身寄りがない人の退院支援と成年後見制度

孤独

身寄りがない人の退院支援に
成年後見制度の活用を

退院支援を担当している看護師さんによれば、最近の、いわゆる「退院困難患者」には、身寄りがなく身元保証人や身元引受人がいないうえに判断能力に支障があるために退院先を決められず、入院が長引くケースが目立って増えているようです。

このようなときは、まずもって成年後見制度の利用を検討することになります。ところが、「これが結構面倒で、時間もかかって……」との嘆きが漏れ聞こえます。

そこで、少しでもわかりやすくお伝えできたらと思い、今回はこの「成年後見制度」について書いてみたいと思います。

なお、最近は高齢者をターゲットにした詐欺事件が後を絶ちません。なんとも悲しいことですが、なかには成年後見制度を悪用した財産侵害などの被害に遭う高齢者も少なからず出ているようです。

患者、とりわけ判断能力が低下している高齢者をそうした悪質な被害から守るためにも、高齢者に接する機会の多い看護職の皆さんには、成年後見制度のしくみについて、是非正しい理解を深めていただきたいと思います。

成年後見制度誕生の背景に
介護保険制度の契約関係が

わが国で民法上の制度として「成年後見制度」が導入されたのは、2000年4月から。介護保険制度と同時にスタートしています。

介護保険制度では、介護保険サービスの利用に際し、サービスの利用者とサービスを提供する事業者とが契約関係を結ぶ必要があります。この契約関係を安全かつ円滑に進めていくためには、利用者側の判断能力になんらかの支障が認められる場合に備え、利用者を支援、保護するシステムが必要です。

この必要性から誕生したのが、成年後見制度です。つまり成年後見制度は、認知症、あるいは知的障害や精神障害などにより判断能力や意思表示能力になんらかの問題が継続的に見られる人の意思決定を支援するとともに、本人の権利擁護を目的としているわけです。

「法定後見制度」は
判断能力の程度により3タイプに

この成年後見制度には、大別して2種類あります。

一つは、自らの判断能力に今のところ支障がないものの、判断能力が低下して、自分自身で物事を決められなくなったときに備え、事前に利用を決めておく「任意後見制度」

もう一つは、本人の判断能力が低下して自分で自分のことを決められない状態になってから利用する「法定後見制度」です。

後者の法定後見制度は、契約時の本人(成年被後見人)の判断能力の程度などに応じて、次の3タイプに大別されます。

⑴ 後見(判断能力がほとんどなくなってしまった人に適用される)
⑵ 保佐(判断能力が著しく不十分な人に適用される)
⑶ 補助(判断能力が不十分な人に適用される)

成年被後見人(高齢者本人)と契約を取り交わした人は、それぞれ「成年後見人」「保佐人」「補助人」と呼ばれ、彼らに与えられる権限は微妙に違ってきます。

その違いは複雑です。ポイントはこちらの記事にまとめてありますが、さらなる詳細は厚生労働省による「身寄りがない人の入院及び医療に係る意思決定が困難な人への支援に関するガイドライン」*¹のP.35を参照してください。

意思決定できないうえに、それを託せる身寄りがない人は増えている。本人の意思を尊重した医療・ケアを提供するのが容易ではなくなっている現状を踏まえ、医療現場における身寄りがない人の意思決定支援ガイドラインがまとめられた。そのポイントを紹介する。

成年後見人等の代理権は
事務的業務に限られる

成年後見人等の活動は、大別すると以下の二つで、いずれも事務的な業務に限られます。

  1. 被後見人(高齢者等)の「財産管理(印鑑、預金、各種証書などに関する管理)
  2. 被後見人(高齢者等)の「身上監護(生活全般に関する契約の締結、相手方の履行の監視、費用の支払い、契約の解除など)」

医療・ケア関連で具体的に言えば、病院の受診手続き、病院や介護関連施設への入退院・入退所の手続き、要介護認定など介護保険関連の手続き、年金に関する手続き、生活保護など社会資源の申請手続きなどがあげられます。

成年被後見人(本人)の意思尊重が条件

これらの役割遂行に関しては、民法第858条において、成年後見人らが負うべき注意義務が次のように明記されています。

「成年後見人は、成年被後見人の生活、療養監護及び財産の管理に関する義務を行うに当たっては、成年被後見人の意思を尊重し、かつその心身の状態及び生活状況に配慮しなければならない」

つまり、本人の生活や身上監護に必要な事務的業務を本人を代理して行う(代理権)のが彼らの役割であり、その際には、本人の意向を十分配慮し、本人の意思に沿うかたちで代行することが求められているわけです。

退院支援について言えば、たとえば認知症などにより患者本人に判断能力がなく、しかも家族がいない、あるいは家族はいるのだが所在がつかめないために退院先を決めることができない、とします。

この場合、たまたまその患者に成年後見人のいることが判明したとしても、その後見人は患者の退院先に関する意思決定を「支援する」ことはできても、退院先の選択、決定を「代行する」ことは、事務の範囲を超えるものであり、法的に認められていないのです。

事前指示書やACPによる
成年被後見人の意思表示があれば

ただしこのような場合、事前指示書などにより被後見人である患者が退院先や療養したい場所などについて明確に意思表示し、以下に該当するとなれば、話は変わってきます。

  1. それなりの書類が記録として残されている
  2. アドバンス・ケア・プランニング(ACP、人生会議)において患者本人が自らのこころづもりを医療者サイドに伝え、記録されている

書類に明記されている被後見人(患者)の意思には、成年後見制度の代理権が適用されます。

したがって成年後見人等は、その意思を尊重し、退院後に関する被後見人の希望が叶うように医療スタッフと連携して調整していくことになります。

こんなふうに考えると、身寄りがない人こそ、元気なうちに、それも自己決定能力に支障がないうちから、事前指示とかリビングウイル、さらにはACPを実践して、もしものときに備えておきたいものです。

しかもその際には、入院した場合を想定して、退院後の生活についても意思表示しておくことをすすめたいものです。

なお、冒頭で成年後見制度を悪用した事件の話を書きましたが、ガイドラインは次のようなかたちでその防止策を提示しています。

成年後見人等かどうかの確認について
■成年後見人等は、「後見登記事項証明書」と「身分証明書」を提示して業務を行うことが義務づけられている。補助人、保佐人の場合は、遂行できる権限についても「登記事項証明書」に記載されている。
■「後見人」と名乗っている人の中には、「事実上、本人の世話をしている人」という意味で、後見人と自称している場合もあるため注意が必要。
■医療機関としては、患者の後見人等を名乗る人には「後見登記事項証明書」と「身分証明書」の提示を求め、補助人、保佐人の場合には「医療契約及び病院への入院に関する契約」に関しての代理権の記載があるかどうかを確認してから個人情報の提供をする等、適切な取り扱いが求められる。
(参考資料:厚生労働省「身寄りがない人の入院及び医療に係る意思決定が困難な人への支援に関するガイドライン」*¹のP.9)