認知症と決めつける前に「せん妄」チェックを

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令和6(2024)年度診療報酬改定では、医療機関における入院料算定の施設基準に、すべての病棟において、緊急やむを得ない場合以外の身体的拘束を禁止するなど、「身体的拘束の最小化」に取り組むべきことが新たに加えられ、提示された基準*¹をクリアできない場合は、診療報酬の減算の対象となることが記されています。高齢患者のせん妄による突然の混乱状態は身体的拘束につながりがちですが、まずはせん妄チェックを。

高齢患者の突然の混乱は
「せん妄」を疑ってみる

身体疾患で入院中の高齢患者が、「夜中に大声を出す」「訳のわからないことを言い出して動き回る」など、精神的に混乱していることを思わせる状態に陥ることがあります。そんなとき、「入院時のアナムネ聴取では認知症の既往がなかったのに……、認知症かしら?」などと考えがちではないでしょうか。

しかし、とくに急性期医療の現場においては、必ずしもそうとは言い切れない場合が少なくないことを認識すべきだと、厚生労働省の研究班が「一般医療機関における認知症対応のための院内体制整備の手引き」のなかで警鐘を鳴らしています。

高齢患者の約30%に「せん妄」が合併

本手引きでは、認知症専門病院ではなく一般の医療機関に入院中の高齢患者(65歳以上)に「認知症」による症状がみられる割合は、約15%と推測。一方で、認知症と誤解されがちな「せん妄」は、その倍の約30%に合併しているとしています。

この発生頻度は、病状によってはさらに高くなり、術後や集中治療室の入室患者では約70%、緩和ケア病棟でも約40%の患者にせん妄がみられるとしています。

精神的混乱を引き起こしている原因が、認知症による場合と一過性のせん妄の場合とでは、求められる対応が違ってきます。せん妄を認知症と早とちりして対応を誤れば、一過性で終わるはずの混乱状態を長引かせ、ときに認知症へとつなげてしまうリスクがあります。

そこで今回は、一般医療機関で治療中の高齢患者に多く見られる「混乱」について、「せん妄なのか? 認知症なのか?」の見分け方のポイントをまとめてみたいと思います。

入院環境に身を置くこと自体
せん妄の誘因に

せん妄とは、身体疾患など何らかの原因で起きた脳機能の軽度から中程度の失調による意識レベルの急激な低下を背景に、注意・知覚などさまざまな認知機能の障害や精神症状が現れる、いわゆる精神症候群です。

たとえばこんな経験はないでしょうか。インフルエンザなどの高熱でダウンして終日眠っていて、ふと目覚めたときに、今は昼間なのか夜なのか、自分はどこにいるのかさえわからず、不安で頭が混乱してしまった――。

このときの、体は起きているのに頭は半分眠っているという、いわゆる寝ぼけた状態は軽いせん妄そのもので、誰もが経験する可能性のある一過性の精神症状です。

特に高齢者では、苦痛を伴うような身体疾患により、まったく不慣れな入院環境に身を置くこと自体が、こうした状態に陥る原因となりやすいことを認識しておく必要があります。

すべての混乱症状が認知症症状とは限らない

この点を踏まえ、先の手引きでは、認知症を疑わせる混乱など「すべての症状が認知症の症状とは限らない」ことを一般医療機関における認知症対応の柱の一つにあげています。そのうえで、せん妄の予防的対応のポイントとして以下の3点を提示しています。

  • せん妄の可能性を念頭に置く
  • 脱水、低栄養、痛み、環境の変化、薬剤の影響などは意識レベルの低下をきたしやすい状況ではあるものの、これらの対処可能な要因がせん妄を引き起こし、さらには悪化させて、認知症の症状をも悪化させることを念頭に置く
  • スタッフへの普及啓発や、せん妄対応チームの設置を推進する

せん妄発症の誘因となる
リスク要因をチェック

せん妄の予防・早期対応のために院内レベルで最優先すべき取り組みとして先の手引きは、「入院時にせん妄のリスク確認を行い、リスクが高い症例に対して、せん妄の予防的取り組みと定期的なせん妄症状のモニタリングを行う体制整備を行う」ことをあげています。

このリスク確認から定時のモニタリングに至るアセスメントについて、手引きは巻末で国立がん研究センター東病院の「せん妄アセスメントシート」を例示。そこでは、「せん妄のリスク要因」として以下の7点を列挙しています。

⑴ 70歳以上
⑵ 脳器質障害(脳血管障害など、脳転移を含む脳腫瘍)
⑶ 認知症
⑷ アルコール多飲
⑸ せん妄の既往
⑹ ベンゾジアゼピン系抗不安薬・睡眠導入薬の内服(セルシン、ホリゾンなど)
⑺ その他

看護職は入院に伴うせん妄誘発因子の確認を

せん妄リスクの確認において看護職に特に期待されるのは、「⑺ その他」のチェックです。

この点については、日本看護倫理学会の臨床倫理検討委員会が『看護倫理ガイドライン』(看護の科学社)の第2部「身体拘束予防ガイドライン」において身体拘束とせん妄の関係に言及するなかで、せん妄の発症を促進する「誘発因子」として以下の要因を例示しています。

せん妄の誘発因子

  • 環境の変化
    緊急入院、初めての・不慣れな環境、見慣れない人の存在、家族等いつもそばにいる人の不在
  • 感覚過剰・遮断
    視覚・聴覚障害、眼鏡・補聴器など常時使用している補助具の未装着、騒音、過剰な照明、日時が確認できない状態
  • 不動・身体拘束
    安静、抑制帯の使用などによる身体拘束、点滴・胃管・ドレーンなど管類の挿入、酸素マスク・心電図モニターの装着
  • 疼痛
    コントロールされていない疼痛
  • 排泄に関する問題
    便秘、頻尿、失禁、膀胱留置カテーテル・おむつ・ポータブルトイレの使用など普段と異なる排泄方法
  • 睡眠障害
    不眠、コントロールされていない眠剤投与
  • 心理的ストレス
    不安、気がかりな出来事、喪失体験

(引用元:日本看護倫理委員会の「身体拘束予防ガイドライン」

対象となる患者に、以上の視点を中心にアセスメントを実施してせん妄を発症するリスクがあるかどうかを見極めていきます。そのうえで、リスクが高いと判断される患者には、予防的な取り組みとせん妄症状のモニタリングを定期的に行っていくことになります。

この点については、入院患者のせん妄を防ぐ多職種チームによるアプローチ、「DELTAプログラム」こちらで紹介しています。是非読んでみてください。

せん妄ケアの手始めに

なお、「せん妄を見抜く」ためのスケールの使い方など、せん妄ケアの基本的なことから学びたいという方は『一般病棟ナースのためのせん妄ケア: もう悩まない!困らない!』(照林社)が参考になります。

参考資料*¹:令和6年度診療報酬改定概要説明資料 p.27

参考資料*²:「一般医療機関における認知症対応のための院内体制整備の手引き

引用資料*³:日本看護倫理委員会の「身体拘束予防ガイドライン」