若者に急増する市販薬の過剰摂取 その背景は?

薬のオーバードーズ

市販薬の過剰摂取による救急搬送
患者の8割が若年女性

厚生労働省の研究班は8月16日(2023年)、市販薬の過剰摂取(オーバードーズ)により、2021年5月~2022年12月の間に全国7救急医療機関に救急搬送された急性中毒患者が122人にのぼったことを発表しています。

患者の平均年齢は25.8歳で、女性が97人(79.5%)と圧倒的に多く、現実逃避などの目的もみられたとのこと。研究班は、若者、それも10代、20代の女性を中心に、薬物への依存や乱用(濫用)が広がっているおそれがある、と警告しています。

情報も現物も入手しやすい市販薬

市販薬の風邪薬(総合感冒薬)や咳止め(鎮咳去痰薬)には、ごく微量ながら麻薬や覚せい剤と同じような成分が含まれています。

しかしこれらの市販薬は、入手に医師による処方箋が必要な医療用医薬品ではありません。医師による処方箋なしで、また薬によっては薬剤師による対面販売の必要もなく、街のドラッグストアや薬局で、あるいはインターネットでも簡単に購入できます。

今回発表された調査を実施した研究班の上條吉人・埼玉医大臨床中毒センター長は、「市販薬の入手しやすさが関係しており、薬局やドラッグストアなど実店舗における対策が必要」と指摘しています。

また、救急搬送患者に若年女性が多い理由の詳しい分析はこれからの課題であるものの、風邪薬や咳止めを多量摂取すると高揚感や多幸感が得られる、という過剰摂取に関する情報の入手にはSNS(交流サイト)が大きく影響しているとみているようです。

市販薬の過剰摂取が
現実逃避やストレス発散の手段に

若者たちの間で市販薬の乱用による「過剰摂取(過剰服薬)」が増加している実態は、「オーバードーズ」という言葉とともに、このところのメディアでも頻繁に取り上げられ社会問題化しています。

「オーバードーズ」とは、1回あたりの用量を超える大量の医薬品(市販薬や処方薬)を短時間に服用することです。「overdose」の頭文字をとり「OD」とも呼ばれています。

市販薬の過剰摂取による急性中毒で救急搬送された患者を対象に実施された今回の調査では、搬送されてきた122人には吐き気や意識障害、錯乱などの症状がみられたものの、死亡例はなかったそうです。

122人の性別は男性25人で女性が97人。年代で多かったのは20代が50人(41.0%)、10代が43人(35.2%)。過剰摂取に使われた市販薬は189品目で、その内訳は、多い順に解熱鎮痛剤47(24.9%)、せき止め35(18.5%)、風邪薬34(18.0%)で、入手経路は、ドラッグストアや薬局といった実店舗での購入が6割を超えていたと、報告しています。

身近に家族がいても孤独を感じている

過剰摂取の理由(複数回答)で最も多かったのは、死のうとしたなどの「自傷・自殺」97件(74.0%)で、現実逃避やストレス発散の手段にしたケースもあったそうです。

搬送患者の8割以上が家族や恋人などと同居していたとのこと。一見、孤立していないように見えても、深い悩みを抱えながら誰にも話せずに孤独を感じている人がいることを意識してかかわる必要がありそうです。

現在のところは落ち着いているものの、新型コロナウイルス感染症の流行が長引いたことも影響した可能性があるとして、「人と話す機会が減り、孤独を感じる若者が増えたのではないか」と考察しています。

高校生の薬物乱用と
社会的孤立

これより先に、国立精神・神経医療研究センター薬物依存研究部は、全国からランダムに選ばれた全日制高等学校202校の学生を対象に、薬物使用と生活についてアンケート調査を実施しています。

このなかで「この1年間に、あなたは市販の咳止め薬や風邪薬を乱用目的(治療目的ではなく)で使用した経験がありますか?」の問いに、約60人に1人の高校生が「乱用経験がある」と回答していることが報告されています。

ちなみに、「乱用目的とは、ハイになるため、気分を変えるために、決められた量や回数を超えて使用すること」と説明をしたうえで得られた回答です。

この結果を踏まえ、「乱用経験がある」と回答した高校生には「社会的孤立」という共通項があることが指摘されています

「乱用等のおそれのある医薬品」
国が指定する6成分

このような事態を深刻に受け止めた厚生労働省は、乱用のおそれのある市販薬の大量購入に歯止めをかけようと、医薬品の販売者に以下を求めています。

  1. 購入者が子ども(高校生、中学生等)である場合は氏名や年齢を確認する
  2. 購入者が同じ医薬品を他店で購入していないか、すでに所持していないかなどを確認する
  3. 原則一人1包装で、複数の購入希望があった場合は理由・使用状況を確認する

また、厚生労働省は今年(2023年)4月、国が指定する「乱用等のおそれのある医薬品」6成分のうち、以下の「2」「3」「6」の成分について、これまで鎮咳去痰薬に限ってきた指定範囲を拡大し、鎮咳去痰薬に限らず指定範囲としています。その結果、現在は「乱用のおそれのある医薬品」として以下の6成分が指定されています。

  1. エフェドリン
  2. コデイン
  3. ジヒドロコデイン
  4. ブロムワレリル尿素
  5. プソイドエフェドリン
  6. メチルエフェドリン

とがめるのではなく「SOS」と受け止め相談につなげる

厚生労働省は、身近に市販薬を過剰摂取している当事者がいることに気づいたり、当事者から打ち明けられたりしたら、「とがめるのではなく、SOSと受け止め、最寄りの精神保健福祉センターなどの専門機関への相談につなげてほしい」としています。全国にある薬物乱用防止相談窓口の一覧はこちら

厚生労働省は12月18日(2023年)乱用の恐れがある成分を含む市販薬を20歳未満が購入する場合は小容量製品1個に制限し、写真付きの身分証明書などでの年齢確認をするなど、多量購入を禁ずる制度の大幅な見直し案を了承。医薬品医療機器法改正に向けて動き出しています。

参考資料*¹:嶋根卓也「わが国における市販薬乱用の実態と課題―「助けて」が言えない子どもたち」