小児・AYA世代がん患者の妊娠支援広がる

わが子
国立がん研究センターは2024年1月25日、小児・AYA世代のがん患者10年後の生存率を初めて集計した結果を発表。小児がんでは「リンパ腫で91.5%」「白血病で86.6%」などで、「小児がんについては治療後の見通しが良いことが裏付けられた」としています。詳しくは、国立がん研究センタープレスリリースを。

AYA世代がん患者の
「妊孕性温存」治療費助成制度

がん治療も受けたいが、将来自分の子どもも生み、育てたい――。がん治療によって生殖機能がダメージを受ける可能性があると告知された小児や「AYA世代」のがん患者が抱くであろう心からの願いです。

こうした切実な願いを何とかかなえてあげたいと、助成制度を設ける都道府県が続々と誕生していることをご存知でしょうか。

ちなみにAYA(アヤ)世代とは、思春期(Adolescent)と若年成人期(Young Adult)を指す通称です。年齢で言えば、一般的に小児期(0歳から14歳)を除く40歳未満、つまり15歳から39歳がこれに該当します。

がんに対する集学的治療の目覚ましい進歩により、AYA世代を中心とする若いがん患者の長期生存が期待できる時代になっています。

一方で、この世代の患者に対する抗がん剤や放射線、あるいは手術によるがん治療は、妊孕性(にんようせい)、つまり妊娠する能力に影響を及ぼすリスクが避けられません。

そこで、若いがん患者を対象に、治療後の不妊への懸念を可能なかぎり減らすことにより、
安心してがん治療を受けることができるよう、妊孕性温存のための治療費用の一部を助成する制度が、全国各地で始まっているのです。

AYA世代のがん患者の
「治療も、子どもも」を支援

実施主体により制度名や事業名に多少の違いはありますが、AYA世代を対象にした「がん患者妊孕性温存治療助成制度」と呼ばれることが多いこの取り組みを、全国に先駆けて開始したのは滋賀県と聞いています。

当県のウエブサイトでは、がん情報ポータルサイト「がん情報しが」のなかの「がんとともに生きる」のコーナーで、「がん治療を始めるが将来子どもを持ちたい」と題して、妊孕性温存治療費の一部助成を行っていることを広報しています

「滋賀県がん患者妊孕性(にんようせい)温存治療助成事業実施要項」によれば、この制度は2016(平成28)年にスタートしています。続いて京都府、埼玉県、岐阜県、広島県、和歌山県、神奈川県、東京都……と、都道府県レベルでの取り組みが全国的な広がりを見せています。

さらに、2019年6月12日の上毛新聞は、群馬県高崎市が、来年度(2020年4月)から若年がん患者を対象に妊孕性温存治療費の助成を始めることを伝えています。この助成制度が市区町村レベルでも普及が期待される明るいニュースです。

医療保険適用外の
「妊孕性温存」の治療費助成

妊孕性温存治療とは、抗がん剤や放射線などの治療で生殖機能への影響が心配される際に、将来の妊娠に備え、がん治療をスタートする前に精子や卵子、あるいは卵巣組織等を採取して凍結保存しておく治療法です。

現時点でこの治療は保険診療の対象外で、全額自己負担、つまり自費診療になります。そのため、精子を凍結する場合は1回数万円でできるのですが(手術を伴う場合はさらに高くなる)、卵子凍結の場合は排卵誘発剤などの薬も必要になるため、さらに高額になり、個人差はあるものの1回につき平均30~40万円はかかるといわれています。

そこで、がん治療により生殖機能が低下、または失う恐れがあると医師から診断された患者が、がん治療医の同意のもとに妊孕性温存治療を受ける場合、保険適用外の治療費用やその後の保存管理料の一部を、治療内容に見合うかたちで助成しようというわけです。

助成には年齢制限があり、対象年齢を43歳未満(滋賀県)としているところもあれば、40歳未満(神奈川県など)のところもあります。また、助成対象に世帯所得の制限を設けているところもあれば、助成金額にも差があります。

該当すると思われる患者にこの件で情報提供する際は、居住都道府県のウエブサイトで詳細をあらかじめチェックしておくことをお忘れなく。

「妊孕性温存治療」の意思決定は
多職種の医療チームで支援を

ところでこの「妊孕性温存治療」に関しては、がんと診断されたAYA世代などの若い患者に、これから受ける治療、あるいはがんそのものにより生殖機能不全や妊孕性の低下、あるいは消失といったことが起こりうることを、患者にいかに伝え、正確な理解を得るかというところから始める必要があります。

この点に理解を得たうえで、妊孕性を温存できる治療法があることを伝え、この治療法を受けるか否かについて患者本人の意思決定を支援することになります。

ただし、がんそのものの治療にも、妊孕性温存にも、あまり時間的余裕はありません。また、当然ながら患者の精神的動揺ははかり知れないものになるでしょう。

AYA世代のがん患者に対する妊孕性温存治療がこのような状況下で行われることに配慮し、
日本がん・生殖医療研究会(現在は学会)理事長の鈴木直聖マリアンナ医科大学産婦人科学教授は、この治療の実践には、「医師のみならず看護師、心理師、薬剤師そしてソーシャルワーカーなどから成る医療チームの存在が不可欠」であると提言しています

AYA世代の妊孕性温存治療は
生殖医療の専門医療機関で

妊孕性温存治療では、多くの場合、長期にわたる精子や卵子、あるいは卵巣組織の凍結保存が必要になります。そのため、治療を受けることを選択した患者はどこの医療機関でも、直ちに治療を受けられるわけではありません。

精子の凍結保存に関しては、がん治療医から紹介を受けた医療機関で、また卵子、あるいは卵巣組織の凍結保存については、日本産科婦人科学会による「医学的適応による未受精卵子、胚(受精卵)および卵巣組織の凍結・保存に関する登録施設」に紹介され、そこで改めて詳しい説明を聞いたうえで治療を受けることになります。

小児・AYA世代のがん患者の支援については、国の「第三次がん対策推進基本計画(2017年10月)」のp.35に次のような一文があります。

「国は、関係学会と協力し、治療に伴う生殖機能等への影響など、世代に応じた問題について、医療従事者が患者に対して治療前に正確な情報提供を行い、必要に応じて、適切な生殖医療を専門とする施設に紹介できるための体制を構築する」

これを受け、日本がん・生殖医療学会は「認定ナビゲーター制度」を設け、その認定者のいる医療機関リストを公表していますから、妊孕性温存治療に精通した施設を紹介する際は、その一覧*⁴も参考にするといいでしょう。

なお、小児・AYA世代のがん患者については、長期生存が可能になっているだけに治療後の長い人生を生きていくうえで妊孕性以外にもさまざまな課題を乗り越えていかなくてはなりません。そこで求められるのがサバイバーシップですが、この点についてはこちらの記事を参考にしてみてください。

小児と成人のはざまにある若者世代、通称「AYA」世代のがん罹患実態が初めて明らかに。白血病やリンパ腫など、発生頻度の少ないがんが多く、診断や治療上課題が多いのが特徴です。重要なライフイベントと重なる時期だけにケア面では特別な配慮が……。

参考資料*¹:「がん情報しが」

参考資料*²:小児・AYA世代のがん・生殖医療の課題とは

参考資料*³:日本産婦人科学会「医学的適応による未受精卵子、胚(受精卵)および卵巣組織の凍結・保存に関する登録施設」

参考資料*⁴:日本がん・生殖医療学会「認定がん・生殖医療施設」認定施設一覧