する「意思決定支援」が、実にさまざまなかたちで行われています。

ここ数日、ひょんなことから人々の関心を集めている「人生会議」、つまり終末期に向けたアドバンス・ケア・プランニング(ACP)は、この意思決定支援が最も難しい、しかし欠かすことのできないケースと言っていいでしょう。

看護師さんをはじめとする医療を提供する側としては、いかなる場合も患者の意思にできるだけ沿った治療やケアを実現して、患者の尊厳を守りたいと考えます。

そこで、患者が自分自身の治療やケアに対する意思を固めるうえで有用と思われる情報を提供するとともに、患者の現在の状況下では何がベストと考えるかといった、医療者としての見解などもていねいに伝え、最善の意思決定ができるように支援しているわけです。

ところが、ここ数日繰り広げられている「人生会議のPRポスター」をめぐる騒動のなかで、一般の人々の人生会議に関する感想や意見を見聞きしているうちに、「意思決定支援」を行う前提条件として、患者と医療者の間で確認しておくべき大事なことがあるのではないかと、考えるようになってきました。
今日はその辺の話を書いてみたいと思います。

アドバンス・ケア・プランニング(ACP)については、「人生会議」という愛称をつけて普及を試みたものの、思ったほど認知度は上がっていない。そこで厚労省はPRポスターを作成して一層の啓蒙を図った。が、このポスターの評判は悪く、公表から1日で撤収に……。

説明を聞いてもわからないから
医師の判断におまかせしたい

「人生会議」、つまりACPとは、「もしものとき」の治療やケアについて、患者本人と家族、さらにそこに医師などの医療関係者も参加して、「こうしてほしい」という本人の希望をベースに、患者の状態をよく知る医師らの助言を交えながら、より実効性が高く、なおかつ患者が納得できる「そのとき」の迎え方について対話を重ねていく取組みです。

この人生会議で最も重要視されるべきは、自分はこうしたいという「本人の意思」です。
しかし、極端な話、自分が死ぬ間際での治療やケアをどうするかということについて、迷わない人はいないと言っていいでしょう。

そこで、意思決定支援ということが行われるわけですが……。
人生会議について話し合っていたあるテレビ番組で、コメンテーターと称する40代とおぼしき女性が、こんな発言をするのを聞き、私としてはハタと考え込んでしまいました。

「治療方法とかについて細かいことを説明してもらっても、私はよくわからないと思うし、自分では決めかねると思うから、担当医の先生の判断にすべてお任せしたいと思っている。だから、人生会議なんて私には必要ない」と――。

この発言に、「そもそも病院を選んだ時点で、私としては意思決定しているわけだし……」
などとその女性の発言に同調する声もあがり、
「看護師さんたちは意思決定支援ということに、あんなに真剣に取り組んでいるのに、患者によっては余計なお世話ということにもなりかねないのか……」
と、がっかりしてしまいました。

もはや「おまかせ」ではなく
対話を重ねて意思決定する時代だが

患者側の意思決定ということについて、私たちの国の医療現場を振り返ってみると、コメンテーターの女性の発言にあるような、自分が受ける治療などについて「すべて先生におまかせします」と、自己選択権、自己決定権といったものを全面的に放棄してしまっている患者が珍しくない時代は確かにありました。

しかし30年ほど前から、インフォームド・コンセント、つまり「説明と同意」の必要性が言われるようになってきました。
治療やケアは、当事者である患者に十分説明され、納得したうえでの同意を得て行われるべきである、という考え方が浸透し、それが鋭意実践されてきたのです。

最近に至っては、インフォームド・コンセントがさらに一歩進化しています。
ACPに象徴されるように、患者サイドと医療者サイドが繰り返し対話を重ね、一緒に考えて、意思決定することにより、行われる医療行為の一つひとつに患者の希望が大きく反映され、患者は納得して療養生活を送ることができるようになっています。

「おまかせ」主義の患者への
意思決定支援はどうするか

ところが、数多い患者のなかには、今もって「おまかせ」主義の患者が少なからず存在します。
この場合、理解力、あるいは判断力のレベルの問題から、かなり時間をかけて繰り返し説明しても、まるっきりわかってもらえない患者というのも確かにいるでしょう。

しかし「すべておまかせ」の姿勢をとる患者のなかには、、医療者サイドがそれなりの時間をかけて説明していることに、初めから耳を貸そうとしない患者もいます。
「要するに、何をおっしゃりたいのですか?」とか、「それで、あなたのご家族だったらどうしますか?」といったような反応を見せる患者です。

このような、このままでは逐一説明したり情報を提供したりすること自体、あまり意味がないかもしれない、と考えさせられるような態度をみせる患者の場合、その意思決定支援はどうあったらいいのでしょうか。

■この先のことを前向きに考えられない
おそらくこのような姿勢や態度の背景には、自分のこの先の健康や生き方について自分で決めるという前向きの気持ちになれない何かがあるのではないでしょうか。
その辺の問題をまず明らかにし、クリアしないことには、意思決定に向けたアプローチは徒労に終わってしまうかもしれません。

あるいは自分はすべて担当医に一任するという意思決定をしている患者に、やはり最後は自分で意思決定すべきだから一緒に考えましょうと念押しする必要があるのかどうか――。
患者の個人差といったことも考え合わせると、意思決定支援は一様にはいかないだろうな、と考えてしまうのですが、どうお考えでしょうか。

アドバンス・ケア・プランニング(ACP)では、シェアード・ディシジョン・メイキングに基づく対話の重要性が強調される。さてシェアード・ディシジョン・メイキングとはどのような意思決定を言うのか、たとえばインフォームド・コンセントによる意思決定とはどう違うのか。