梅毒感染拡大で看護師の針刺し事故が心配




看護師の針刺し事故

「梅毒は過去の感染症ではない」
と認識を改めて

医療現場では「STD(Sexuality Transmitted Disease)」と呼ばれることの多い「性感染症」、いわゆる性病が、近年増加しつづけています。エイズ(HIV)やクラミジア感染症、カンジダ感染症などがその代表です。

加えて、一時期すっかり影を潜めていたもののこのところ急増している梅毒について、国立感染症研究所は2019年10月16日、今年の患者報告数がすでに5,111人に達し、3年連続で5,000人を超えたことを報告。感染予防のいっそうの徹底を呼び掛けています。

梅毒の病原菌である「梅毒トレポネーマ」は、低酸素状態のなかでしか長く生存することができません。空気に触れると感染力はかなり落ちますから、感染経路はそのぶん限定されます。

限定はされるものの、感染者が菌を排出していれば、血液はもちろん、性器以外の粘膜や皮膚の傷を介して感染することも稀ではありません。
つまり、感染者と直接性的な接触がなくても感染を受けるリスクは残るということです。

その意味で、医療現場で梅毒感染患者に接する可能性のある看護師さんには、まずは針刺し事故による感染リスクをはじめとする感染防止の観点から、今どきの梅毒事情について認識を新たにしていただけたらと思います。

梅毒が若い女性を中心に増えている

また、性感染症のなかでも特に梅毒は、いにしえの時代から、男性や性風俗に従事する一部の女性に限られた病気とみなされがちです。
今も性風俗店の利用者や女性従業員の間で感染が拡大する傾向にあるようです。

しかし、そのようなところには出入りしていないからといった油断は禁物です。
梅毒も通常の感染症同様、性別や職業に関係なく誰もがかかりうる病気であることを認識しておく必要があるでしょう。

特に、このところの梅毒感染患者は、10代後半から20代前半の若い女性に目立って増えていることを考えると、看護師さんのセルフヘルスケアの意味からも、梅毒という病気を他人事で終わらせないようにしていただきたいものです。

梅毒の職業感染リスクが高い
看護師の針刺し事故

厚生労働省の性感染症報告数によれば、昨年(2018年)1年間に全国の医療機関を受診した梅毒患者は、7001人です。
2017年は5820人でしたから、1年間で1200人増えたことになります。さらにいえば、1228人だった2013年と比べると、5年間で6倍近くに急増したことになるのです。

梅毒には、妊婦が感染*していると胎盤を通じて胎児が感染を受ける、いわゆる母子感染の問題もあります。感染を受けた胎児の早産や周産期死亡などによる子宮内死亡率は約40%と、決して低くないのが現状です。

このリスクを乗り越えて誕生してきた先天梅毒の子どもについても、統計上は2010年には年間約1人と非常にまれだったのですが、梅毒患者の増加に伴いじわりと増えてきています。

梅毒感染患者の増加に伴い、医療現場では、梅毒の職業感染ということが新たな課題となっています。とりわけ看護師さんの間では「梅毒反応陽性患者に対する針刺し事故が発生した場合、梅毒に感染してしまうのだろうか」との懸念が強くなっていると聞きます。

*2019年の半年間(1-6月)に報告された梅毒の女性患者1117人の1割近い106人が妊婦で、うち妊娠20週以降が26人であったと、国立感染症研究所が報告している(2019/12/4)。

梅毒感染患者のケアでは
まずはステージをチェックする

その懸念払拭には、国立感染症研究所のホームページが参考になります。
そこには、梅毒感染の大部分は「血液中に梅毒トレポネーマが大量にあり、それを排出している感染者、すなわち病期、いわゆるステージでいえば梅毒の第1期、第2期の患者との粘膜の接触を伴う性的接触によるもの」とあります。

ちなみにこの性的接触には、他の性感染症同様、男女の性器の結合によるもの以外に、口腔性交(オーラルセックス)や肛門性交なども含まれることになります。

こう書いたところで、「梅毒の第1期、第2期といわれても、ステージのことはよくわからない」との声が聞こえてきそうです。確かに、梅毒の病期の判断は厄介ですが、具体的には次のように考えてみたらどうでしょうか。

