「看護職賠償責任保険」はなぜ必要?

トラブル

看護職賠償責任保険は
病院が加入していれば安心?

「民間の損保会社から看護職賠償責任保険への加入をすすめるパンフレットが送られてきたけれど、やっぱり入っておいた方がいいのかしら」――。こんな電話が友人の看護師さんから入りました。

パンフレットが自宅宛てに郵送されてきたことに、「私が看護師であることや住所といった個人情報がどこから漏れたのかしら」と、まずは気になったとのこと。

しかしながら、かねてから職場の同僚と、加入して備えておいた方が安心ではないかと話していた案件だっただけに、つい封を開けてしまったのだと言います。

「看護職賠償責任保険」とは、看護師、准看護師、保健師、助産師対象の賠償責任保険です。日本国内において、自らが行った看護行為により患者の身体に損害を与えてしまい、法律上賠償する責任を負うことになった際に、看護職が被る(引き受けることになる)であろう賠償責任に対し保険金が支払われるというものです。

病院勤務の看護師としてキャリア5年になる彼女としては、勤務先の病院がこの種の保険に加入していることは、入職時に説明を受けて知っていたとのこと。

そのためこれまでは、「仮に患者サイドとのトラブルが法的な問題に発展するようなことになっても、病院が自分を守ってくれるだろう」程度に軽く考えていたようです。

「でも、退院後訪問指導をするようになったこともあり、訪問先で何かあった際に備え、個人でこの保険に加入しておいた方が安心かな、と考えるようになった」と言うのです。

医師の指示で行う看護行為に
賠償責任が問われることも

自分のケアレスミスが原因で患者側に訴訟を起こされるようなことは絶対にありえないとは、誰も言い切れないでしょう。

万が一にそんなことになっても、病院などの医療機関や介護施設などを職場にしていると、最終的には雇用主である病院あるいは施設側の責任となり、自らに法的責任が問われることはないだろう、と考えている看護職の方が少なくないようですが、これは勘違いです。

仮に医師から指示を受けて行った行為であっても、医師の指示を聞き間違えた、あるいは確認行為を怠ったことなどが原因で、患者が死亡した、あるいは死亡しないまでも深刻な後遺症を残すことになってしまったということは起こりうるでしょう。

このような場合、指示した医師同様、その行為を行った看護職個人に対しても法的責任が問われることは十分あり得ます。実際の裁判で、そのような判決を下されたケースが何例も報告されています。

療養上の世話をしていてヒヤリハットを経験

一方で、看護職にはほかのどの医療職にもない「療養上の世話」という専門性があります。患者の生活に不都合がないように常時見守り、必要なケアを提供しているわけです。

このケアの一環としての、たとえば与薬業務におけるヒヤリハットの発生件数は決して少なくありません。一例として、外観の類似した薬剤を取り違えて患者に投与してしまうといったことも、絶対にないとは言い切れないでしょう。

あるいは、これは日本医療機能評価機構が『医療安全情報』のなかで医療事故例として紹介しているのですが、人工呼吸器装着中の患者の体位変換を行う際に、気管チューブが偶発的に抜けてしまうことも、100パーセント防ぐことは難しいのが現実でしょう。

実際に起きているこのような事故の多くは、幸い、迅速かつ適切な医師との連係プレーにより患者を深刻な事態に陥れることなく収束できているようです。

しかしながら、運悪く対応が遅れてしまい、気がついたときには看護職である自分が賠償責任を負う立場になっていた、というようなことになりかねません。

看護職賠償責任保険は
地域での活動にこそ備えて安心

ここまでは病院内での話ですが、彼女が話しているように、これからは病院看護師も、入院前あるいは退院後訪問指導のようなかたちで患者宅に出向き、そこで看護行為を行う機会がこれまで以上に増えてくるでしょう。

そうなってくると、訪問先で何らかの不手際があり、それがヒヤリハットの段階で止まればいいのですが、最終的に患者や家族に実害を与えたり、在宅での療養生活に欠かせない医療機器を壊すなどして、患者側から損害賠償を求められる事態になることもゼロとは言い切れません。

訪問看護ステーションは開設時の加入が義務づられてぃる

このような訪問先で起こりがちな万一の事態に備え、訪問看護ステーションには、ステーション開設時に賠償責任保険に加入することが義務づけられています。ですから、訪問看護ステーションに所属している訪問看護師はその備えに守られていると考えていいでしょう。

しかし、病院から退院後の患者宅に出掛けて行き、そこで看護業務を行う病院看護師の場合、もしものときへの備えはどうなっているのでしょうか。

退院後訪問指導は、病院から出掛けて行って行う看護行為ですから、おそらく病院が加入している損保保険が適応されるのだろうとは思います。

ただし、病棟あるいは退院支援看護師による退院後訪問指導が、診療報酬上評価されるようになったのは、2016年4月からです。

誕生間もないこの訪問指導を導入している病院自体がまだ少ないことを考えれば、やはり「もしものとき」への備えとして、個人で看護職賠償責任保険に加入しておいた方がより安心だと思うのですがいかがでしょう。

看護職賠償責任保険を
取り扱う主な損保会社

そこで、ではどこに加入するのがいいのかという話になりますが、身近なものとしては、日本看護協会の「看護職賠償責任保険」があり、「少ない掛け金で充実した補償」を売りにしています。

とりわけ2023年度の補償内容には「ハラスメントを受けた際の弁護士費用」も加わるなど、内容が充実しています。年間2650円の掛け金は魅力ですが、日本看護協会の会員(年会費5000円プラス都道府県看護協会の年会費が必要)であることが加入条件です。

手続きの方法等については、Webサイトをを参考にしてみてください(2024年度は3月15日が申し込み締め切りです。中途加入は12月15日まで申し込み可)。

医療・福祉系の学校で学ぶ学生やその教職員、病院勤務の看護師、専門看護師などの資格受験のために勉学に励む看護職などが加入している日本看護学校協議会共済会の会員を対象としたWillnextの「看護職向け賠償責任保険」もあります。

こちらは掛け金に共済会員の年会費(100円)と共済制度運営費(200円)が含まれていて、支払限度額の違いにより、年間掛け金が2980円のAプランと、3440円のBプランの2種類があります。詳しくはこちらを参考にしてみてください。

掛け金に併せて補償内容の確認も忘れずに

民間会社としては、ネット上でよく見かけるメディカル保険サービスというのもあります。これは、1人あたりの年間保険料(掛け金)が5640円と高めですが、対人・対物および人格権侵害に対する支払限度額が1億円の「看護職賠償責任保険」が用意されています。

また、損害保険会社としては大手の東京海上日動でも、「専門職業人賠償責任保険」のカテゴリーのなかに「看護職賠償責任保険」と「訪問看護賠償責任保険」が用意されています。

保険選びとなると、どうしても掛け金が選択基準になってしまうのはやむを得ないでしょうが、併せて補償される対象や補償内容、サポート体制などについてもきちんとチェックし、じっくり検討されることをおすすめします。

参考資料*¹:日本医療機能評価機構「医療安全情報No.54 2011年5月」
参考資料*²:日本看護協会「看護職賠償責任保険制度」
参考資料*³:Willnext 看護職向け賠償責任保険