失語症のある人に
意思疎通支援者を
我が国の脳卒中発症患者は近年減少傾向にあるようですが、脳卒中や脳の外傷などによる失語症者は、国内におよぞ50万人はいると推定されています。そのなかのお一人を取材させていただいたことがあります。
この取材からそろそろ10年になるのですが、そのとき彼が、言葉を一つひとつ探しながら懸命に伝えてくれた怒りのような訴えが、今もって頭から離れません。
「たとえば行政的な手続きをしようと役所に行くでしょ。するとそこには、聴覚に障害のある人には手話通訳がいるし、視覚に障害のある人には代読する人がいる。それなのに、僕らのような失語症の者を支援してくれる人は、誰一人いないんですよ!!」
厚生労働省が、失語症のある人の意思疎通を助ける支援者の養成・派遣の制度化に着手したとの報に接したときは、このときの彼の表情が頭をよぎり、「やっと彼の願いがかないそうだ」と、ひとまずホッとしたものです。
誤解されやすく
孤立しがちな失語症者
失語症は、脳梗塞や脳出血、あるいは交通事故などで障害を受けた脳の部位により、症状の現れ方が一様ではありません。「言いたいことが言えない」「言葉がうまく出てこない」といったブローカ失語のこともあれば、「聞き間違いが多く、人の話が理解できない」「意味不明の言葉が出てくる」などのウェルニッケ失語のこともあります。
しかし、症状に関係なく彼らに共通しているのは、記憶力や判断力などは健康だったときと何も変わっていないことです。にもかかわらず、会話ができない、つまり言葉を介して意思疎通をはかる言語的コミュニケーションに支障をきたしているのです。
そのため、失語症について理解できていない人からは、「認知症ではないか」とか、「学習障害でもあるのかしら」などと誤解されることも少なくありません。こうした誤解や偏見の目で見られることを嫌い、失語症の方が外出や他者との交流を避けて社会的に孤立し、引きこもりになることも珍しくないのが実情です。
そんな彼らが社会へ出ていくうえで、「失語症者向け意思疎通支援者」の活動には、当事者はいうまでもなく、その家族や周りの友人などからも大きな期待が寄せられています。
失語症者意思疎通支援者には
40時間以上の養成講習が必要
2019年に新制度で誕生した「失語症者向け意思疎通支援者」は、厚生労働省が定めたカリキュラムに沿って、約40時間の養成講習を受ける必要があります。受講料は無料ですが、テキスト代(都道府県により異なるが2000円前後)と交通費は実費で受講者負担です。
この養成講習は都道府県単位で研修事業として行われるのですが、カリキュラムはどこも同じで、例えば東京都における講習内容はおおむね以下のようになっています。
【講習内容】
おおむね次の内容について講習を行います。併せて実習も行います。
◆必修基礎コース
・失語症とは何か
・意思疎通支援者の役割、心構え及び倫理
・コミュニケーション支援
・外出同行支援
・身体介助
・その他、失語症者の意思疎通支援に必要な事項
◆応用コース
・失語症と合併しやすい障害について
・福祉制度概論
・コミュニケーション方法の選択法
・コミュニケーション支援技法
・コミュニケーション支援実習
・その他、失語症者の意思疎通支援に必要な事項(引用元:東京都福祉保健局*¹)
失語症者の外出や会議に同行し
コミュニケーションを支援
厚生労働省は「失語症者向け意思疎通支援者」の養成を、平成30年度(2018年度)から始めることを都道府県に要請していました。日本言語聴覚士協会によると、2021年度までに42都道府県でこの養成講習会が開催され1234人が修了しているそうです。
また、講習会を受講した支援者の派遣は原則として市区町村の必須事業となっていて、2019年4月からの派遣開始が期待されていました。
ただし、コロナ禍の影響や報酬の問題などがあり、多くの市区町村が準備不足の状態で、厚生労働省の調査では2021年度末の時点で、派遣体制を整えている市区町村の割合は全国で2.8%と、なんとも残念な状況です。
ちなみに、同じ意思疎通の支援者である手話通訳者については、全国で92.5%の市区町村が派遣体制を整備し、実施しているようですが、いずれの手話通訳者もこれだけで生計を立てるのは難しく、半ばボランティアとなるようです。
なお、養成講習受講後、失語症の方から要請を受けて派遣された際に想定される支援内容としては、東京都の委託を受け支援者養成講習会を行う東京都言語聴覚士会の啓発ポスター*²に、以下の6点が挙げられています。
⑴ 外出に同行し、他者とのコミュニケーションを支援
⑵ 交通機関の利用支援(路線図や案内表示の理解、窓口でのやりとりなど)
⑶ 会議での支援(会議の主旨の理解や会議におけるやり取りなど)
⑷ 同病者とのコミュニケーション支援
⑸ 銀行・役所など公共機関を利用する際は同行して、窓口などでのやりとりを支援
⑹ 買い物や娯楽施設などの利用支援
看護職は支援者と連携して
失語症者の社会参加を促す
看護の現場にあっては、失語症、つまり脳卒中などにより言語機能に障害を受け言語的コミュニケーションに支障をきたしている患者の多くは、発症後の間もないうちから言語聴覚士(通称「ST」)による言語訓練を受けています。
この訓練を通じて、個々の患者ごとに有効なコミュニケーション方法はおおむね把握できるでしょうから、これを活用するとともに、非言語的コミュニケーション手段等も駆使し、失語症患者とのコミュニケーションは比較的スムーズにできているのではないでしょうか。
しかし、今や看護の現場は地域に広がっています。地域で暮らす失語症者の活動に見合うかたちでコミュニケーション支援を行っていくためにも、地域で活動する失語症者向け意思疎通支援者との連携が欠かせなくなっていることは間違いないでしょう。
支援者のバックグラウンドを知ったうえで、その有効かつ積極的な活用を当事者や家族に勧めることは、失語症者の社会参加を促し、QOLを高めていくうえで欠かせないでしょう。
看護師のあなたがノウハウを身に着けるのも
あるいは看護職の方自らが意思疎通支援者講習を受けてみるのも、失語症患者とのかかわりを一層深めることにつながるようにも思うのですが、いかがでしょう。
その際の、養成講習に関する情報は、「失語症者向け意思疎通支援者養成講習会(または、養成研修)」にお住いの都道府県名を併記してネット検索してみてください。
参考資料*¹:東京都福祉保健局「令和6年度失語症失語症者向け意思意思疎通支援者支援者養成講習会のご案内
参考資料*²:東京都言語聴覚士会「失語症者向け意思疎通支援者啓発ポスター」