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「退院支援」と「退院調整」を
混同している看護師が多い?
先に病棟の看護師さんに期待される入院患者の入退院支援をテーマに、2本の記事を書きました。読んでいただけましたでしょうか。ちなみにその記事はこちらです。
これら2本の記事について、懇意にしていただいている数人の看護師さんから、感想ともオファーともとれるメールを頂戴しました。そこに共通して書かれていたことは、「入退院支援と退院調整の違い」に関することでした。たとえばこれは、都内にある公立病院の看護部長歴5年のTさんからのメールです。
「スタッフのなかには、入退院支援と退院調整の区別がつかないまま退院にかかわっている看護師が少なからずいて、なんとかしなくてはと思っていたところです」
実はこの点は、私もかねがね感じていたことです。早速Tさんに電話をしたところ、「私にわかることは協力するから」との確約が得られましたので、彼女のアドバイスを受けながら、両者の違いや関係性についてまとめてみたいと思います。
早期退院を目的に誕生した
診療報酬の「退院調整加算」
私たちの国には「2025年問題」という深刻な課題があります。第一次ベビーブームと呼ばれた1947年から1949年の間に生まれた「団塊の世代」と呼ばれる方たちが、75歳以上の後期高齢者の仲間入りをするのが2025年だからです。
厚生労働省はその数を2179万人と推定しています。全人口に占める割合でいえは18.1%となります。5~6人集まればそのうち1人が75歳以上ということになります。現状のまま進んでいけば、おそらくそのころには、病院に認知症者を含む高齢患者があふれ、医療はうまく機能しなくなると予測されています。
そこで、国難ともいうべきこの状況をなんとか乗り越えようと、いくつかの医療施策が編み出されています。その一つが、入院患者の在院日数を減らすための早期退院、それもできるだけ自宅への復帰を促進する施策でした。
そして、この早期退院促進策を強化するために病院経済に直結する診療報酬の面からも支援しようと、診療報酬体系にさまざまな加算項目が新設されました。そのなかで柱となっていたのが「退院調整加算」と呼ばれる項目です。
「退院調整」では
本人の意思が反映されにくい
「退院調整加算」とは、入院後の比較的早い時期に、病状などから判断して早期の退院、それも自宅へ戻るのは難しいと予測される患者(がん患者や入退院を繰り返している患者等)を選定してその患者の退院支援計画を立案し、その計画に基づいて必要な支援や調整を行い退院にもっていくことを、診療報酬として評価するというものです。
具体的には、入院日数に応じた診療報酬点数が加算されるのですが、そこでは入院後早期の退院ほど高い点数が加算されるように設定されていました。つまり、在宅復帰に向けた退院調整の診療報酬上の評価は、入院日数に視点を置いた点数設定になっていたわけです。
この在宅復帰の促進をねらった退院調整加算には、以下のようなメリットがあることは誰もが認めるところです。
- 患者のADLの低下を防ぎQOLの維持、向上につながる
- 院内感染リスクを低減する
- 在院日数の短縮につながり医療費の適正化に貢献する
一方で、この退院調整加算には、いくつかのデメリットもありました。そのなかで、当時退院調整にかかわる看護師などから「特に深刻な問題」として指摘されていたのが、医療サービスを提供するうえで最も尊重されるべき「患者の意思」が、状況によってはないがしろにされるリスクがあることでした。
看護師による意思決定支援
を評価した「入退院支援」
このリスクについてTさんは、「退院調整」という表現、特に「調整」という言葉に惑わされ、入院患者の早期退院に向けて「退院先の関係機関と調整する」とか「各種支援制度や福祉サービスを調整する」ことにエネルギーを注ぎがちだったことは否めない、と話します。
「最優先されるのは在院日数を短くすることであって、当事者である患者さんの意思はどうなのか、果たしてその人らしい生活に戻れるのかという、看護として大切にしていることは二の次にせざるを得ないような空気が、病院全体にあったように思う」と――。
入院日数に評価の視点を置いた「退院調整加算」にTさんが指摘するようなリスクがあることを認める声は、関係者の間で次第に大きくなっていきました。そして、2016年度の診療報酬改定を審議するなかでこの声は最高に達し、大幅な見直しを行うこととなりました。
「退院調整」から「入退院支援加算」へ
時間をかけた検討の結果、「退院調整加算」という項目は廃止され、現行の「入退院支援加算」と呼ばれる項目に組み替えられることになったというわけです。もちろんこの変更は表現上の話だけではありません。
診療報酬の評価の視点を「患者の入院日数」から「患者の退院を支援する体制」に置き換えることにより、患者の意思を尊重した退院支援のための体制を手厚くしている医療機関を評価する仕組みへと変更されたのです。
その際、評価の条件として、入退院支援・地域連携の専従看護師を各病棟に配置するなど、人員配置に関することが盛り込まれました。
また「入院から3日以内に病棟専任の入退院支援職員が退院困難な患者を抽出する」などの具体的な取り組みが評価対象に加えられたのも大きな変更点です(この加算条件については、冒頭で紹介した2本の記事で説明しています)。
患者の意に沿う入退院支援
その一環としての退院調整
ここまで読み進めていただいた看護師さんには、入退院支援と退院調整はイコールでも別個のものでもないことをお判りいただけたと思います。入退院支援という大きな枠組みのなかに退院調整があること、またその支援を進めるうえで看護師さんの果たすべき役割の大きさも、ご理解いただけたと思います。
これまで退院調整として、介護保険制度のような退院後の患者の療養生活に役立つと思われる制度や福祉サービスなどを調整することに力を入れてきたものの、それだけでは十分ではないことを実感している看護師さんは少なくないでしょう。
そこで、では何が足りなかったのかと振り返り、やはり最優先されるべき患者の意思確認というステップが抜け落ちていたことに、改めて気づかれたのではないでしょうか。
そこで、患者の意向にできるだけ沿ったかたちで在宅復帰できるように、患者の意思確認を盛り込んだ入退院支援体制を構築しようということになり、それが診療報酬上にかたちとして明示された、という理解になろうかと思います。
このあたりの話の詳細は、篠田道子著『ナースのための退院支援・調整―院内チームと地域連携のシステムづくり』*¹が参考になります。
患者自身の病状認識と
退院後の生活イメージの把握を
患者の意に沿う入退院支援は、入院してきた患者が、治療により身体的にも精神的にも入院前の生活に戻れるだけの状態まで回復できるかどうかをアセスメントすることから始めることになります。このアセスメントにおいて、看護部長のTさんが、最も重視すべきこととして看護スタッフの皆さんに話していることがあるそうです。
それは、「本人が自らの病状をきちんと認識したうえで退院後の生活をどうしたいと思っているかを知ること」なのだそうです。
伝えられる患者の意向次第で退院支援の内容もいろいろと変わってくることになりますが、そのへんの話はTさんの協力を得ながら、この先順次紹介していけたらと考えています。
なお、東京都は、入院時からの医療・生活ケアの課題を整理して患者の意思決定を支援し、その後の方向性を患者や支援にかかわるスタッフ間で共有するためのフロー図を作成して「東京都退院支援マニュアル」*²としてまとめ、ネット上で公開しています。
「入退院支援は初めていう方には、特に参考になるのではないかしら」とのTさんのおすすめもあり、ここに紹介させていただきました。
参考資料*¹:篠田道子著『ナースのための退院支援・調整―院内チームと地域連携のシステムづくり』(日本看護協会出版会)
参考資料*²:東京都保健医療局「東京都退院支援マニュアル」