「バラ疹」が現れているときは要注意

感染の可能性がある機会から約3週間が経った頃に、病原菌が侵入した外性器など接触部位の違和感やかゆみ、痛み、硬いしこり、排尿痛、近隣リンパ節の腫脹、女性であれば「おりものが増えた・色が変化した」などの症状が出たら、第1期と考えていいようです。

その後、上記のような症状がいったん鎮静化し、4週間ほど経過したのちに手足や体幹の皮膚や粘膜にバラの花びらのように見える、いわゆる「バラ疹」が現れ、発熱、倦怠感などの全身症状もみられるようになります。これが第2期と考えられているようです。

かつては輸血による感染が話題になったこともありましたが、幸い輸血による感染は劇的に減少しており、輸血用血液製剤による感染事例の報告はないようです。
これで一安心していただけるかと思いますが、いかがでしょう。

感染リスクが高いときは
抗菌薬の予防的投与を

さらに、日本感染症学会のホームページにある「院内感染対策Q&A」のコーナーにおいても、梅毒患者に対する針刺し事故が発生した場合の対応が紹介されています。
念のために見てみると、ここでも、重要なポイントとして、「患者の病期により対応が異なるため、患者が何期の梅毒であるのかをまず知ること」と明記しています。

そのうえで、臨床症状や血清学的な抗体検査結果から、患者の梅毒が、梅毒トレポネーマによる感染が確立するリスクが高い第1期ないし第2期と考えられるとき、および潜伏期間と考えられるときは、針刺し事故の受傷者(ex.看護師)が希望することを前提に、ペニシリン系抗菌薬の予防的投与を行うとしています。

これに対し、患者の梅毒が血清反応陽性であっても症状がみられないことから潜伏期1年以降、あるいは第3期と判断される場合は、受傷者に積極的には治療を奨励はしません。
しかしこの場合も、受傷した本人の希望があれば上記同様の治療を行うことになります。

ただ、針刺し直後と1か月と3か月後に病原体検出と血清抗体検査を行い、共に陰性なら感染を受けなかったと判断していいようです*¹。

なお、梅毒患者の増加を受け、日本医師会が日本性感染症学会と協力して作成した「梅毒診療ガイド」のダイジェスト版*²も参考にしてみてください。

また、針刺し事故の予防に関しては、職業感染制御研究会が2019年に編纂、出版した『 医療従事者のための感染予防:針刺し切創・皮膚粘膜曝露予防』(EDIX出版部)が参考になります。

「少しでも感染が心配」になったら
梅毒検査で安全の再確認を

患者の検査データから、感染の危険はないと判断されたり、針刺し事故発生の段階で「針先に血液がついていない」ような場合であっても、針刺し事故対応マニュアルで定められている「すぐに指を絞り、傷口より血液を絞り出して、流水で洗い流す」「責任者に報告する」といった一連の対応は、当然ながら励行すべきです。

そのうえで、「患者の梅毒は現在activeではないから感染のリスクはなく、予防の必要はない」と判断されたものの少しでも心配があれば、保健所で無料・匿名の検査を受けてみるといいでしょう。あるいは民間のSTD研究所などが行っている梅毒検査キット STDチェッカーによる郵送検査を受けてみるのも一法です。

なお、梅毒血清反応が陽性で皮膚科受診が必要な患者であっても、その対応において看護師さんにマスクやガウンテクニックは不要です。
病変部に直接触れるときのみ手袋が必要ですが、その他の場合は、手洗いを励行していれば接触感染の危険はないとされているようです。

いずれにしても梅毒のような感染症の予防、そして仮に感染した場合でもその後の進行には、あなた自身の免疫力が大きく影響します。日頃から、規則正しい食生活と、栄養バランスに配慮した食事を心がけ、免疫力アップを!!

参考資料*¹:日本感染症学会ホームページ
参考資料*²:梅毒診療ガイドダイジェスト版

なお、梅毒トレポネーマ同様に血液を媒介して感染するウイルスは数多くあります。とりわけ感染力の強さから気を付けたいB型肝炎ウイルス、C型肝炎ウイルス、エイズの原因となるヒト免疫不全ウイルスについては、こちらの記事を参照してください。

万全の注意を払っていても、針刺しや切り傷により肝炎ウイルスなどの血液媒介ウイルスに曝露し、感染リスクに直面することがある。幸い最近は、事前のHBVワクチン接種により、またHCVやHIVは事後対策の徹底により感染を防ぐことができるという話をまとめた。