血液媒介ウイルスと針刺し事故発生時の対応

注射針

針刺しや切り傷発生時に
注意したい血液媒介ウイルス

針刺しや切り傷などにより患者の血液や腹水、胸水、気道分泌物などの体液に曝露した場合は、そのすべてに感染性があると考えて対応すべきことは言うまでもないでしょう。

なかでも迅速かつ適切な対応が求められるのは、血液媒介ウイルスに汚染された血液に刺し傷や切り傷をさらしてしまったときです。

血液による職業感染の原因となる血液媒介ウイルスは数多くあります。

そのなかでも、感染が成立するリスクの高さから特に注意したいのは、B型肝炎ウイルス(HBV)、C型肝炎ウイルス(HCV)、および後天性免疫不全症(エイズ)を引き起こすことのあるヒト免疫不全ウイルス(HIV)の3つです。

これらのウイルスによる職業感染は、ウイルスに汚染された血液にどのようなかたちで曝露、つまり接触したかによって感染リスクが異なります。

患者の皮膚損傷部位に素手で触れたりした場合も感染リスクはゼロではありませんが、最もリスクが高いとされるのは患者に使用した針刺しやメスに代表される鋭利な物による切創のような経皮的損傷による場合です。

今回は、万が一そのようなかたちで血液媒介ウイルスに汚染された血液に曝露した場合の対応と、感染防止のための事前策について書いてみたいと思います。

なお、このところ感染者の急増が社会的にも問題視されている梅毒スピロヘータも、針刺し事故による血液感染が問題となります。

その対応についてはこちらの記事を参考にしてみてください。

かつては男性や一部の女性に限られていた梅毒が、最近では若い女性に目立って増えている。患者の血液等の取り扱いが避けられない看護師は、職業感染リスクが懸念される。梅毒患者への接し方と針刺し事故などに遭遇した場合の対応についてまとめた。

事前の感染予防策として
B型肝炎ワクチンの接種を

1回の針刺し事故などにより血液媒介ウイルスに曝露し、被曝露者(医療関係者)がそのウイルスに抗体を持たず感染が成立するリスク(感受性)がある場合の感染頻度は、一般にHBVは30~60%程度、HCVは1~5%程度、HIVは0.3~0.5%程度とされています。

以上のように、3つの血液媒介ウイルスのなかで最も感染力が強く、感染リスクが高いのはHBVです。

しかし、幸いなことにHBVウイルスには、3つのウイルスの中で唯一、感染予防効果のあるワクチンが開発されています。

事前にこのワクチン接種を受けてHBVへの抵抗性を獲得しておけば、仮に針刺し事故などによりB型肝炎患者の血液に切り傷のある手で触れてしまうようなことがあっても、免疫反応により感染を防ぐことができます。

このHBVワクチン接種については、米国では、労働安全衛生管理局が雇用主(たとえば病院側)に対し、「血液や感染性物質に接触する可能性のある全スタッフに対しHBVワクチン接種の機会を与えること」を義務付けているようです。

「医療関係者のためのワクチンガイドライン」

一方でわが国では、日本環境感染学会の「医療関係者のためのワクチンガイドライン」のなかに、「患者や患者の血液・体液に接する可能性のある場合は、B型肝炎に対して感受性のあるすべての医療関係者に対してHBVワクチンを接種しなければならない」とあります。

さらにワクチン接種対象者としては、医師、歯科医師、看護師、臨床検査技師らがあげられています。

ただし、雇用主である病院側に接種の機会を設ける義務はなく、医療関係者のワクチン接種によるHBs抗体保有率は低率であるのが現状と聞きます。

■HBs抗原とHBs抗体の検査を受ける
自分が過去にワクチン接種を受けたかどうかはっきりしない方は、まずHBs抗原とHBs抗体の検査を受け、両方の検査結果が陰性なら、ワクチン接種について検査を受けた医師に相談してみることをおすすめします。

保険適用外ですから自費扱い(1回7000円前後×3回)になります。

少々高コストではありますが、1シリーズ(3回)の接種を一度受けておけば、経年による抗体価は低下するものの効果は永続しますから、安心して医療に従事することができます。

■HIV感染は曝露後の予防内服を
なお、HIVについては、ワクチンはないものの、万が一曝露を受けた場合、直ちに感染リスクを評価し、予防内服が必要と判断されれば、3剤以上の多剤併用療法(抗HIV療法)が行われるようになっています。

これにより近年では職業的曝露によるHIV感染はほとんど報告されていないようです。

なお、上記以外の職業感染予防の事前策としてのワクチンに関しては、こちらにまとめてありますので、是非読んでみてください。

職業柄病気を抱える人に接触する可能性があれば、職業感染リスクを常に念頭に置く必要がある。標準予防策も重要だが、ワクチンによる予防接種により自らが感染源になることを防ぐことも重要だ。このワクチン接種の指針となるガイドラインのポイントをまとめた。

ウイルス抗体の有無に関係なく
曝露部位を流水と石けんで洗浄する

いずれにしても、曝露を受けた後の対応については、各医療機関で決められたルールを事前に確認しておき、その方法に従うことが重要になってきます。

その手順としては、おおむね次のステップを踏むことになると考えていいでしょう。

  1. 血液や体液の曝露を受けた部位を流水と石けんで十分に洗浄する(曝露部位の洗浄方法や消毒の必要性、受傷部位から血液や体液を絞り出すための手技を行うかどうかは、所属施設が決めた方法に従う)
  2. 既定のルールに従い上司や職員健康管理部門などに迅速に報告する
  3. 曝露を受けた状況や傷の深さ、範囲などから感染成立リスクの評価を受ける
  4. 感染の可能性が認められた場合は、曝露ウイルスに応じた予防策を直ちに受ける

以上は、職業感染制御研究会のホームページ(コチラ)を参考にまとめました。

文中の日本環境感染学会の「医療関係者のためのワクチンガイドライン(第2版)」はコチラから全文をダウンロードできます。

また、職業感染制御研究会の編集によるコチラの本(2021年刊行)も参考になります。