看護師と緩和ケアとしてのセデーション(鎮静)




安楽

緩和ケアとして行われる
セデーションへの看護師のかかわり

仮に自分ががんの終末期にあったら、できれば住み慣れた我が家で、それが無理ならホスピスや緩和ケア病棟できちんとした緩和ケアを受けながら人生を締めくくりたい――。
多くの人が、こんなふうに望んでいるのではないでしょうか。

実際、「末期がんで、残された時間があまりないと知らされたら、あなたはどこでその時間を過ごしたいですか?」といった趣旨のアンケート調査がこれまで度々行われてきましたが、いずれの調査でも、回答結果はおおむねそのような内容でした。

こうした人びとの意向を受け、国として、また関係する機関や施設においても、在宅ケアの充実やホスピス・緩和ケア病棟の拡充に力を入れてきました。
しかし今のところ、増える一方の需要になかなか追い付けていないのが実情です。

そのため多くのがん患者は、ホスピスや病院の緩和ケア病棟ではなく、通常の検査や治療が日常的に行われている一般病棟で、人生の最終段階を過ごしているのが大方の現状です。

その結果、そこで働く看護師さんたちが、がん患者の終末期の苦痛を緩和する最終手段として行われるセデーション(鎮静)をめぐり、かなり深刻な問題に直面しておられることを、最近受け取った一通のメールで知らされました。

そこで今回は、緩和ケアのまさに最終手段として行われるセデーションにかかわる看護師さんの戸惑いや精神的な重圧感について、書いてみたいと思います。

なお、緩和ケアとしてのセデーションについて詳しく知りたい方には、森田達也著『終末期の苦痛がなくならない時,何が選択できるのか?: 苦痛緩和のための鎮静〔セデーション〕』(医学書院)をおすすめします。

セデーション提案以降の
看護師の精神的負担の重さ

セデーションを行うには、当然のことながら、患者本人の同意を得る必要があります。
本人の同意が得られたら、次のステップとして家族など、ごく身近な人びとの了解も取りつけなければならないでしょう。

このプロセスにはそれ相応の時間がかかります。
患者によっては、主治医がセデーションを提案してから「お願いします」という最終的な同意が得られるまでに、2、3週間を要することもあるようです。

この、患者サイドの気持ちが固まるのを待っている間も、看護師さんにはその患者にやるべきケアがたくさんあり、それを、いつもどおり変わらずに続けているわけです。
「セデーションを受けることを決めかねている患者さんやご家族の思いを探りながらケアをするのですが、訪室して顔を合わせてもそれとなく目をそらされてしまうことが多く、そのただならぬ気持ちを思うと、私自身もつらくて涙が出そうになってしまう」とのこと。

その精神的負担の重さから、一晩中眠れないこともあり、「逃げ出したくなることもあるけれど、逃げられない」と、複雑な気持ちを打ち明けるT看護師からのメールでした。

セデーション以降は
意思の疎通を図れなくなる

緩和ケア技術の進歩により、末期がん患者の苦痛はかなりのところまで取り除くことができるようになっています。しかし、呼吸の苦しさはいかにしても耐えがたく、「意識を保ったままで苦痛を取り除くことはできない」と判断されることが少なくないようです。
このようなときに、意識レベルの低下をもたらす薬物を使用して鎮静をはかる、つまりセデーションが検討されることになると聞いています。

セデーションは、時に内視鏡などの検査時に行われることもあります。立ち合われた経験をお持ちの看護師さんも少なくないと思いますが、この場合は、ごく浅い鎮静ですから、意識レベルの低下は「呼べば覚醒する」程度です。しかもそれは一時的なもので、検査が終わって少しすればコミュニケーションも回復します。

内視鏡検査を経験した人の多くは「いかにつらい検査だったか」を口にする。その苦痛緩和とスムーズな検査を目的に、最近は多くの施設でセデーション、つまり鎮静薬により意識レベルを少し落とした状態で検査が行われるようになっている。その際の看護ポイントをまとめてみた。

一方、人生の最終段階にあるがん患者の苦痛を緩和する目的で行われるセデーションでは、深い鎮静が必要になります。セデーションを開始すれば患者とのコミュニケーションは困難になり、多くの場合そのまま死へと向かうことになります。
そのため、セデーションの導入には、「患者、場合によっては家族の意思決定があること」が大前提になるわけです。

しかも、その意思を確認するためのインフォームドコンセントでは、「残された時間があまりないこと」や、「薬を使って眠ることでしか今の苦痛を緩和できないこと」、セデーションを行えば「意思の疎通を図ることが難しくなること」を伝えることになります。

患者にとってはいずれも深刻な情報ばかりです。
にもかかわらず、ありのままを理解して受け止め、真摯に考えて、意思決定をするというのは容易にできることではありません。ときに投げやりな気持ちになり「どうぞいいようにやってください」とならないとも限りません。

「真の」意思決定ができるように
看護師が手助けする

「セデーションの提案を受けた患者が、自らの死が近いことを知らされて自暴自棄に陥り、自ら考えることを放棄しないように、看護師さんに是非やっていただきたいことがある」と話してくれたのは、日本におけるがん緩和ケアの第一人者である向山雅人医師です。

もう5年ほど前になりますが、向山医師が癌研究会有明病院で緩和ケア部長を務めておられたときの取材でうかがった話です。
「意思決定には十分な時間をかけ、患者さんは告げられたことをどんなふうに理解しているのかを確認しながら、繰り返し説明することが大切です。実はこれには、看護師さんの協力が欠かせない。われわれ医師だけでなく看護師さんにも、看護師さんなりの表現で説明していただくと、患者さんは、看護師さんには迷う気持ちを正直に話すことができて、そのやり取りを通してご自分の気持ちを見つめ直し、結果として、自分に正直な意思決定ができるようになる。そう経験的に思います。やはりチームを組んでかかわることが、セデーションについても大事だと思いますね」
と話してくれたことを、今でも印象深く覚えています。

冒頭で紹介したメールをくれた看護師のTさんは、まだキャリア3年の若手ですが、いずれは緩和ケア認定看護師になりたいと考えていて、電話で話を聞いてみると、セデーションにも積極的にかかわりたいようです。
しかし勤務先の病棟には、チームを組んでセデーションを含む緩和ケアに取り組むという空気はないとのこと。医師任せで、そこに深くかかわっていけないでいる自分に物足りなさを感じ、それが逆に精神的な重圧にもなっているようでした。

電話先のT看護師に、向山医師が話してくれたことを伝えると、
「そうですよね。医師から言い出してくれるのを待っているようなところが私にはあったのですが、チームでかかわっていくことを、まずは看護師長に提案してみたい」
と、ちょっとだけ突破口を見つけてくれたようでした。

深刻な状況が続くだけに
自身のこころのケアも忘れずに

同時に私はT看護師には、「ひとりで深刻に考えてバーンアウトしないように、同僚の看護師さんたちと愚痴を言い合うかたちでもいいから、お互いのこころをケアし合う場を設けた方がいいのでは」と提案もしておきました。

なお、看護師さん自身のこころのケアについては、臨床でリエゾン精神看護活動を実践しておられる精神看護専門看護師の平井元子さんが、最近の著書『リエゾン―身体(からだ)とこころをつなぐかかわり 』(仲村書林)の「看護師のこころを守る」のなかで、自分自身もケアすることの大切さを書いておられます。
T看護師同様のつらい経験をされている方は、是非読んでみてください。